保険適用で不妊治療に変化が? 日本では不妊治療の“やめどき”が難しい…最新妊活事情【胚培養士に聞く】
「不妊治療がメディアなどで取り上げられ始めたのは比較的最近で、それ以前は、それを学ぶ手立ても、治療体験を公言する人もほとんど存在しなかったと思います」(水田さん)
日本で初めて体外授精による赤ちゃんが誕生したのは1983年のこと。
それから約40年。日本産科婦人科学会が発表したデータ(※1)によると、2020年は6万381人が誕生しました。これは約14人に1人が体外授精で生まれたということになります。
「私が胚培養士になった2005年は不妊治療の認知度は低く、体外授精による出生児は1万9000人強、約56人に1人という割合でした」こう教えてくれたのは、リプロダクションクリニックの培養部長で体外受精コーディネーターなどの資格を有する、水田真平さん。
治療を受ける方の数も、治療が実を結び誕生した赤ちゃんの数も、増加の一途を辿る昨今。不妊治療の最前線で活躍する水田さんに、最近の不妊治療の動向などをお聞きしました。
日本は体外受精の成功率が世界一低い。なぜ?
日本の不妊治療の技術は世界でも高い水準にあるとよく聞きますが、体外授精の成功率は世界で最も低いそうです。意外だと思いませんか?
これは、不妊治療の進め方や考え方の違いが関係しているようです。
“やめどき”が難しい日本、やめる決断が早い海外
日本の成功率が低い理由は、卵巣刺激方法、患者さんの年齢や患者さん自身の挙児(※2)への考え方、提供医療の選択肢などにあるのではないかと水田さんは言います。
「日本では患者さんの体に負担が少なく、自然に近い方法で採卵を行って挙児を目指すケースが海外よりも多いです。
一方、海外は1回の治療でできるだけ多くの卵子を採って、1回の治療の成功率を上げる治療方針が多いです。注射回数が多く、卵巣が腫れることがあり、患者さんへの負担は大きいですが、海外ではこの方法が主流です」
患者さんの年齢についてはこう話します。
「日本は40歳以上の不妊治療を受ける患者さんの割合が多く、平均年齢も海外よりも3~4歳高い傾向があります。
年齢が上がると一度に採れる卵子が少なかったり、良い受精卵が育たなかったりして治療回数が増えやすいので、成功率が低くなる大きな要因かもしれません」
海外は不妊治療に区切りをつけるのが、日本よりも早い印象があると水田さん。
「海外は不妊治療を始めるのも早いですが、治療に区切りをつけるのも早いイメージがあります。
日本は、さまざまな事情から治療を長く続ける方が多い傾向にあると感じます。また、治療が長期間になると、”やめどきがわからない“と悩まれている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
海外は不妊治療に区切りをつけると、割と若いうちから卵子提供などの治療方法にシフトしていきます。でも、日本では提供卵子や受精卵の治療は認められていないので、なかなか難しい問題ですね」(水田さん)
保険適用で不妊治療は何が変化した?今後の動向は?
2022年4月から保険適用が始まった生殖補助医療。始まる前との違いはどのようなことなのでしょう? 水田さんは、費用、治療を受ける年齢層、受診者数だと言います。
「治療の多くが保険適用でカバーできるので、費用が軽減されることが大きなメリットでしょう。また、どこの病院を受診してもガイドラインで認められた安定した治療が受けられるので、その点もポイントかと思います。ただ、保険で認められている、基本的な治療ではうまくいかない患者さんが多くみられることも確かです。保険適用外の治療を受ける場合は自費となるので、その点は注意していただきたいです」
保険適用開始前まで、自費で難しい治療を受けていた方にも変化があるのではないかと水田さん。
「保険適用開始を機に、いったん保険適用の治療に切り替える方もいらっしゃるかと思います。受診してみて、いい結果が得られなければ、早めに自費診療にシフトされるケースもあるかもしれませんね」
保険適用後、受診する年齢層や受診者数の変化については、
「不妊治療は早めに始めると妊娠率が上がります。そして、保険適用で費用も抑えられるので、以前より受診する方の年齢層が若年化するのではないかと思います。保険適用後、受診する方が増えたという医療施設の話をよく耳にします。どちらの施設も多くの患者さんが受診されているかと思います」(水田さん)
保険診療には回数と年齢の制限があります。この制限によって、 今後どのようなことが起こると予測できるのでしょう?
「先は見えませんが、制限を超えた場合、自費で治療を継続される方もいらっしゃると思いますが、止める方もいらっしゃるでしょう。保険適用の制度は、深読みすれば治療を止めるきっかけの一つと言えるかもしれません」(水田さん)
医療者と話すことが満足度の高い治療に
不妊治療は医療者との相性も大事だと水田さん。馬が合わないと、治療を受ける側の希望が医師に伝わりにくかったり、医師の考えだけで治療が進められていると感じてしまうケースもあるようです。
「“医師にいろいろ聞くと嫌がられるかな”と心配する方も多いかもしれませんが、患者さんの話をしっかり聞いて治療を進めようという施設が多いと思います。
治療は医師との信頼関係を築くことが大切です。医療者を信じていろいろな話をして、満足のいく治療をしていただきたいと思います」
胚培養士と話す機会があれば、積極的に話をしてほしいとも言います。
「胚培養士を見れば、そのクリニックのよさがわかると思います。胚培養士はみな勤勉で、新しい技術などを積極的に導入している人もたくさんいます。話せる機会があれば、ぜひ話しをしていただけたらと思います」(水田さん)
取材・文/茶畑美治子
「私が胚培養士になったころは、不妊治療を受けることは後ろめたいこと、という印象が非常に強かったように思います。社会的にも聞いてはいけないタブーな話という風潮だったと記憶しています」と水田さん。
今は、保険適用が始まったり、仕事と治療の両立を支援する動きが出てきたり…。以前よりもポジティブに治療を進められる社会になったかもしれません。
でも、治療を受ける方にかかる心身の負担は今も昔も大きくは変わりません。
治療を受ける方に不利益がなく、より多くの子どもが元気に走り回れる明るい未来になるように、周りの方々が不妊治療にも理解を深めていけるといいのかもしれないですね。
取材協力・写真提供/リプロダクションクリニック大阪
※2 子どもを授かる、子どもを得る。
水田真平さん リプロダクションクリニック大阪/東京 胚培養部長
日本卵子学会 生殖補助医療胚培養士。日本不妊カウンセリング学会 体外受精コーディネーター。日本臨床エンブリオロジスト学会 理事。日本卵子学会 代議員。日本不妊カウンセリング学会 評議員。臨床検査技師。
2003年3月藤田保健衛生大学衛生学部卒業後、同年4月藤田保健衛生大学大学院保健学研究科入学。2005年3月藤田保健衛生大学大学院保健学研究科 修了。英ウィメンズクリニック培養部門リーダーなどを経て、2013年1月リプロダクションクリニック大阪 開設担当部長に就任。同年9月リプロダクションクリニック大阪 胚培養室室長。2017年2月より現職。