日本人は支援を求めるのが下手?父親も育児しやすい社会に変えるために必要なこと
「両親とも育児休業を取得した場合、手取り収入が育休前の『実質10割』になるように育児休業給付を拡充する」という案を2024年11月に政府が出したことは、記憶に新しいところでしょう。
少子化対策の一環として、政府は男性の育休取得率向上に力を入れていますが、「とるだけ育休」「とらされ育休」というワードが社会で拡散しているのも事実です。
そんな社会状況のなか「今必要なことは推進よりも支援」と話すのが「Daddy Support協会」の代表理事である平野翔大さんです。
平野さんに、これから求められる男性育児支援と父親が育児しやすい社会のために私たちができることを聞きました。
「とるだけ育休」をなくすために必要なのは産前教育
――政府は男性の育休取得率を2025年に50%、2030年に85%を目標としてさまざまな育休支援対策を行っていますが、一方で「とらされ育休」「とるだけ育休」として育休をとっても何をしていいかわからない、という父親が多くいるようです。
平野代表理事(以下敬称略) 産婦人科医として妊婦健診にあたっていたときから、「夫が妊娠のことについて何も知らな過ぎて困る」とこぼすのをよく聞いていました。また、母親たちに行ったヒアリングでも、育児において父親は「むしろいないほうがいい」という声もありました。これまでの歴史や今の社会システムからすると、「父親が育児において独立すること」はかなり難しいのです。
私は産婦人科医として勤めたのち、企業の産業医として職場での仕事や人間関係によるメンタル不調を聞くようになったのですが、男性の社員から「育児」というプライベートの相談が増えてきたんです。本来企業内ですることではないプライベートな育児の相談をあえてするところに私は「父親の相談先がないこと」が問題であると感じました。
それと同時に、相談に来る男性の産前や産後についての知識があまりに浅いということも感じていました。彼らは育児を頑張りたい意欲は高いんです。ただ、勉強する環境が足りない。それなら産婦人科医としての知識や経験を活かして、私に何かできるのではないかと思ったのが「Daddy Support協会」を立ち上げたきっかけの一つです。
――「とらされ育休」「とるだけ育休」をなくすためにはどのような対策が必要でしょうか。
平野 まず、「とらされ育休」「とるだけ育休」とはどういうことなのか少し説明します。
「とらされ育休」という言葉の裏には、「会社は育休をとれとれとうるさく言うけれど、戻ったらこき使うんでしょ」という男性の気持ちが込められています。「とるだけ育休」は、とりあえず休みをとってこいと強制されたけど、何をしたらいいかわからない、という現象ですよね。
特に「とるだけ育休」をなくすためには産前からの父親へのアプローチがとても大切です。育休を開始した時点で、休みが終わったときの姿をイメージできないなら準備不足です。休みが終わったときの自分を描けるようになるためには産前からいろいろな準備をしておく必要があります。
女性は、産前産後休業と育児休業があります。男性にも産後パパ育休ができましたが、産前はありませんよね。妊娠していないのだからなくて当たり前なのですが、だからといって「産前に何もしなくていい」わけではありません。今は産前にほとんど何もしておらず、出産してから慌てて色々始めるのですが、これでは間に合わないんです。妊娠初期から生まれるまでに何をするべきかを知るのと知らないでは産後大きな差が出てきます。
しかしもうすぐ産まれる、という読者さんも多いかと思います。今からできる「とるだけ育休」の改善策は、父親がやることを二人で具体的に決めることです。「これだけはお父さんに完全にまかせる」ということを決めて欲しいと思います。とくに里帰り出産する場合は必須です。里帰りをするとすべてが妻の実家主導で父親が入るすきがありません。結果として、後から育児に参加しても「何をやっても違う」と言われ、結局なにもしない、ということになってしまいます。一部分は最低限「危険でなければOK」という意識で任せてみると、責任を持ってやってくれる方も多いはずです。
