不妊治療の「体外受精・顕微授精」 専門医がわかりやすく解説
不妊治療をスタートさせてみよう!と決断したカップルに、まずは基礎的な不妊治療の説明をします。
前回の記事では、不妊治療の基本的な治療方法である「人工授精」についてご紹介しました。
今回はその次のステップアップ治療「体外受精・顕微授精」について、東京医科大学 久慈直昭先生に解説していただきます。
「2人の初めての不妊治療 受診スタートガイド」 #4
※参考:「妊活たまごクラブ 不妊治療クリニック受診ガイド 2020-2021年版」
不妊治療の「体外受精」・「顕微授精」
「体外受精」・「顕微授精」は、卵子と精子を培養液内で受精させ体内に戻す方法です。
妊娠する確率がほかの治療法より高いので、女性の年齢が高い場合や不妊の原因が明らかな場合は、最初からこの方法がいい場合もあります。
「体外受精」とは?
精子と卵子を採取して、培養液の中で受精させて培養します。受精卵を4分割~胚盤胞になるまで培養したら、良質の胚を選び、子宮内に戻します。
胚を戻してから2週間後に妊娠の有無をチェックします。使わなかった卵子は凍結する場合もあります。
【Q&A】体外受精を行うタイミングは?
体外受精は、リスクがないとはいえないので、医師によっても体外受精に進むタイミングは異なります。女性の年齢が高い場合は、人工授精を2~3回行ったあとに切り替えるのが一般的です。
体外受精でないと妊娠は難しいと判断された場合は、最初から体外授精を行うことも。
「顕微授精」とは?
体外受精の方法の一つで、顕微鏡で確認しながら卵子に直接精子を注入する方法です。
精子の数が少なかったり運動率が低い場合や、無精子症や射出障害で精子が採取できない場合、女性が精子を排除する抗体を持っている場合などに有効な方法。
現時点では、不妊治療の最終段階です。
状態のいい精子と卵子が採取できるうちに治療を
体外受精、顕微受精というと難しい特殊な治療法のイメージがあります。今では年々治療件数も増え、それほど珍しい治療ではありません。
体外受精、顕微授精は、男性不妊に有効で、無精子症以外であれば、受精できる可能性があります。
不妊治療がこの段階まで来ている人は、卵子に問題があったり、子宮内に問題があるなど、さまざまな原因が考えれられます。体外受精には質のいい精子と卵子が必要ですが、状態のよい精子や卵子には限りがあります。年齢的なことも大きいので、不妊治療に前向きなカップルは早めに検討するといいでしょう。
「体外受精」・「顕微授精」の流れを解説します
【1】排卵誘発を行う
場合によって、自然周期での排卵を待ちますが、質のよい卵子を育てるために、排卵誘発剤を使うのが一般的です。
排卵誘発の方法によって期間が異なりますが、月経3日目~5日目より薬を開始し、採卵日を決定します。
【2】採卵、採精を行う
医師が経腟超音波検査で卵子の状態を確認し、十分に育ったら専用の針を腟から卵巣に注入して卵胞液と卵子を吸引します。全身麻酔や局所麻酔をして行います。
通常男性の精液は採取後、洗浄・濃縮されます。
【3】受精を行う
体外受精の場合は、培養液を入れたシャーレに卵子を入れます。1個の卵子に約5万個の精子を振りかけると、自ら卵子に入ろうとします。
顕微授精に必要な精子は1個です。1個の精子を卵子の細胞質の中に注入します。
【4】受精卵を培養する
約3~12時間、受精を待ちます。受精すると受精卵の細胞分裂が始まります。2~6日かけて、4~8分割胚、または胚盤胞の状態になるまで培養液の中で培養します。使わなかった受精卵は、原則、凍結保存します。
【5】胚を移植する
採卵から2~3日で受精卵が4~8分割胚になったタイミングか、5日で胚盤胞になった時点で、良質な胚を選び子宮に移植します。胚盤胞で移植した方が、着床率が高まりますが、受精卵が胚盤胞まで育つ確率は約50%と低め。
【6】妊娠判定を行う
胚を移植して2週間が過ぎたら、妊娠が成立したかどうかを判定します。血液検査や超音波検査などで調べ、妊娠が確定したら、定期的に胎児の発育を検査。妊娠しなかった場合は、再び体外受精や顕微授精をするか検討を。
★受精卵の分割の様子
受精後の分割のスピードには個人差がありますが、受精後約30時間で2つに分裂します。
約40時間で4分割、約60時間で8分割します。その後3~4日で桑実胚になり、4~6日で胚盤胞に。
分割のスピードと受精卵のグレードと呼ばれる質が着床率を左右します。
【1日】
受精した直後の前核期とよばれる状態。ここから培養がスタート。
【3日】
8細胞期。受精後、8分割まで育った状態。この時点で子宮内に。
【5日】
胚盤胞。さらに胚が成長した状態。8細胞期より着床率が上がります。
「排卵誘発法」とは
自然排卵の場合は月に1個しか排卵しません。そこで、できるだけ多くの健康な卵子を採取するために、排卵誘発剤を使って卵巣に刺激を与え、人工的に排卵周期をつくります。排卵誘発の使用期間によって、低刺激法、ロング法、アンタゴニスト法などがあります。
●低刺激法
35歳以下で、初めて体外受精をする人に行う採卵誘発法です。使用する薬の量が少ない反面、1回で採取できる卵子の数は、ロング法より少な目になります。
●ロング法
最も一般的な方法。37歳以下で初めて体外受精をする人に行います。月経開始1週間前から投薬を開始。排卵日のコントロールがしやすく複数個卵が取れる確率が高い方法。
●アンタゴニスト法
上記2つに比べて効き目の強い薬を使います。35歳以上になるとロング法で採取できる卵子の数が少なくなるので、アンタゴニスト法が増えます。薬剤費が高いので治療費も高額。
●自然周期法
排卵誘発剤を使わず採取する方法。体への負担は少なく、40歳以上の女性向け。他の方法を試したあとに試す場合も。採卵1回あたりの妊娠確率はほかの方法よりも低くなります。
