ポストコロナ時代の働き方、注目は、ワークライフバランス世界一の首都をもつフィンランド
ポストコロナ時代の働き方が注目される昨今、子育て世代のワークライフバランスも大きく変わりつつあります。仕事と子育て、そして親自身の“自分の時間”を充実させていくために、個々にとって、そして社会にとって、どんな心がけやしくみづくりかが必要になるのでしょうか?
今回はワークライフバランス先進国からヒントを探るべく、フィンランド在住歴があり現在はフィンランド大使館の広報をつとめる堀内都喜子さんに話を聞きました。
2019年に首都・ヘルシンキがワークライフバランス世界一の都市として評価されたフィンランドの子育て世代は、このコロナ禍をどのように乗り越えているのでしょうか?
定時上がりの秘密は「帰りやすい雰囲気」
――堀内さんはフィンランドで大学院生生活を送ったあと、フィンランド系企業に就職し、現在はフィンランド大使館勤務とのことですが、フィンランドでは定時に仕事を終えて帰宅するのが普通だそうですね。
堀内さん(以下敬称略) そうですね。多くの人は午前8時に出社して、午後4時に仕事を終えます。残業はほとんどしません。定時に上がるために、打ち合わせを早めの時間にするとか、定時直前に物事を頼まないようにするといった、共通認識を持っています。日本のように仕事が終わって同僚と飲みに行くということもあまりありません。
職場のコミュニケーションはコーヒー休憩や仕事を通じて取るのが基本で、定時を過ぎたら「さようなら」という感じであっさりしています。ほとんどの会社ではフレックスタイム制を導入しているので、もっと早く来て早く帰る人も多くいます。
――子育て世代はフレックスをうまく利用できていますか?
堀内 学年や曜日でも少し違いますが、基本的に小学校は午後2時ごろには終わるので、その時間に帰れるように朝早く出勤する人もいます。今は育児の負担も男女平等が当たり前なので、夫婦で出勤時間をずらして交互に送り迎えを交代しているケースも多いですね。
――保育園児の延長保育はないのですか?
堀内 預けられるのは基本的に8時間までとなっています。保育園に預けることがタブー視されているわけではありませんが、子どもの面倒は親が見るべきだという風潮があるからです。病児・病後児保育がないので、子どもが熱を出したら親は仕事を休むことになりますが、まわりも「子どもが病気ならしょうがないよね」といった雰囲気なので休みづらさはありません。
3歳まで育休を取っても同じ会社に勤め続けられるのが当たり前
――フィンランドの育児休暇はどのような制度になっていますか?
堀内 特徴的なのは、子どもが3歳になるまで会社に籍を残したまま育児休暇を取れる制度が整っているということです。育休手当が出るのは1年目だけで2年目からは無給となりますが、その代わりに自治体と国からの保育手当が合わせて6、7万円くらい支払われます。「あなたは家で保育の仕事をしている」という考え方で制度がつくられているためです。
――育児も大事な仕事であると社会が認めているんですね。
堀内 いわゆる「日本の3歳児神話」とは違うかもしれませんが、フィンランドでは、子どもが幼いうちはできるだけ親と過ごしたほうがいいという考え方があります。そのため、すぐには職場復帰せずに、最長3年間の育休を取って家でお子さんと過ごす人が結構います。
1歳未満で保育園に預けている人はほんのわずか、1歳児で約3割、2歳でも半分くらいです。ほかの北欧の国では、早く仕事に復帰して時短を利用しながら育児をするのが一般的なので、完全な育休を取ったあとにいきなりフルタイムで復帰する人の多いフィンランドは極端だという意見もあります。ただ、今のところフィンランドの人たちはこの制度に満足しています。
――育休期間が3年にもおよぶと、同僚などの負担が増えませんか?
堀内 育休期間が長い場合は、代わりの人を雇うのが一般的です。フィンランドでは新卒制度がないので、若い人にとってはこれがキャリアスタートのチャンスでもあります。育休していた人が職場復帰したあと、代用を務めていた人たちはどうなるのかというと、社内の別の部署に配属される人もいれば、そこでの経験をいかして別の会社に移る人もいます。
育休から復帰した人は、業績悪化などがない限り基本的には同じポジションに戻れますが、フィンランドでは産休や育休に関係なく常に仕事を失うリスクがあります。スキルを高めて最高のパフォーマンスを見せないといけないプレッシャーとは、いつでも隣り合わせです。
――フィンランドではコロナ前から在宅ワーク率が3割ほどあったそうですが、子どもの面倒を見ながら在宅ワークで職場復帰するパターンもあるのでしょうか?