そして、役割を決めるとき、男だから、女だから、と性差ではなく「〇〇さんはこれが得意だからこの育児」と、その人の個性で決めて欲しいと思います。余計なジェンダーバイアスは育児をつらくする原因になります。
ただ、今起こっている問題は最終的には社会の仕組みに起因していると思っています。政府は育休を推進してきて、2020年度の育休取得率が前年比の倍増となる12.65%、2022年度には17.13%と過去 最高値になりましたが、産前教育などの支援をほとんどしてきませんでした。子どものころから性教育を受けていない、まわりで育児をしている人もあまりいない、というなかでいきなり育児という現場に放り出されて、子どもがいるから育児できるでしょ、が今の状態です。父親の育児を推進するなら支援するシステムを作らないと根本解決にはならないと思っています。
最終目標は、男性育児支援の法制化
――「Daddy Support協会」はさまざまな男性育児支援のシステム作りに取り組もうとしていますが、どのような活動をしているのでしょうか。
平野 「Daddy Support協会」を立ち上げて約1年経ちましたが、最初のころは産婦人科医、そして産業医として企業向けのセミナーを中心に活動してきました。
これまでを振り返ってみて、いちばん成果を実感したのは、2023年4月に行った、父子手帳を作るクラウドファンディングです。母子手帳はあるのに父子手帳はあまり一般的ではない。それならばちゃんと広がるような手帳を作ろう、というプロジェクトで、400人以上の支援者を得て父子手帳のリーフレット版を完成させました。「たまひよ ファミリーパーク」でも父子手帳のリーフレットをママ・パパに配布しました。「子育てのミライ応援プロジェクト」において、応援投票1位を獲得できたのもリーフレットの力が大きいと思います。
――「子育てのミライ応援プロジェクト」は子どもを産み育てやすい社会の実現に向けて頑張っている団体を「たまひよ」が紹介し、皆さんの投票で応援する試みでした。2023年10月に行われた投票により、「Daddy Support協会」が1位に選ばれました。
平野 「こんな活動を待っていた」「自分たちが子育てしていたときにあればよかった」など肯定的なコメントもたくさんいただき、自分たちは間違った方向には進んでいないのだなと実感することができました。
――今取り組んでいるプロジェクトについて教えてください。
平野 今いちばん力を入れているのが東京都の豊島区と進めている男性育児支援です。妊娠届の提出から産後まで、父親が育児しやすくなるような支援の仕組み作りを公民連携で進めています。父子手帳も、リーフレット版にはかなり絞り込んだ情報しか載っていないのですが、母子手帳と同じような冊子にします。2024年秋の完成に向けて製作中です。
ここで大切なのは父親の支援開始のタイミングです。妊娠届は母親ひとりで出すことも多いのが現状だと思うのですが、この時点から父親との接点をしっかり作っておくことがもっとも重要です。妊娠届を出す時期から父親とつながって、困ったら窓口に来てもらうという、支援を受けやすい流れを作っていきたいと考えています。
また、男性の育児についてのデータが現在ほとんどないことも問題です。なのでまずは実態を知るために、豊島区で調査も行います。育児支援を行うことが良い影響をもたらすという実績・データを積み、活動を東京都、最終的には国に広げていきたいと思っています。
――国の何を変えたいと思っていますか。
平野 母子保健法を変えたいです。育児のことを規定する法律なのに本文に「父」が一文字も出てこないんです。でも、今の流れからいけば5年以内くらいには母子保健法の改正の話は出てくるのではないでしょうか。
この時に、「男性への育児支援」をしっかりと法制化したい。すでに成育基本法には書かれていますが、実際のオペレーションを決める母子保健法には書かれておらず、これを「親子保健法」に10年以内にできるといいと思っています。これができれば解散だね、と仲間たちと話しています。
共働き夫婦だけで育児の問題を解決するのは無理、ということを早めに知って
――父親が育児しやすい社会をつくるためには、周囲の支援も必要ですが、男女ともにマインドを変える必要があるとも訴えていますね。
