凍結した卵子から生まれた赤ちゃん、問題は見つからず。~8年間を振り返ってクリニックが報告~
2023年に東京都の助成金制度が始まり、注目度が高まっている卵子凍結。しかし技術自体はそんなに新しいものではありません。がんの治療を始める人のための「医学的適応」の卵子凍結は日本でも2000年代から始まり、健康な女性を対象にした「社会的適応」の卵子凍結も2013年には学会が実施上のルールを定めています。
その妊娠率や、生まれた子の健康状態についてはどの程度明らかになっているのでしょうか。卵子凍結ですでに多くの出産例がある京野アートクリニックの京野廣一先生に、出産ジャーナリストの河合 蘭さんが聞きました。
東京都の助成金制度で希望者が増加
――卵子凍結は、東京都が卵子凍結の助成金制度を開始したことで関心が高まっています。京野先生のクリニックでも卵子凍結を希望して来院するケースが増えていますか。
京野先生(以下、敬称略) はい、昨年から、希望する方が増えています。
当院は、医学的適応の場合には2000年から、社会的適応の場合には2014年から卵子凍結を開始しました。
――2000年からというと、もう、24年間も卵子凍結をしてきているのですね。
京野 はい。当院は国内の第1号でした。でも、当時すでに海外ではたくさん行われていたので、私たちは早いとはあまり思いませんでした。最初は、抗がん剤や放射線治療などを始める人が卵子を凍結しておくためのものでした。
――一方、健康な女性が卵子の時間を止めておくために凍結する「社会的適応」については「高齢出産を増やす」という懸念もあり、しばらく議論が続きました。
京野 そうですね。やがて2013年に日本生殖医学会が社会的適応の卵子凍結についてガイドラインをまとめ、必要な条件が明らかにされたことで、社会的適応の凍結が容認される時代が始まりました。
これまでに卵子凍結をした403人を調査
――京野先生のクリニックでは、今までに何例くらいの社会的卵子凍結を実施しましたか。また、その中でどれくらいの卵子が使われ、出産に至ったのでしょうか。
京野 2023年に、過去8年の間に当院で実施した社会的適応の卵子凍結を振り返って
データをまとめました。すると、この間に403人の女性が社会的理由で凍結を行ない、その4分の1の人は、パートナーを連れて当院へ戻ってきたことがわかりました。
そのうち、凍結卵子を融解して、顕微授精をした人は61人いて、凍結した人全体の15%にあたります。凍結をしてから、3年くらい経って融解したケースが多いです。そのうち出産に至ったのは13人で、凍結した人全体から見ると3.2%です。
それ以外に、タイミング法、人工授精、もしくは自然妊娠で子どもを授かって、その後「凍結卵子は廃棄してください」と言ってくる人も一定数います。
――凍結した卵子を融解し、それを使って妊娠するときは体外受精が必要です。それも一般的な体外受精ではなくて必ず「顕微授精」になるということでしょうか。
京野 はい。凍結しておいた卵子は、一般的な卵子に比べると正常に受精する確率がやや落ちるので、妊娠方法の選択肢は「顕微授精」のみとなります。顕微授精は、体外受精をして、精子を卵子の中へ人為的に入れる方法です。
また、一つ気をつけなくてはならないのは、卵子凍結は保険診療ではないので、妊娠するときも保険は使えず、すべて自費診療になります。自費診療の顕微授精は、当院では大体50万円くらいかかります。卵子を凍結するときは、将来それを融解するときにはこうした負担がかかることも知っておくべきです。
凍結卵子で生まれた赤ちゃんを6歳まで追跡
――京野先生のクリニックからは、医学的適応の卵子凍結を合わせると、すでにたくさんの凍結卵子ベビーが誕生しています。この赤ちゃんたちを調べた調査があるとのことですが、どんな調査だったのですか。
京野 凍結卵子を使った妊娠が安全なのかどうかを考えていくのは大事なことです。幸い、今回の調査では、凍結卵子の赤ちゃんに変わったところはありませんでした。