堀内 もともと在宅ワークをしているのは、管理職や専門職で常にオフィスにいる必要のない人や、遠方から通勤してくる人たちでした。そのため必ずしも子育て世代のための制度というわけではありませんが、子どもの具合が悪いときなどに在宅ワークする人もいます。
在宅ワークの弱点を補う「子どもに考えさせる習慣」
――コロナの影響でフィンランドの子育て世代のワークライフバランスはどう変わりましたか?
堀内 3月中旬に緊急事態宣言が出て、その2日後から学校はオンライン授業や自宅での自習に切り替わりました。また、在宅ワークする人も増えて全体の6割ほどにのぼりました。子どもが自宅学習をする横で親が仕事をするという家庭も多く、「仕事に集中したいのに子どもに声をかけられて自分のペースをつかめない」という声もよく聞こえてきました。
――日本でも同じような話がありますが、フィンランドではどのように工夫されたのでしょう?
堀内 散歩などをしてリズムをつかむ人もいれば、子どもの自立を促したという人もいます。私の友人は部屋のドアの前に、「〇〇を探しているならあなたの部屋を探しなさい」「○時まで仕事があるからおなかがすいたらパンを食べなさい」などと予想される質問の答えを用意しておき、「この中に答えがなかったらもう一度自分でよく考えて、それでもわからなかったら声をかけてね」とルールを決めていたといいます。
――子どもに考えさせるプロセスを挟むのはフィンランド流?
堀内 フィンランドでは、子どもは18歳になったら親もとを離れるのが一般的で、親はそれまでには子どもに自立してもらいたいと思っています。学校の勉強でも「自分の考え」が問われる傾向があります。たとえば社会科なら、制度を丸暗記することよりも、「あなたが政党のリーダーだったらどんなマニフェストを掲げますか」といったことが問われます。
感染症対策として始まったオンライン授業でも、「森に行って植物を調べてみよう」といったような、自分で調べる機会が設けられています。
フィンランド人もまだまだWLBに悩んでいる
――ワークライフバランスの整ったフィンランドでも、ワークライフバランスに悩むことはありますか?
堀内 日本より恵まれている制度があるといっても、フィンランド人のワークライフバランスの悩みはつきません。仕事もきっちりしたいし、帰ってきたら子どもとの時間も大事にしたい。自分の趣味も楽しみたい。スキルアップのための勉強も欠かせない。男女関係なくそういったことを貪欲(どんよく)に求めています。子育て夫婦も、「自分はちゃんとした親になれていないのではないか」「子どもとあまり過ごせていないのではないか」といった悩みを持っています。
――コロナ後、子育て世代の生活様式はどう変わっていくと思いますか?
堀内 在宅ワーク中は、親子で一緒に体を動かしたりゲームをしたりと、家族で過ごす時間が増えたので「在宅ワークを続けたい」という声も多くありました。今後は一気に元に戻るというよりは、従来の生活様式や働き方との併用型になっていくと思います。私の友人の一人は、「ワークライフバランスでできることはもうないと思っていたけど、まだまだ考える余地がありそう」と言っていました。今までは親子が家に一緒にいても別々のことをしていたけれど、家族と過ごす時間の大切さをあらためて気づかされる機会になっていたのだと思います。
――日本のママ・パパのワークライフバランスが向上するために、必要なことは何だと思いますか?
堀内 フィンランド人は「育児中は突発的なことがあるものだ」という共通認識を持っていて、育児をしているかどうかにかかわらず、みんなが互いに寛容な気持ちを持っています。日本でもそういう寛容さを互いに持てればいいですね。ただ、定時に帰ることで誰かにしわ寄せがある場合はなかなかそういう気持ちになれないので、ある程度みんなが平等に定時に帰れるしくみがつくれるといいと思います。
お話/堀内都喜子さん 取材・文/香川 誠、ひよこクラブ編集部
「定時に帰る」というのは、ワークライフバランスを形成する要素の一つにすぎないのかもしれませんが、そこには「互いの寛容さ」という本質が凝縮されているようです。社会や会社のしくみを一個人で変えるのは簡単ではありませんが、他者への寛容さを持つことが自分のワークライフバランスを高めるきっかけになるのかもしれません。
堀内都喜子さん(ほりうちときこ)
Profile
長野県出身。大学卒業後、日本語教師などを経てフィンランドのユヴァスキュラ大学大学院に留学。コミュニケーションを専攻し修士号取得。帰国後は都内のフィンランド系機械メーカーに勤務する一方、ライター、通訳としても活動。2013年よりフィンランド大使館広報部でプロジェクトコーディネーターとして勤務。著書に『フィンランド 豊かさのメソッド』(集英社新書)、『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』(ポプラ新書)
『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』
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