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小児救命救急センター24時【マルトリートメント】

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決して娘のことが嫌いというわけではないんです。ただ、何か楽しくないんです

「『子どもが泣きやまない』と母親からの救急要請です。子どもの状態は悪くないのですが、母親の言動が気になるので、搬送をお願いします」とホットラインが入った。救命士は続けて、「救急の要請をしてきた母親が平然としていて、その半面、イライラした雰囲気もあり、養育不安がありそうです」と小声で追加した。

 ほどなくして、母親に抱きかかえられた8カ月の女の子が搬入されてきた。女の子の第一印象はとくに悪くなく、顔色も良好で目をキョロキョロさせ、呼吸も血液循環も問題ないように見えた。バイタルサイン(心拍数、呼吸、血液、体温)と全身のチェックを指示して救命士に家庭の様子を聞くと、「とくに違和感はなく、よく片づけられていた」と話した。
 
 母親に話を聞こうと話しかけると、女の子は母親にとって初めての子で、3カ月のときに現在の家に引っ越してきて、近くには母親の両親や知り合いもいないという。ほとんど毎日子どもと2人きりで生活していると説明してくれた。「引っ越して1カ月が過ぎ、娘が4カ月になったころからだったと思います。なんとなく育児に意欲がわかなくなって、娘のことを『かわいい』と思えなくなってきたんです。最初は引っ越しによる緊張のせいだと思っていましたが、何をするにも憂うつで楽しくない状態が続いて......育児をするのが面倒になっていきました」と、一気に話した。

順調だった体重の増え方が、引っ越し後から悪化して・・・


「夫に話しても、『大丈夫、すぐに慣れるから』と言うだけで相手にしてくれなくて。娘の面倒は見てくれるのですが、ほとんど仕事で留守にしているのであてにはできないんです。……娘はこれまで病気をすることがなかったので、まだかかりつけ医も決めていなくて。『ワクチンの接種に行かなきゃ』と思うのですが、なんだか面倒で、まだ受けていません」
 
 診察の結果は体重が6㎏台で小さいが、栄養障害や貧血の兆候はなく、胸部X線検査や検尿などを含め、とくに異常なデータは見られなかった。引っ越し後から母乳が出なくなってミルクに変更し、離乳食も開始しているが思うように食べてくれないという。母子健康手帳を見ると3カ月健診では体重増加は良好で、引っ越し後から状態が悪化していた。母親は「決して娘のことが嫌いというわけではないんです。ただ……、何か楽しくないんです」と、何度も繰り返した。
 
 母親の気分転換にもなるよう、女の子を入院させて泣き続ける原因や体重が増えない原因を調べてみることを提案した。母親は一瞬困ったような顔をしたが、意を決したように了承した。やがて到着した父親に、引っ越しによるストレスで、母親は育児が適切にできない状況であることを説明した。「いわゆる“消極的ネグレクト”と呼んでいいかもしれません。この状態を“マルトリートメント(大人の子どもへの不適切なかかわり)”とも呼び、本物の“ネグレクト(虐待)”に発展しないようにする必要があります」。父親は「もっと妻の気持ちを考えてあげればよかった」と反省の表情を浮かべた。
 
 入院後、看護師や保育士・心理士のサポートにより、母親は徐々に明るくなっていった。2週間後には女の子の体重も順調に回復したので退院させ、通院でフォローしていくことになった。

【マルトリートメントとは?】
「大人の子どもへの不適切なかかわり」と訳され、虐待の初期を疑う兆候です。母親の気持ちはすぐに子どもに伝わり、鏡のように母親と同じ気持ちになるため、健康に影響が表れることも。育児に消極的な思いを感じたら、家族・知人に相談し、自己解決を図ろうとしないこと。


■監修:(故)市川光太郎先生
北九州市立八幡病院救命救急センター・小児救急センター院長。小児科専門医。日本小児救急医学会名誉理事長。長年、救急医療の現場に携わり、子どもたちの成長を見守っていらっしゃいます。

【市川先生から…】
赤ちゃんの身体的な変化(傷しょう病びょう)がなくても、母親自身の気持ちに、育児に対する負の変化が表れたら、最寄りの小児科医に相談を。適切なアドバイスや利用できる施設などを教えてくれるので、遠慮なく受診してほしい。

イラスト/にしださとこ

【お知らせ】
市川先生が、赤ちゃんがかかりやすい病気や起きやすい事故、けがの予防法の提案と治療法の解説、現代の家族が抱える問題点についてアドバイスしてくださった「救命救急センター24時」は、雑誌『ひよこクラブ』で17年間212回続いた人気連載でした。2018年10月市川光太郎先生がご逝去され、連載は終了となりました。市川先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます(構成・ひよこクラブ編集部)。

※この記事は「たまひよコラム」で過去に公開されたものです。

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