話題の著書「夫のちんぽが入らない」作家・こだまさん インタビュー 、子どもを持たないという選択の先
妊活は、子どもを持つか持たないかも含めて、夫婦の在り方や人生について考える機会です。必ずしも子どもを持つことが妊活のゴールではありません。では、「子どもを持たない」という選択の先にある未来や夫婦のカタチとは?
話題の著書「夫のちんぽが入らない」作家のこだまさんへお話しを伺いました。
今回は、インタビューの <後編>をお届けします。
40代の主婦。2017年1月、実話に基づいた私小説『夫のちんぽが入らない』で作家デビュー。たちまちベストセラーとなり、「Yahoo!検索大賞2017」小説部門賞を受賞。2019年に連続ドラマ化も決定している(Netflix、FODで配信予定)。2作目のエッセイ『ここは、おしまいの地』で第34回講談社エッセイ賞受賞。現在は『Quick Japan』、『週刊SPA!』、Webマガジン『キノノキ』で連載中。
「夫のちんぽが入らない」なんて悩みを抱えているのは自分だけだと思っていました
2017年の単行本発売からわずか1年半で文庫化。ベストセラーとなった作品には、読者からさまざまな声が寄せられました。
「この本を出すまで、『ちんぽが入らない』『うまくセックスができない』ということはだれにも言ったことがなかったので、悩んでいるのは私だけだと思っていたんです。でも本を読んで『自分と同じじゃないか』と思った人が結構いたみたいで。中には産婦人科に行ったという人もいました。
『恋人と別れよう』『結婚は考えないようにしよう』と自分の中で無理やり処理をしたという人もいて、そんな状況なのに別れずにいる私たちのような夫婦がいるということが驚きだった、という感想もいただきました。
子どものいる人からは『今まで無意識に「子どもはいつつくるの?」と聞いてしまっていた』という声も。経済的な事情などではなく、『体が合わなくてセックスができない、それで子どもができないなんて思いもしなかった』『不妊じゃない、そこにたどり着けない段階の人もいるんだということがわかった』など、いろんな立場の人からさまざまな感想をいただきました」
さらに、予想外の反応も
「ゲイやレズビアンなど、性的少数者の方からも反響がありました。『ちんぽが入らない』という悩みを『普通の性行為を行えていない』自分たちの状況に重ねて、『私たちの物語だ』と思いながら読んでくださったようです。そこまでは想定していなかったので、ちょっとびっくりしました」
人と上手につき合えない私、仕事がうまくいかない私、自分のことを好きになれない私、夫のちんぽが入らない私、子どもが欲しいと思えない私、普通と違う私。この本はこだまさんの極めて私的な物語であると同時に、読む人それぞれの「私の物語」でもあるのです。
普通じゃなくてもいい。そんな人はたくさんいるから
夫婦のカタチはそれぞれ。セックスだってそれぞれ。でも世間には「普通」というモノサシがぼんやりと存在していて、それから外れると「おかしい」「自分のせいだ」と責めがちです。普通でないこと、うまくいかないことを、こだまさんはどのように乗り越えたのでしょうか。
「私が生まれ育った小さな集落は『普通に結婚して』『普通に子どもがいる』家庭ばかりだったので、私みたいな『夫のちんぽが入らない』『子どもが欲しくない』人間は、『外れている』『普通じゃない』と思っていました。でも本を読んだりネットを見たりすると、夫婦2人きりで暮らしていたり、不妊治療をしたり、養子をもらったりと、世の中にはいろんな夫婦の形態があるということがわかって。だれかの普通にあてはまらない人はたくさんいる。自分もそういう多々の一人なんだと思ったら、少し肩の荷が下りました。
教師を辞めたことで仕事という負担が減って、病気によって子どもを持つという負担も減って、そこから気持ちがラクになったような気がします。だれかの目を気にすることなく、夫と2人のままで生きていいんだと思ったら、世界が一気に広がったというか。2人で子どもがいないことを悩むよりも、身軽なこの人生をどうやって生きていこうかというように考えるようになりました」
子どもがいないなりに楽しい日々。身軽な人生でもいいんだな、とようやく思えるようになりました
結婚して約20年。夫婦は2人の時間を紡ぎ続けています。この先の未来をどう描いていますか?
「私たちは大きなことは望んでいなくて、ささやかな二人組のような感じで暮らしていければいいと思っているんです。2人しかいないんだから、2人にしかできないことを楽しんでいきたい。ちんぽは入らないし、子どもはいないし、持病も抱えているし、人とはずいぶん違いますが、かえって人と違うということはいいことなんだなと本を出してみてわかりました。私たちなら、子どもがいないなりの人生を楽しくできるんじゃないかと思えるようになって。なんのこだわりもなく、2人で生きたい場所で生きていく。そういう未来は見えてきました」
子どもがいない分2人で気楽に生きたい
ご夫婦にはこんな楽しみも。
「夫は定年退職したら退職金で日本中を2人で旅行しようと思っているようです。北から南まで、ゆっくり時間をかけて列車の旅をしたいと。そして私たちには持ち家がありません。仮住まいのように異動先に引っ越しながら働いて、退職したら旅行して。そういう身軽な人生でいいんだなと今は思っています。
それに、私たちに子どもはいませんが、夫の教え子を子どもみたいに思えばいいんだとも考えるようになりました。夫が受け持っている部活は、私も試合を見に行ったりするんです。そうすると『奥さんもこっちで応援して!』なんて、一緒に父母席に座らせてくれるんですよ。お父さんやお母さんたちと一緒に応援していると、そこにわが子がいるような気持ちになったりもして。子どもがいないなりにも楽しい人生だなと思えるようになりました」
ただし、一つ大きな問題が。作家であること、もちろん『夫のちんぽが入らない』なんて本を書いたことは夫には内緒なのです。
「もしバレたら、『やめなさい』と言われるかもしれないし『家から出ていけ』と言われるかもしれない。バレたときのことを考えると気が気じゃありませんが…。夫が何かの拍子に気づいて『この本はお前だろう!』と突きつけられるまでは、『明日で作家生活が終わるかもしれない』と覚悟を決めながら、覆面作家として書いていきたいと思っています」
こだまさんの最新刊 『ここは、おしまいの地』
ヤンキーと百姓が9割を占める「おしまいの地」で生まれ育った著者による自伝的エッセイ集。
通学途中で不審なエアガン男の人質になってしまった中学時代、とんでもない悪臭を放つ「くせえ家」での夫との生活など、何かと災難を引き寄せる自身の半生を軽妙な筆致でつづる。
第34回「講談社エッセイ賞」受賞作。
●太田出版 1,200円(税別)
●撮影/長野奈々子
●取材・文/本木頼子