不妊治療をテーマにした『胚培養士ミズイロ』男性からの反響も多く【漫画家おかざき真里さんと週刊ビックコミックスピリッツにインタビュー】
不妊の検査や治療経験を持つ夫婦は2015年で5.5組に1組、2021年では4.4組と増加傾向にあります。(※1)その変化に対応すべく、私たちは不妊治療というものを正しく理解し、治療を受ける方に寄り添った対応ができているでしょうか?
読者の7割が20代~40代の男性だという『週刊ビックコミックスピリッツ』で、2022年10月から連載が始まった『胚培養士ミズイロ』。
不妊治療の経験者や専門施設などへの綿密な取材を元に、不妊治療の様子がリアルに描かれているこの作品は、読者だけでなく、医療者などからも高い支持を得ていると言います。
人気の理由はどこにあるのでしょう?
作品に込められた想いや見どころ、制作エピソードなどについて、漫画家おかざき真里さんと、小学館週刊ビックコミックスピリッツ編集部の島﨑絢子さんにお聞きしました。
妊活が抱える問題などについても探っていきます。
胚培養士という職業への強い関心が漫画化のきっかけに
「大学時代の授業で、精子や卵子、受精卵を操作する専門職の方がいると聞き、“すごい仕事だな”って衝撃を受けたことが、企画の始まりなんです」そう話すのは理系出身、小学館ビックコミックスピリッツ編集部の島﨑さん。
「大学の先生曰く、“患者さんから預かった精子と卵子が入った器を壊してしまったら、人を1人殺めてしまったかのように言われる仕事だそうだ”と。
その話を聞いたときから、失敗やミスが許されない、胚培養士という職業にずっと興味がありました」
島﨑さんは、入社前から胚培養士が主人公の作品を、尊敬する漫画家に描いてもらいたいと願っていたそうです。
「ずっと叶えたい企画だったので、編集部で、“絶対やるべき!” “おかざき先生に描いてもらえるなんて本当によかったね”と言われて。企画が通ったときは本当にうれしかったです」
思わず共感! 登場人物の心の声がグッとくる
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『胚培養士ミズイロ』の見どころは、治療を受ける人の心の動きや治療の様子などがリアルに描かれていること。
治療経験のある夫婦などへの取材では、それぞれに取材日時を設けて話を聞き、ストーリーに落とし込んでいるとおかざきさんは言います。
「男性側、女性側、それぞれの治療に対する想いや捉え方などが描けるように、ご夫婦であっても取材は別々に行いました」(おかざきさん)
グッと心をつかむセリフも見どころの1つです。
「おかざき先生は、漫画に登場する治療を受ける方の心情をポエムのような感じで表現していただくことが多いんです。
たとえば、多忙な仕事と並行して顕微授精にトライしたものの、うまく行かなかったシーンでは、“得るものがないまま失っていく音がした”とか。
心情すべてを説明するわけじゃないけど、漫画の中には“その気持ち、わかるなぁ”と思ってもらえるような心の声が散りばめられています。そういったシーンは、私も読んでいてウルウルしてしまいます」(島﨑さん)
事実関係が不確かになって再取材も…
治療の様子もリアルゆえに、制作過程では少し大変なこともあるそうです。
「絵を描く前は、胚培養士の方などにしっかり取材させてもらって、クリニックの様子や設備などを何万枚と撮影します。そのときは、きちんと理解できたと思うんですが、いざ絵を描こうとすると、“この写真は何をしてる様子だろう?”などとわからなくなってしまったり、あるシーンの絵を描いたあと、“こういうとき、医師はなんて患者さんに言うんだろう”とセリフに悩んだり…。
細かなことではあるんですが、制作中に不確かなことが出てきて、再取材ということも。ご協力いただいているクリニックや医療者の方々には感謝でいっぱいです」(おかざきさん)
主人公は男性?女性? そのワケは…
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主人公の水沢 歩は、ジェンダーレスなタイプであることも注目ポイントです。なぜそうしたのでしょう?
「制作に入る前に、まずはキャラクター作りをするんですが、そのときから、中性的な感じにしたいなと思ってたんです。
私が治療を受ける立場だったら、 “どんな人に卵子を扱ってほしいかな?“
“漫画にしたらどんなタイプがいいんだろう?”って考えた結果、性別は無色透明、男女どちらでも受け取れるイメージがいいかなと思って決めました」(おかざきさん)
不妊原因のほぼ半数は男性(※3)。なのに、なぜ男女間の温度差は起こりがち?
