浜口順子さん 妊活振り返りインタビュー「35才目前で妊活を始めてから3度の転院を経験」
“はまじゅん”の愛称で、バラエティ番組などで活躍している、タレントの浜口順子さん。
35才を目前に、夫に背中を押されて妊活スタート。その後、三重県へ移住し不妊治療を続けるものの、その道のりは思っていたよりも長く、つらかったと話します。転院を重ね、ようやくめぐり合えたクリニックでの不妊治療を経て妊娠。
2023年12月、念願のママになった浜口さんに、妊活期間を振り返っていただきました。
浜口順子さん 妊活振り返りインタビュー。
<前編>は、知識ゼロからスタートした妊活~三重県への移住について、当時の心境とともに伺いました。
妊活振り返りインタビュー・浜口順子さん #1
※参考:「妊活たまごクラブ 初めての不妊治療クリニックガイド 2024-2025」
妊活って何するの!?知識ゼロからスタート
明るい笑顔と大阪出身ならではの軽妙なトークでバラエティ番組を中心に活躍している浜口順子さん。結婚したのは、自身の31才の誕生日でした。30代前半での結婚は妊活を視野に入れてのこと…と思いきや、意外にも妊活はあまり意識していなかったといいます。
「母は、37才で私を出産したんです。当時にしてみれば高齢出産。そんな母から『結婚も出産もあせらなくていい』と子どものころから言われていたので、子どもはいつか欲しいとは思っていたけれど、年齢はあまり気にしていませんでした」
約9年半の交際を経て結婚した夫とも、子どものことについてはほとんど話をしなかったそう。
「私の勝手なイメージで、夫はそんなに子どもに興味がないと思っていたから。子どものことが夫にとって変なプレッシャーになるのは嫌だし、私は私でバリバリ仕事をしたかった時期なので、あまり突っ込まれたくないという思いもありました。逃げていたわけではないけれど、お互いに子どもの話には触れないようにしていたような気がします」
そんな浜口さん夫婦に転機が訪れたのは、結婚して約4年が経ったころ。浜口さんがまもなく35才になるというタイミングでした。
「夫から『そろそろ子どものこと考えない?』と言われたんです。私はびっくりしたけれど、『そろそろか』とも思いました。でも、めちゃくちゃお恥ずかしい話、私は女性の体のしくみや妊娠のメカニズムをまったく理解していなかった。ただ単純に女性には生理があると思っていて、月に1回の排卵日=月に1回しか妊娠のチャンスがないなんて知りませんでした」
だから、いざ子どもを授かりたいと思っても、どうしたらいいのかわからない…。そこで、まずは出産経験のある友人からアドバイスをもらうことにしました。
「まずは病院に行ったほうがいいと言われましたが、病院って、どこの病院?と、よくわかっていなくて。とりあえず産婦人科に行って『子どもが欲しいんです』と話をして、妊活を始めることにしました。とはいっても、病院で医師から『この日にタイミングをとってください』と言われても、『え!?この日しかダメなんですか?』みたいな感じ(笑)。そのくらい浅~いところからのスタートでした」
それから約1年、妊活をしましたが、授かることはできず…。浜口さんは不妊治療専門クリニックの門をたたきました。
「先生からは『もう少し様子を見ても授からなかったら、年齢的に、人工授精をすっ飛ばして体外受精をやったほうがいい』と言われました。私は『へぇ~』と聞いていたのですが、そのときは正直『体外受精なんて大げさ』と感じていました。すごくお金がかかるだろうし、薬を飲んだり注射を打ったりするのは大変そう。周りからもそう聞いていたので、最初の一歩が踏み出せなかったんです。体外受精はまだ現実的に考えられない、気合を入れて何回かトライすれば授かるだろう、そんなふうに思っていました」
人工授精、体外受精とトライしたけれど…
医師の話は適度に聞き流しつつ、クリニックですすめられた検査は受けてみることに。それがAMH(抗ミュラー管ホルモン)検査。
「初めてAMH検査を受けました。すると、数値が高ければ卵巣に残っている卵子が多いことを表すAMH値が私の場合、高すぎるという結果に。数値が高すぎると逆に異常値になってしまうらしく、判定不可能と言われました。『どういうことですか?』と聞いても、『何とも言えない』と。でも、ほかに疾患はなく、子宮卵管造影検査を受けても不妊の原因は見つかりませんでした」
このクリニックでもなかなかうまくいかず、人工授精にステップアップ。それでも授からない…。そこで浜口さんは転院することを決意しました。転院先に選んだのは、不妊治療の実績が高いことで知られる人気クリニックでした。
2回の体外受精でも授かれず心はもう限界…。治療をお休みして心身をリセットすることにしました
「体外受精をしている人がみんな行っているというイメージがあったので、『1回行っておこうか』じゃないけれど、気持ちを新たに通ってみようと思いました。すでに意志が固まっていたので、初診時から『体外受精をしたいです』。そこで2回、体外受精にトライしました」
でも妊娠には至らず…。2回の体外受精に失敗して、張りつめていた心の糸がプツンと切れてしまった浜口さん。そこで初めて妊活を休むことにしました。
「心底つらくなって、妊活から離れたくなったんです。それに、転院先のクリニックは麻酔なしで採卵するのが基本なので、やっぱり痛い。それも嫌で嫌で仕方ありませんでした。『もう嫌や~』とグチをこぼす私に、夫も疲弊してしまったのでしょうね。『一度、妊活を休もうか』と言ってくれました」
そんなとき、浜口さんに思わぬ環境の変化が訪れました。
「私自身に住環境を変えたいという思いがあったので、三重県に移住することを決めたんです」
三重県に移住し3度目の転院した浜口順子さん。
インタビュー<後編>では、その後の治療の様子、また浜口さんの妊活中の心の支えについてお聞きしました。ぜひ、ご覧ください!
浜口順子さん 妊活History
≪2016年≫
●6月 結婚
31才の誕生日に3才年上の一般男性と結婚。
≪2020年≫
●5月
妊活スタート!産婦人科へ
まずは産婦人科へ足を運び、妊活スタート。
≪2021年≫
●5月
不妊治療専門クリニックへ転院
人工授精にトライ
転院後は人工授精にステップアップ。
≪2022年≫
●2月
2度目の転院
体外受精にステップアップ
体外受精を2回行うも、授からず…。
●8月
いったん治療をお休み、三重県に移住
不妊治療に疲れてしまい、一度休んでのんびり過ごすことに。
≪2023年≫
●2月
名古屋のクリニックに3度目の転院
転院後、1回目の体外受精で妊娠
自己注射と服薬で体外受精を行い、1回目の体外受精で妊娠!
●12月 出産
第1子となる女の子を出産し、“ママじゅん”に♡
●浜口順子さん Profile
1985年、大阪府生まれ。2001年、ホリプロタレントスカウトキャラバンでグランプリを受賞し、芸能界入り。バラエティ番組などを中心に活躍する。2022年夏、三重県に移住。現在はタレント、ラジオパーソナリティー、構成作家、ニュース情報番組のMCなどで活動中。また、ライブコマーサーとして国内外のコスメやファッションアイテムなども紹介している。私生活では2016年6月に結婚。2023年12月、第1子となる女児を出産。
●撮影/Hananojyo
●スタイリング/鬼束香奈子
●ヘア&メイク/馬地絵美
●構成・文/本木頼子
●ジュエリー/ポンテヴェキオ(ポンテヴェキオ 銀座並木通り本店)
※本誌掲載の内容は2024年8月19日現在のものです。以降変更されることもありますので、ご了承ください。