「母子手帳を見るのがつらかった」医療的ケア児である息子の育児経験から生まれた、1冊の育児ノートに込めた思い【体験談】
山崎絵美さんは、長男(19歳)、長女(15歳)、二男(9歳)、パパの5人家族。二男の生翔(いくと)くんは、小頭症(重度脳性まひ)という障害を抱えています。
山崎さんは地元企業のポスターやチラシのデザイン・印刷などを手がける会社で働きながら、“心を笑顔に”というコンセプトで、障害児や医療的ケア児の家族の声をかたちにするブランド「cocoe(ココエ)」を立ち上げました。今回は「cocoe」の立ち上げのきっかけと活動への思い、現在小学4年生になった生翔くんのお話を聞きました。全2回のインタビューの後編です。
ボランティア訪問がきっかけに。家族の気持ちに寄り添う商品開発
現在、山崎さんは医療的ケア児と家族のための福祉ブランド「cocoe」の商品開発に携わっています。同ブランドを立ち上げたのはコロナ下の2020年。そのきっかけになったのは、ご自身が勤める会社のスタッフ全員で生翔くんの通う療育施設へボランティア訪問したことだったそう。
「ある年のクリスマス、会社のスタッフ全員で二男が通う療育施設にボランティア訪問をしたんです。スタッフたちはそれまで私の息子以外の重症心身障害児と触れ合ったことがなく、そのとき初めてほかの医療的ケアが必要な子どもたちやそのご家族たちと対面したんですね。
私たちの会社はデザインや印刷の仕事をしているので、その日は大きな紙芝居をつくって見せたり、ハンドベルの演奏をしたりしたんですが、そこに参加してくれたママたちが涙を流しながら聴いてくれたんです。看護師さんたちも子どもたちと一緒に楽しそうにしてくれて。その姿にスタッフ全員が心打たれました。
その後コロナ下に入ったこともあり、あらためて自分たちの仕事について考える時間が増えました。そのときに社長が『いっくん(生翔くん)を育てる中で、何か困ったことはない?』と聞いてくれて。そこで初めて『息子が幼いころ、母子手帳を見るのがつらかった』という話をしました」(山崎さん)
「全然マルをつけられない」母子手帳を見るのがつらかった
出産時わずか700グラムという超低出生体重児だった生翔くんの成長は、母子手帳に書いてある項目や目安となる成長グラフには当てはまらなかったそう。
「成長記録の“はい”に全然マルをつけられないんです。これも“いいえ”、あれも“いいえ”…。母子手帳はできないことを証明する手帳のように感じていました。そんな話を社長にすると『なるほど、それはそうだよね』と私の気持ちをすごく理解してくれたんです。それはきっと、その前のボランティア訪問があったからだと思います。
『じゃあ、あなたと同じように悲しい思いをしたママやパパは、たぶんほかにもいっぱいいるよね』という話になり、そこからcocoeの構想が生まれました。医療的ケア児当事者のための商品はいろいろあるけど、私は自分の経験を通して“家族の気持ちに寄り添った商品”をつくりたいと思ったんです。
cocoeというブランド名になったのも、そのボランティア訪問がきっかけです。子どもたちが紙芝居を見たり音楽を聴きながらニコニコとした表情をこちらに向けてくれる。そんな姿を見て、『たとえ意思疎通ができなくても、言葉や表情で表せなくても、心で笑ってくれているんじゃないかな』って社長がふと言ったんです。だからまわりの人たちも、それから当事者の心も笑顔にしたいという思いを込めて、“心を笑顔に”というコンセプトでcocoe(ココエ)と名付けました」(山崎さん)
1年半かけて開発した「障がい児・医療的ケア児のための育児ノート」
2021年に「cocoe」の第1弾商品として誕生した「障がい児・医療的ケア児のための育児ノート」。入院歴や既往歴、輸血歴、てんかん発作の有無など、通常の母子手帳にはないページが設けられ、障害児や医療的ケア児を育てる家族から大きな反響が寄せられました。