体外受精・顕微授精のQ&A
Q. 費用はいくらくらいかかる?
A. 体外受精は1回20万円~40万円が目安。そのほか排卵誘発剤、受精卵凍結の費用などが別途かかります。高額の治療費がかかる特定不妊治療に対し、自治体が特定不妊治療費助成制度を設けたり、年間10万円を超える医療費は確定申告をすると還付金がある場合があるので、積極的に利用しましょう。
Q. 受精卵の凍結とは?
A. 一度に受精卵が複数個できた場合は、移植をしない受精卵を冷凍保存し、次回に移植することができます。このことを凍結胚移植といい、2回目の体外受精は凍結胚移植が9割を占めます。凍結をしても卵が壊れたり、赤ちゃんに影響はないといわれています。
Q. 治療をやめるタイミングは?
A. 40歳以上で、体外受精を3~4回行い、受精はしても、いい胚盤胞ができない場合は考え時。治療を続けて妊娠できる確率は0%ではないですが、その低い確率の中に自分が該当するかはわかりません。精神的・経済的負担も大きいのでパートナーともよく話し合いを。
Q. さらに進んだ治療法はある?
A. 胚の発育過程を観察するシステム「タイムラプス」と、着床前診断の「PGT-A」が近年注目を集めています。タイムラプスは胚を培養器から取り出さずに良好胚盤胞かどうかを見分けます。PGT-Aは着床前染色体異数性検査のこと。染色体の数が正常な胚盤胞を移植することにより妊娠率の向上や流産率の低下が期待されますが、日本では臨床研究のみ行われています。
知っておきたい「体外受精」のリスク
●多胎妊娠
近年は、体内に戻す受精卵の数が制限されており、三つ子以上の妊娠は少なくなりましたが、受精卵の数によって多胎妊娠の可能性が高くなります。多胎妊娠は流産、死産、低体重児のリスクが自然妊娠よりも高くなります。
●子宮外妊娠
もともと全妊娠の0.5〜1.5%に発生しますが、近年、子宮外妊娠の確率が高くなっています。一方、胚盤胞まで育ててから移植する胚細胞移植の場合は、自然妊娠よりも子宮外妊娠の確率も低くなっています。
●OHSS
卵巣過剰刺激症候群。排卵誘発剤が原因で発症します。排卵誘発剤による刺激が強すぎると、卵巣が大きくなり腹水がたまり、吐き気や下痢などの症状が。リスクのある人には、低刺激法などを行います。
●それ以外のリスク
治療には排卵誘発や、子宮内膜症の治療、高プロラクチン血症の治療など、さまざまな薬が使われる場合も。そのため、副作用によるめまい、のぼせ、ひどい場合は呼吸困難も。ほかには採卵時の出血や感染などの可能性も。
●自然妊娠でも同様に起こるリスク
流産・死産のリスクは、体外受精も自然妊娠も変わらず10%前後です。妊娠22週未満であれば流産、22週以降に子宮内で胎児が死亡をすると死産となります。また、受精卵の絨毛細胞だけが、果物のぶどうのような形で異常に増える胞状奇胎の発生率は、0.2%前後といわれています。
■監修:東京医科大学 教授 久慈直昭先生
■東京医科大学 教授 久慈直昭先生
慶應義塾大学医学部卒。現在、東京医科大学にて、生殖医学、不妊症を専門とする。日本産科婦人科学会専門医、生殖医療専門医、臨床遺伝専門医。共著に『今すぐ知りたい!不妊治療Q&A』(医学書院)。
■イラスト/多田玲子
■取材・文/長谷川華