平野 まず、これからお母さん、お父さんになる人には、育児は楽しいことばかりでなく負担もあるということを知っておいてほしいですね。それにくわえて共働きとなると、どんなにパワフルでスーパーな人でも自分たちだけで育児も仕事も生活もすべてを滞りなく行うのは難しいでしょう。だからこそ、必要な支援を使いながらまわす、というふうに考えをシフトしてほしい。支援を受ける力、いわゆる「受援力」を高めてほしいですね。
日本は「家」を「うち」と読むように「うちはうち、育児の問題は家庭の中で解決すべき」という考えが根付いています。昔は育児の問題がすべて母親の責任となっていましたが、いまは母親と父親で解決しろ、となっています。今は母親も父親も仕事を持っているのですから、もっと外へ、オープンにするほうが自然だと思いませんか。
そんなオープンな育児は社会的育児、とも呼ばれています。祖父母、地域の方、公的支援、企業などいろいろな支援を得ながら仕事と育児を両立できる環境を作ることが大事です。
そして、そんな環境を作るには産前からの準備が必要、というわけです。
――受援力を高めるにはどうすればいいと思いますか。
平野 育児も仕事もできて当たり前、という思いを捨てることだと思います。そして、両方とも完ぺきになんかできない、ということを周囲にも伝えるべきです。仕事とプライベートは、完全に別にはできません。どっちかがあふれたらどっちもうまくいかなくなります。育児も仕事もほかのことも、ひとつのコップの中でバランスをどう保っていくかが重要です。
子どもが生まれて大変というときは仕事を減らすという選択肢をとらないといけません。永遠にではなく、この期間は減らしてくださいと上司に相談することが必要なんです。
日本人は支援の手をさしのべる力はあるのに、支援を受けるのが下手な国民といわれます。子どもの成長にとって両親が健康であることは必要不可欠です。自分自身が健康でいるため必要な支援は、どんどん活用していってほしいと思います。
お話/平野翔大さん 撮影/矢部ひとみ 取材・文/岩﨑緑、たまひよONLINE編集部
子育てのミライ応援プロジェクト 第2回プレエントリー&推薦を受付中!
「たまひよ」が実施する「子育てのミライ応援プロジェクト」は、生み育てやすい社会の実現に向けて頑張る団体の活動に対して、ママやパパに投票してもらう取り組みです。第1回では約2000人のママ・パパに投票をいただき、「Daddy Support協会」が投票数1位に輝きました。
そしてこのたび、第2回の開催が決定。プロジェクトにご参加いただける団体のみなさまを募集中です!
「子育てのミライを良くしたい!」
「みんなが『チーム』となって、助け合って子育てができる社会を目指したい!」
という想いをお持ちのみなさま、ぜひプレエントリ―をお待ちしています。
また、素敵な団体をご存知のママ・パパはぜひ「推薦フォーム」より、おすすめの団体をご紹介ください。
育児も仕事もできて当たり前、という思いは男女ともに「産後うつ」の大きな誘因となると平野さんは言います。そして、とくに男性は「有害な男らしさ」が働いて「弱みを見せたくない」という思いが強いそう。父親になったことを機に、自分の中の「有害な男らしさ」に気づくことが大切、と平野さんは話します。
●記事の内容は2023年12月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。
PROFILE
Daddy Support協会代表理事。産婦人科医、産業医、医療ジャーナリスト。産業医として大企業統括産業医からベンチャー企業の産業保健体制の立ち上げ、ヘルスケア関連のアドバイザーとしても活躍。ジャーナリストとしては「男性育児」「医師の働き方改革」などの執筆、編集活動をおこなう。男性育児支援において経済産業省「始動 Next Innovator 2021」に採択され、2022年4月にDaddy Support協会を立ち上げて現在に至る。
Daddy Support協会HP:https://daddy-support.org/
X(旧Twitter):@waterfall27fly