「育児ノートをつくるにあたって着想から試作を重ね、1年半ほどかけてようやく商品ができました。私だけの感覚や価値観でつくりたくなかったので、まわりの知り合いや、ほかの医療的ケア児を育てるママたち100人ほどにご協力いただき、サンプル版を実際に使用してもらうモニタリング調査を行ったりしました。
こういった言葉の表現は適切だろうかとか、当時こういうページがあったらよかったかもしれない、というリアルな声を参考にさせていただいて。100人のママたちに背中を押してもらい、こういう商品なら医療的ケア児のご家族たちを少しでも助けることができるかもしれないという希望と自信をいただいて、発売に踏み切りました」(山崎さん)
障害児や医療ケア児のママたちが迷いなく買えるように
「育児ノートは、ご家庭によっていちばん使いやすいかたちで提供したくて、1人ひとりの成長度合いや特性に合わせることができるカスタマイズ型にしました。
とくにこだわったのは、身体障害者手帳の番号などを記録するようなページですね。このノートはふつうの健常児でも使えるんですが、でも障害児や医療ケア児のママたちが迷いなく買えるようにしたかったんです。当時、私が母子手帳を見てつらかったのは、子どもの成長記録や思い出を残すページで『できない、やれない』ということを何度も突きつけられて悲しかったり、それに対して罪悪感を感じたりしたから。そういった家族の思いを変えたいからこそ、ご家族の暮らしや心情にしっかり寄り添う必要があると思いました。
実際に購入してくれたママたちからは、cocoeの商品ページにレビューのお言葉をたくさんいただいています。記録だけではない大切な部分をかたちにすることができたという声や、中には『しあわせをありがとう』というありがたいお言葉をくださる方もいて。少しでもママたちの役に立てたのかなと思うと、これほどうれしいことはありません。使ってくださる皆さんの声が何よりの励みです」(山崎さん)
商品をつくり届けるだけでなく、共生社会をつくる一歩にしたい
現在は「cocoe」の育児ノート以外にも、「福祉用品にも選ぶ楽しさを。」をコンセプトにしたサブブランド「cocoe Lite(ココエライト)」を展開するなど、引き続きさまざまな取り組みに挑戦している山崎さん。今後の展望についてもお話を聞きました。
「今いちばん反響をいただいているのが、cocoe Liteで開発した車いすマークホルダーです。一見車いすとわかりにくい車いすバギーなどにつけていただくマークなのですが、実際に使っていただいた方からは『外出するのがすごく楽しみになった』『まわりの視線を気にしなくてよくなった』という声や、『人の優しさを改めて感じた』なんてうれしい言葉をいただいています。
cocoeやcocoe Liteというブランドを通じて、医療的ケア児やそのご家族に寄り添った商品を提供していくことはこれからも変わりません。ただ私たちは商品づくりが目的なのではなく、その先の “共生社会をつくる”ための一歩にしたいという強い思いがあります。障害があるからといって特別扱いしてほしいわけではなく、少しだけ見た目やできることが違うだけだということを、もっと多くの人に知ってもらえたら。
世の中により理解が広がれば、障害を持っていたり医療的ケアが必要な方やそのご家族も外に出るのがもっと楽しくなりますし、暮らしの幅も広がるはず。そのきっかけがcocoeの商品であったらいいなと思います。
今後の展開としては、“雇用”の問題にも向き合っていきたいですね。医療的ケア児を育てる親は24時間つきっきり生活だったり交代制だったりして、働く時間も場所も限られています。そんな中でも、やはり働くことで社会とのつながりを持ちたいという方もたくさんいらっしゃるので、そういった課題を解決する一助としてママたちが働ける場をつくっていきたいなと。
実は今年の10月から、cocoeでは医療的ケア児を育てるママがスタッフとして商品開発のお手伝いをしてくれています。それを1つのモデルケースとして、将来的には全国でそういった展開をしていけたらと思っています。
