命の危険をビンタでわからせるのはしつけ? 虐待? 発達保育の専門家に聞く
子どもと一緒にお散歩をしていたら、子どもが突然車道に飛び出そうとした。そんなとき、あなたはどうやって命の危険を子どもにわからせますか? 言葉で言ってわからせる? ビンタをしてでもわからせる? このような議論はネットでもたびたび起こりますが、発達保育の専門家はどう見るのでしょう。発達心理学・感情心理学が専門の東京大学大学院教育学研究科、遠藤利彦先生に聞きました。
暴力がなくても「親の本気度」は伝えられる
――子どもは目を離したすきに何をするかわかりません。車道に飛び出そうとしたり、高いところに登ろうとしたり。命を落とすかもしれないほど危険だということを教えなければならないとき、昔ならしつけとしてビンタ一発でわからせる親も多かったと思いますが、今は虐待とも言われかねません。子どもがまだ小さく、言ってもわからないような年齢の場合、どうしたらいいでしょう?
遠藤先生:強い感情で子どもと向き合わなければならない状況は、現実としてあると思います。そのとき親が子どもに伝えたいことは何なのかというと、「親の本気度」ですよね。それを伝えられるのであれば、決して物理的にダメージを与える必要はありません。たとえば、すごく大きな声で注意する(言葉の暴力にならないように人格ではなく行為を注意する)、見せたことのないような怒った顔をする。親が絶叫しただけでも子どもはおびえます。そして心にも強く残り続けます。
――まだ言葉を話せない小さい子にも、「親の本気度」は伝わりますか?
遠藤先生:はい。それこそ0歳児でも、親の強い感情というものはわかります。たとえば、はいはいする子どもがアイロンに近づいたときに、お母さんが「そっちに行かないで!」と叫んだとします。その声に驚いて振り返った子どもがお母さんを見ると、見たことのないようなものすごく怖い顔をしている。子どもはそれだけでも恐怖を感じて泣き出すでしょう。そしてアイロンには近づかなくなります。また子どもは声だけでなく、表情でも感じ取っているので、ただ大きな声を出すのではなく、子どもの目を見て感情をまじえて「アイロンに近づかないでほしい」ということを伝えたほうが効果はあります。
――でもそうすると、アタッチメントの重要な概念である「安心感の輪」に影響はありませんか? (※安心感の輪=子どもがママやパパ、保育園の先生など特定の大人が見守る中で、自発的に遊び、探索活動をする領域のこと。子どもの自信とともに大きくなる)
遠藤先生:影響はありません。実は、「安心感の輪」を説明した英文の注意書きには、「毅然(きぜん)としてふるまおう」「ダメなものはダメと言えるようにしよう」というものもあるのです。安心感の輪には、親や保育園の先生などの養育者を「安心の基地」「安全な避難所」と呼んでいますが、それは養育者がいつも変わらずに同じスタンスでいることが、子どもの発達においてはすごく重要であることを示しています。大人がいう、「これはダメなこと」というものが一貫していて、子どももそれを理解していればいいのです。逆に、大人の基準がコロコロ変わるのはよくありません。
――体罰がよくないと頭ではわかっていても、思わず手が出てしまった場合は?
遠藤先生:そういうことはあるかもしれませんが、常態化してしまうのはよくありません。体罰を受けた子どもは、正当な理由もなく自分を否定されたと感じています。「こういうことだからダメなんだよ」という理由をちゃんと説明しないと、何が悪かったのかが伝わらず、憎しみしか残りません。体罰は、「おまえなんかもう知らないよ」と言っているようなものなのです。
――体罰が常態化してしまうと、子どもにはどんな影響がありますか?
遠藤先生:暴力が家庭での支配原理になってしまうと、子どもも暴力的になる可能性が高まると考えられます。暴れた人の意見が通るような「暴れたもの勝ち」の雰囲気のなかにいると、自分の主張を他人にわからせようとするときに、手が出やすくなってしまうからです。
――常態化させず、それこそ親が「ここぞ」と思ったときだけに限定した体罰は?
遠藤先生:本当に悪いことをして、「ごくまれに」にということであれば、心のダメージが残ることは少ないといえるかもしれません。ただ、そう言ってしまうと、線引きが難しくなりますよね。程度問題なので、「どこまでならいい?」「何回までならいい?」という議論になっても答えは出ないでしょう。ただ、2020年4月施行の「改正虐待防止法」により、たとえしつけでも親の体罰そのものが禁止されます。個々の線引きに関係なく、法律で禁じられるので、そのことは頭に入れておかないといけません。
2017年にセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが大人2万人を対象に実施した調査によると、家庭における体罰を容認する人は約6割にのぼったそうです。それだけ賛否が分かれるような話ですが、体罰が与える子どもへのマイナスの影響を考えると、それ以外の方法で親の本気度を伝えたほうがよさそうです。本当に大事なことをきちんと言葉で伝えられるように、親自身も変わっていきたいですね。
(取材・文/香川 誠、ひよこクラブ編集部)
■監修/遠藤利彦先生
(東京大学大学院教育学研究科教授)専門は発達心理学・感情心理。子どもの発達メカニズムや育児環境を研究する発達保育実践政策学センター(Cedep)のセンター長も務めている。
■参考文献/『赤ちゃんの発達とアタッチメント――乳児保育で大切にしたいこと』(遠藤利彦著・ひとなる書房)