45歳は約3780万円? 高齢の不妊治療費用が厳しい理由・産科医
子どもを授かるには、どうしても年齢という壁があります。
不妊の記事を配信するたびに「もっと早く知りたかった」という声が届きます。
「選択したつもりではなかった」「学校で教えてほしかった」「男性も知るべきと思った」。いつか子どもを授かりたいと思った時のために、もっと前から知っておきたいことを特集としてお届けします。
特集「授かるチカラ」 連載「産科医・齊藤 英和 授かるチカラとは」第3回
本来、妊娠に必要な時間も費用は0
不妊治療を行うことでの最大のメリットといえば、もちろん子どもを授かることです。その一方で、治療のデメリットといえば、治療にかかる「時間」と「費用」だと思います。
元来、人は不妊治療を受けずとも妊娠できる可能性が高く、この場合は治療に費やされる時間や、費用は0となるわけです。しかし、高齢になると自然妊娠しにくくなり、かつ不妊治療をしてもなかなか授からなくなります。このため高齢になるほど何回も治療を受けることが多くなり、治療に費やされる時間や、費用は膨大なものとなる可能性があります。
図1 結婚年齢と生涯不妊率の関係
図1は、女性の結婚年齢と生涯不妊率です。結婚年齢が上昇すると、生涯不妊率が上昇します。20歳代前半では約5%の子どもを持てない率ですが、20歳代の後半には約9%、30歳代前半で約15%、30歳代後半で約30%、40歳代で約60%と上昇することが報告されています。
このデータから考えてみましょう。30歳代後半で結婚して子どもを持てない30%の人が、もしも20歳代後半で結婚し、子どもを持つことを考えていたら、この30%の方の3分の2の方が子どもを持てたことになります。それも、若ければ自然妊娠できる割合も高くなり、たとえ不妊治療をしても、体への負担がより少なく、安価な治療で妊娠します。ということは、通院や治療にかかる時間も少なくなり、仕事のキャリアを積みたい方にとっては、とても良い条件で妊娠できるということになります。
年齢別IUI施工周期数と妊娠率 若いほうが、人工授精を受ける回数も少なく済む
図2は私の前職である国立成育医療研究センターにおける、年齢層別の人工授精の成績です。年齢が若いほど治療1回あたりの妊娠率は高く、高齢になるほど低下します。これはどの施設で不妊治療を行っても同様の傾向です。(IUI=人工授精。排卵の時期に、採取した精子を直接子宮内に注入する方法)
こうしたことから、不妊かな? と心配になったら、早めにクリニックを受診されることをお勧めします。
治療による妊娠率が高いということは、治療回数が少なくて妊娠に至ることを意味しており、すなわり、治療費が少なくて済むだけでなく、治療に伴う通院や治療時間が少なくて済むということです。
不妊治療には夫婦ともに時間が必要
不妊治療のうちでも、人工授精と体外受精にも関わることで、もう一つ重要なことがあります。それは、これらの治療には夫の精子採取が必要となるということです。つまり、夫にも通院や治療時間の負担が生じるのです。夫婦両方に負担がかかることを考えておかなければなりません。
図3 ART妊娠率・清算率・流産率 2017
図3は2017年ART治療※の年齢別成績結果です。毎年、各年齢のグラフを作成していますが、その数値は毎年ほとんど同じで、妊娠率・生産率は、年齢とともに低下します。
おおよそ32歳ぐらいまでは一定で、それより高齢になると徐々に低下し、36歳を過ぎると急激に下降します。また、流産率も、32歳ぐらいまでは一定であり、それより高齢になると徐々に上昇し、36歳より顕著に上昇しています。
生殖補助医療を受ける必要がでてきても、32歳ぐらいまでに治療が受けられるようにライフプランを立てるほうが、より効果的に治療を受けることができるといえます。
また、この年齢による問題は誰にでも降りかかることですが、これ以外にも病気や遺伝などによる個人特有の不妊因子を持つ場合もありますので、それを含めてご自分のライフプランを考えておくことが大切だと思います。
※ART治療…体外受精(IVF)、顕微授精法(ICSI)、胚移植(ET)、ヒト卵子・胚の凍結保存および凍結胚移植等の技術に対する総称
図4は図3で示した生殖補助医療の成績を基に、この治療で生児を得るためにどのくらいの費用が掛かるのか概算したものです。
子ども一人産むのに、45歳では約3780万円!?
費用は治療内容により異なり、また施設によっても異なりますが、大雑把に一回の治療を30万円として各年齢における治療の生児獲得率(赤ちゃんが生まれる率)より計算しています。
これによると、32歳ぐらいまでは約150万円で一人こどもが生まれます。それより高齢になると徐々に上昇し、40歳では約370万円が必要になります。45歳では、約3780万円となります。高齢になるほど赤ちゃん誕生までにかなりの費用が掛かるようになっていくことがわかりますね。
治療費だけではありません。それだけ治療に費やす時間も多くかかることになるので、仕事に影響を及ぼす可能性も高くなります。
妊娠がゴールではなく、その先も考えて
もちろん、「子どもを持たない」と決めている方や、「それでも自分は40代からの子育てでいい」と考える方、いろいろな考え方があるかと思います。
人生設計は人それぞれ。ですが、もし、家族を持ち子育てしようと考えるのであれば、加齢に伴う妊孕性(にんようせい 妊娠する力)の低下も考慮して、若い時期からライフプランを考えておく方が、自分の理想のライフプランに一番近づくことになると思います。
また、子どもを持つことまでがゴールではなく、子どもたちを育てあげ、さらに、自分たちの老後のこともライフプランに含んで計画を立てることが必要です。最近、老後には年金以外に2000万円の貯蓄が必要という意見もあり、このことを考慮すると一般的な家庭では出産子育ては早めに終わるようにしないと、子育てが終わらず、老後の資金を貯められないことになりかねません。
不妊治療の補助金の支給年齢制限ギリギリまでに産もうと考えていると、子どもを持つことができたとしても、その後の生活が大変になるかもしれません。様々な情報を得たうえで、選択できることが重要と考えています。
(文/齊藤英和 撮影/古谷利幸 構成/関川香織)
齊藤英和(さいとう・ひでかず)
プロフィール
産婦人科医師。元国立成育医療研究センター 周産期・母性診療センター 副センター長。現在梅が丘産婦人科ARTセンター長。長年、不妊治療の現場に携わっていく中で、初診される患者の年齢がどんどん上がってくることに危機感を抱き、大学などで加齢による妊娠力の低下や、高齢出産のリスクについての啓発活動を始める。
著書に「妊活バイブル」(共著・講談社)、「『産む』と『働く』の教科書」(共著・講談社)