商品開発の部分では、これまでは当事者側からサインを出す商品がメインでしたが、当時者側からだけではなくまわりのお店や企業が『車いすでも入店できますよ』というようなサインを出せるような商品づくりを考えています。
たとえば、お店や施設の入り口にウエルカムサインのようなステッカーが貼られていたら、私たちはもっと安心して街に出かけることができるし、すごくうれしい。共生社会の実現にはお互いに理解し歩み寄る気持ちが大事だと思うので、そういった架け橋となるような商品開発を行っていきたいです」(山崎さん)
生翔くんは現在小学4年生。少しずつ成長を感じる日々
現在、小学4年生になった生翔くん。肢体不自由の子どもが通う特別支援学校へ通っています。最近では意思表示が増えコミュニケーションも変化してきたと山崎さんは言います。
「できることは少しずつ増えていっています。意思疎通がむずかしい中でも、『ああ、通じているな』と実感することが増えてきました。こういうときはこうする、という状況把握も少しずつできるようになってきて。たとえば学校へはいつも福祉タクシーで行っているんですが、福祉タクシーに乗り込む前に必ず私に手を上げてくれるんですよ。行ってきます!みたいな。そんな様子を見るととても成長を感じます。
特別支援学校でもいろいろな経験を積んでいますが、学校でも家でもいちばん好きなのは音楽です。私がよくピアノを弾くこともあり、赤ちゃんのころから毎日のように音楽に触れていたのが影響しているのかもしれません。中でも生翔は鍵盤楽器や打楽器が好きで、楽しい!とかおもしろい!という気持ちを全身を使って表現してくれます」(山崎さん)
体や暮らしに不自由があっても、心は自由でいてほしい
「うれしいこともつらいこともありましたが、今あらためて振り返り、私は息子を産んで本当によかったと心から思います。最初はほかの人をうらやんだり自分を責めたりもよくしましたが、それもきっと私には必要な過程だったのだと思います。
そのときの気持ちがなかったら今の私はいないだろうなと思いますし、それまで当たり前だと思っていたことも当たり前だと思わずに感謝の気持ちを持つようになりました。自分を認めて自分らしく生きていくことが大切だと気づけたのは、当時の暗い気持ちがあったから。
障害児や医療的ケア児を育てる親御さんたちに伝えたいのは、『悩むこともあると思うけれど、頑張り過ぎないでほしいということ。そして、いつも前向きでなくても、たまには後ろを向いてもいいし、そんな日々も自分にとって必要な時間だと思って過ごしてほしい』ということです。
cocoeのブランドメッセージにもその思いを込めていますが、障害や病気を持つ本人もそれを支える家族も、体や暮らしに不自由があっても心は自由でいてほしい。ママやパパたちの気持ちは私も痛いほどわかるので、これからもご家族の気持ちに寄り添っていきたいです。本当に微力ではありますが、これからも一歩一歩、私にできることを着実に進めていきます」(山崎さん)
お話・写真提供/山崎絵美さん 取材・文/安田萌、たまひよONLINE編集部
自身の経験から「cocoe」というブランドを立ち上げ、障害や病気とともに生きる子どもたちの家族に寄り添い続ける山崎さん。私たち1人ひとりが関心を持ち、理解を深めることが、山崎さんのめざす“心が笑顔になる共生社会”の実現への一歩になるはずです。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
山崎絵美さん(やまざきえみ)
PROFILE
医療的ケア児である息子の育児経験から、“心を笑顔に”というコンセプトで、障害児や医療的ケア児の家族の声をかたちにするブランド「cocoe」を立ち上げる。インスタグラムでは「cocoe」の活動や子どもたちとの暮らしを発信している。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2024年10月の情報で、現在と異なる場合があります。