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不妊治療を進める上で大事なことの一つと言われているのが、“夫婦でよく話し合って協力して進めていくこと”。
WHO(世界保健機関)が発表したデータ(※3)では、不妊原因のほぼ半数は男性側にあるとしています。にもかかわらず、実際は治療に“積極的な妻”に対し、“他人事のような夫”というケースも少なくないようです。
この事象をどう捉えているか、おかざきさんに尋ねると、
「夫婦間で温度差が出てしまう大きな理由の1つは、生殖にかかわることって、思春期のころから男女間で意識の違いがあるからじゃないかと思うんです。
私には3人子どもがいて、育児をしていても感じるところなのですが、生殖的なことって、思春期から捉え方や経験に男女差があるように感じています。
女性は月経や生理痛など苦痛や煩わしさなどを体感することから始まって、その経験を積み重ねていきますよね。対する男性は、快楽として経験することから始まって歳を重ねていく。
初めの段階から経験に違いがある分、男性は女性のしんどさみたいなものが理解しにくいのかもしれないなあと。だから夫婦間で温度差が出るのかなと感じます」(おかざきさん)
不妊治療はだれもが当事者になる可能性大!
国立社会保障・人口問題研究所が定期的に行っている調査結果(※1)では、不妊の検査・治療を受けたことのある夫婦は、2005年で夫婦全体の13.4%、2010年で16.4%、2015年で18.2%、2021年で22.7%と右肩上がりに上昇。直近では4.4組に1組が不妊治療経験者となります。
「調査結果を見ると、うちの子3人のうちのだれかが不妊治療を受けることになるかもしれないと思います。そうなると、母親である私も不妊治療経験者と接点を持つ、いわば当事者。
結婚する・しない、子どもを持つ・持たないにかかわらず、自分の甥や姪、きょうだいなどが不妊治療を経験する可能性は十分にあるわけで…。言い換えれば、だれもが当事者になる話ではないでしょうか」(おかざきさん)
子作りをどうするか考え中の新婚の方、わが子が不妊治療中のご両親、会社の上司、子育て中のママやパパなど、いろいろな方に漫画を読んでほしいとおかざきさんは話します。
「漫画に描かれていることは不妊治療のすべてではないし、教科書でもありません。あくまでも漫画。
なので、まずは楽しく読んで、治療のことを知ってもらえるきっかけになったらうれしいです。不妊治療のクリニックに行って女性がどんな治療を受けているかを知って欲しいという想いもあります。子育て中のママやパパには、妊娠や出産したときのことを懐かしんでいただいてもいいかなと思います」
『週刊ビックコミックスピリッツ』で2話を掲載後、1話の試し読みを編集部の公式ツイッターから発信。約8000件の“いいね!”がつき、注目度が高かったそうです。
不妊治療は、もはや女性だけが抱える問題ではなくなってきているのかもしれません。
「1話目の試し読みでは、半分以上が男性読者だったと記憶しています。ほかの編集部でも『胚培養士ミズイロ』は話題になっていると聞くので、たくさんの方に読んでもらっていると実感します」(島﨑さん)
「情報だけを伝える漫画にしない」を大事に!
作品を制作、編集する上で大事にしていることを島﨑さんに尋ねると、
「取材などを通じて、たくさんのことを学ばせていただいていますが、情報だけを伝える漫画にしないことを大事にしています。治療についてしっかりと勉強されて受診する方が多いと聞くので、監修の医師のご指導と合わせ、少しの誤字などもないように十分に注意しながら進めています」
治療技術も国の制度も次々にアップデートされる上、クリニックによって治療方針が異なるので、その部分は念頭に置いて読んでいただきたいとおかざきさん。
「治療中の方はしんどくて読めないかもしれないけど、自宅のリビングなどに置いて、パートナーや家族の方などに読んでもらえるようになるといいかなと思います」
取材・文/茶畑美治子
「“女性が不妊治療をこれほど重く捉えているとは思わなかったし、何も考えていなかった自分にショックを受けた”という、男性編集者の感想はとても印象的でした」と島﨑さん。
患者さんのしんどさが少しでも軽減できるよう、まずは一人一人が不妊治療への理解を深めていくことが大事なのかもしれませんね。
取材協力・写真提供/小学館ビックコミックスピリッツ編集部
※2 体外授精してできた胚(受精卵)を凍結して移植する方法。
胚培養士ミズイロ (ビッグコミックス)
2023年1月30日に単行本が発売。「ネットの単話販売も好評をいただいています」(島﨑さん)
漫画家おかざき真里さん
長野県出身。6月15日生まれ。1男2女のママ。『バスルーム寓話』でデビュー。代表作に『阿・吽』『サプリ』『&ーアンドー』『彼女が死んじゃった。』『渋谷区円山町』『ずっと独身でいるつもり?』など。
・Twitter @cafemari