調査対象は、当院で2000年から2020年までの間に凍結卵子を融解し、出産に至った赤ちゃん116人です。この子たちを6歳になるまでフォローアップして調査しました。身体の大きさや機能、発達の様子は国が公表している全国平均と同等でした。
――このような研究は、すでに広く行なわれているのでしょうか。
京野 いいえ、まだとても少ないです。子どもの成長を追った調査は、当院のこの調査が最初のものです。今後も、こうした調査は続けていくべきだと思います。
年齢と個数で妊娠率が変わる
――社会的適応の卵子凍結を考えるとき、年齢についてはどう考えたらいいのでしょうか。若いときの卵子を凍結することが理想ですが、凍結をしようかと考えた時点で、すでに年齢が高くなっている人も多いようです。
京野 もちろん若いときに凍結したほうが妊娠率が高いですが、実際には高齢妊娠の年齢になっている方が多いという現状があります。当院で社会的適応で卵子凍結をした人の凍結時の年齢は平均38.9歳です。その中から妊娠している人も出ているので、年齢が高いと意味がないとは言えません。
でも、やはり高齢出産は、出産の危険性が高くなります。
日本生殖医学会のガイドラインでは、凍結する年齢や、その卵子を使う年齢の限界についても書かれています。採卵の年齢としてはて、36歳未満が望ましいとされ、また、卵子を融解して使う年齢についても、高齢妊娠になることのリスクを十分に考えるべきだとしています。
卵子凍結を行なう医療施設は、これを参考にして、自分たちの基準を決めているところが多いと思います。
――妊娠率は年齢が高くなると下がりますが、凍結卵子がたくさんあれば、妊娠できる卵子にあたる可能性が高まります。
京野 凍結卵子は多いほど有利で、30代前半ですと、妊娠に必要な卵子数は大体10個くらいと言われています。そして、35歳を超えても、35~37歳なら13個、38~39歳なら17個、42~43歳なら28個あればよいと考えられています。
――でも、年齢が高くなると卵子が採れにくくなっていきます。
京野 はい、年齢が高い方は、そんなにたくさんの卵子を凍結することはできません。ですから、この個数は、一つの目安と考えればよいと思います。これらより少ない数であっても、子どもを得ているケースはあります。
――皆さん、何個くらい凍結しているのでしょうか。
京野 当院では、たくさん採れる人なら、排卵誘発剤の注射を使って多く採っておくようにしています。年齢別に見ると30代の人は平均個数が10個を超え、40代前半では8~9個というところです。
――体外受精を受ける人と同じように、卵子凍結でも、卵子をたくさん育てる排卵誘発剤が有効ということですね。
京野 自然周期では1個しか排卵しませんが、薬の力を借りて複数個排卵させることで、妊娠できる卵子が凍結できる確率が高くなります。
日本は薬を控えめに使うマイルドな刺激が混まれる傾向があり、2017年の日本産科婦人科学会のARTデータによると、日本の採卵周期の半数近くが自然周期かマイルド刺激でした。でも妊娠した周期だけを見ると、注射を使って強い刺激をした周期が7割ほどをしめていて、自然周期やマイルドな刺激による体外受精は妊娠に結びつきにくいことがわかります。
今は、排卵誘発剤の注射はほとんどの人が自己注射をしているので、通院回数は全部で4回くらいです。
卵子凍結を考える場合は、このようなことに配慮している、体外受精の実績がある医療施設を選ぶといいと思います。
お話/京野廣一先生 取材・文/河合 蘭 構成/たまひよONLINE編集部
東京都が助成金を出すようになったことで一気に注目されてきた卵子凍結。実は、20年以上も前から日本国内で行なわれてきました。さらに有効で安全な技術へと発展しながら、すぐに産めない理由がある人たちをこれからもサポートしていくことでしょう。