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特別養子縁組で子どもを迎えたある夫婦のケース「遺伝子よりも…子育てがしたい」

手の若い家族、ブラックとホワイトの。
EdithRum/gettyimages


「特別養子縁組」について第3回。ある夫婦の話を前後編でお届けします。
ワンオペ育児、孤育て、長時間労働、少子化…。長年、妊娠・育児雑誌を制作してきた「たまひよ」ですが、最近取材していると、どうしても日本の子育てが、厳しい問題に直面していると感じてしまいます。

この連載では、赤ちゃんをとりまくさまざまな事象を、できるだけわかりやすくお届けし、少しでも育てやすい社会になるようなヒントを探したいと考えています。

「たまひよ 家族を考える」特別養子縁組について#3

「子育てはしたい」けど遺伝子の繋がりが“絶対”ではなかった

連載1回目では特別養子縁組という制度についてや取り巻く環境について、二回目ではわかりやすい書籍などを紹介しました。3回目の今回は、実際に特別養子縁組をした夫婦の話を紹介します。

日本ではまだまだ馴染みが薄い特別養子縁組になぜ踏み切ったのか、まずは経緯から聞いてみました。

山田祐介(仮名)さん、智子(仮名)さん夫婦は、二人とも30代。祐介さんはフリーランス、智子さんは会社勤めをしています。お子さんの健太(仮名)くんは1歳1か月。3人が寄り添う姿は、どこにでもいる親子のようです。

でも、山田さん夫婦と健太君にいわゆる血のつながりはありません。夫婦で話し合い、特別養子縁組をして迎えたのが、生後間もない健太くんでした。

二人ともヨーロッパやアメリカで生活した経験があるからか、「子どもを産む」と「育てる」は別のものと考えていたようです。

「アメリカ大使館に行った時に50~60代の夫婦が5歳くらいのアジアの子どもと一緒にいるのを見かけたり、有名俳優の養子縁組が報じられたりと、アメリカでは養子縁組は一般的なのです。だからか、遺伝子的につながっていなくても親子なんだという意識は自然に持っていました。それに夫婦だって、遺伝子的につながりがなくても、愛し合っている。血のつながりと、家族を愛することは別だと思うのです」(智子さん)

日本での特別養子縁組の多くは、不妊治療経験者がほとんどといわれています。山田さん夫婦に不妊治療経験の有無を尋ねると「ある」という回答でした。

「はい、最初から顕微授精に挑戦していました。期間はそれほど長くはなく1年ほど。でもやっとできたと思ったのに、流産してしまったんです」(智子さん)

不妊治療はなかなかやめどきが難しいと言われています。採卵、ホルモン調整、移植……。女性の月経周期にあわせてするべき治療は山のようにあり、次から次へと「こなす」という感覚になってしまう。「授かる」という明確なゴールがあるため、達成できるまでその「こなす」輪から抜けにくい。

そんななか山田さん夫妻は不妊治療を「やめる」という決断をしました。きっかけは夫の祐介さん(仮名)。不妊治療が進む中、智子さんにだけ負担がかかる状況に疑問を感じていったそう。そして、祐介さんがいきついたのが「もともと不妊治療をしたかったわけじゃない」という感情です。

実は、不妊治療を始める前から養子を迎えるのもいいかもしれないと夫婦共に考えていたんです。それもあって、不妊治療を通して再確認したのは、私たちは『夫婦で子どもを育てたいんだ』ということだったんです。それは遺伝子のつながりが欲しいという気持ちより強かったんです」(祐介さん)

すんなり理解しない実家に祐介さんが伝えたこととは

2017年11月にフローレンスで特別養子縁組の登録を行った山田さん夫婦。なかなか周囲の理解を得られなかった筆者としては、気になるのが山田さん夫妻の家族の反応です。

「私側の母はもともと保育士ということもあり、血縁関係なく子どもに接する人。だからかもしれませんが、理解が早く『歓迎』といった感じでしたが…」(智子さん)

祐介さんの家族は最初は反対だったのだそう。

「最初に話したとき、母は本気にしていなかったですね。私たちが本気だとわかったときには、大反対でした」

ケンカ別れのように実家から帰ってきた祐介さんが「説得」のために伝えたのが、妊娠や特別養子縁組に関する「正しい情報」でした。

「帰宅した翌日、電話でもう一度話し合ったのですがやはり話は噛み合いませんでした。なぜ親が納得できないのかを考えたところ、特別養子縁組の仕組みなどをきちんと理解してないことが原因ではないかと思いました。そこで、これまで妻と一緒に集めていた資料を送った上できちんと説明したところ、最終的には納得してくれました」(祐介さん)


特別養子縁組の審査が進行しているなかでの説得。いざとなったら実家との関係を考えようと思っていたそうです。夫婦で集めていた資料も功を奏し、祐介さんのお母さんの理解もようやく得られました。

「もし母が理解しなかったらどうしよう、親戚全員が納得していない状況では子どもがかわいそうじゃないかとまで、悩んでしまいました。子どもの幸せのためなら実家と距離を置くという選択をするしかないかなとも。でもその母が、いまではすっかり健太にメロメロなんです(笑)」(祐介さん)

祐介さんのお母さんの「反対」という反応は筆者にとっては「当たり前」のように感じられます。祐介さんのお母さんに限ったことではなく、多くの人にとって「特別養子縁組」は馴染みがなく、その言葉すら遠い存在なのではないでしょうか。

突然訪れた「養親になる日」

事前に研修や審査を通して、子育ての準備を進めるとはいえ、特別養子縁組の場合子どもを授かるタイミングは突然です。養子縁組あっせん機関であるフローレンスから決定の連絡を受けたとき、周到に用意していた智子さんですら「さすがに、ちょっとパニックになりました」と言います。

「たとえば特別養子縁組の場合、自分で出産をしていないので、産休はない状態で育休だけになります」(智子さん)


「電話で『来週から』と言われたときは、ビックリしつつもまずは上司や部下へ話に行きました。翌週から突然育休をとることになるのに、みんなからは『大丈夫!』『おめでとう!』と言ってもらえたり、制度を調べてくれたりと本当にうれしかったです」(智子さん)

「妻の電話からは、かなり動揺していたのが伝わってきました。正直、1~2年は待つと思っていたので、のんびり構えていたんです」(祐介さん)

智子さんは、そこから1週間で必死に引継ぎをして育休に突入。フリーランスの祐介さんも仕事をセーブ。その後は大きなパニックは起こさず、子育て生活に入れたそうです。

「仕事の引継ぎは大変でしたが、事前に受けていた養親になるための研修で用意するものを決めていたので、新たに必要だとおもったものなどはほとんどありませんでした」(智子さん)

家族、職場での問題を乗り越えて健太くんを迎えることになった山田さん夫婦。次回は、健太君と会った日の話をお聞きします。

取材協力/認定NPO法人フローレンス

書き手 箕島宇江
ライター 10代から持病があったため、婦人科の勧めで入籍直後から不妊治療を始めるも、持病悪化で体外受精は2回目で断念。諦めきれずに調べていく中で、特別養子縁組を知る。最終的には夫婦二人での人生を選択した。

フローレンス「赤ちゃん縁組」はこちら

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