ママの時代はこうじゃなかった! 昔と違う子どもの教科書
●9月11日は「公衆電話記念日」
日本で初めて街頭(上野と新橋駅の構内)に公衆電話が設置されたのが1900年(明治33)年9月11日でした。
当時は、直接相手につながるのではなく交換手が取り次ぐという方式で、5銭、10銭と2つの硬貨投入口があり、5銭はチーンという「ゴング音」、10銭はボーンという「鐘の音」を鳴らして、料金が投入されたことを交換手に知らせていたそうです。
正解は「いい箱(1185)作ろう鎌倉幕府」
昔の公衆電話は通称“だるま”と呼ばれる赤でした、やがてピンク、緑へと時代と共に様変わり。そして、最近では携帯電話の普及でその姿もすっかり見かけなくなりました。
時代とともに変わったもののひとつに、子どもの教科書があります。教科書を開いてみると、自分が子どもの頃に習ったことと異なり戸惑うことがありませんか?
口コミサイト“ウィメンズパーク”のママたちに聞きました。
ベタですが、“いい国(1192)作ろう鎌倉幕府”ではなく、1185年で“いいはこ”と覚えるのはメジャーな話ですよね。
太陽系の惑星では“水金地火木土天海冥”と習ったのに、冥王星が惑星の定義から外れたため惑星落ちし、準惑星になり“水金地火木土天海”の8個で習うようです。
「子どもの勉強を見ていて、最古の人類が変わっていることに驚き! 私の時代はアウストラロピテクスだったはずなのに、娘が習っているのサヘラントロプスチャデンシス。長いね…。大変だね、覚えるの。5分後には忘れそう」
「大仙陵古墳?なにそれ、仁徳天皇陵でしょ?頭切り替えられません」
「中学の英語の教科書の登場人物が、ジョンとかメアリーみたいなアメリカ人ぽい名前だけだったのに、ベトナムからやってきたミンくんがいました。英語の教科書もグローバル化?」
「百済 新羅 高句麗。くだら しらぎ こうくりで習ったけど、今はペクチェ シルラ コグリョの韓国語読みで習うのですね。覚えにくい~」
「英語の筆記体がなくなったのですね。私が中学の時は、カッコつけて筆記体で自分のサイン考える子多数だったのに(笑)。試しに書いてみせたら大爆笑されました」
自分が学校で教わったのとは違うことが結構あって、迂闊に教えられなくなってきていますよね。
教科書のほかにも、
「女子の体操着がブルマじゃない! 昭和の女子達を悩ませたブルマ、いつからなくなったんですかねぇ。あれって下着のパンツと同じライン。改めて思うとヒワイ感ありでしたよね」
「彫刻刀にガッツリと安全ガードが付いていて、絶対に怪我しないようになっていました。私の左手には、三ケ所の彫刻刀の傷あとがあるので、時代は変わったなと感じました」
あと10年後、20年後の孫の時代になったら、これもまたどう変わっていくのでしょうね。
(文・井上裕紀子)
■文中のコメントはすべて、『ウィメンズパーク』(2022年1月末まで)の投稿からの抜粋です。
※この記事は「たまひよONLINE」で過去に公開されたものです。
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