「息子の医療的ケアは私が全部できればいい」と思っていた。自身の乳がんの再検査をきっかけに、母子分離を考えるように【体験談】
長野県安曇野市在住の仲谷さやかさん(46歳)は、息子の悠生くん(5歳)と夫と暮らす3人家族。悠生くんは先天性心疾患の合併症で気管支軟化症を患い、日常的に痰(たん)の吸引や経管栄養が必要な“医療的ケア児”です。仲谷さんは、自分と同じような境遇の家族を支援しようと考え、2022年に「ピアサポートshushu(シュシュ)」を立ち上げました。
悠生くんの子育てと医療的ケア、ピアサポートの活動に奮闘している仲谷さんに、悠生くんが幼稚園に入園したきっかけや、悠生くんの近況、「ピアサポートshushu」の活動についてお話を聞きました。全2回のインタビューの2回目です。
乳がんの再検査が医療的ケア児の将来を見つめ直すきっかけに
悠生くんは、2021年10月から療育に通い、2023年4月に幼稚園に入園しました。仲谷さんは、悠生くんの幼稚園の入園をきっかけに「母子分離に挑戦したかった」と話します。
「医療的ケア児は母子通園が当たり前の世界なんです。幼稚園に入って、私と離れた世界を息子に体験してもらいたかったという理由もありますが、私が乳がん検診の再検査に引っかかったことも大きな理由です。結果待ちの2カ月間、私は息子のこれからのことを考えました。これまで私は『息子の医療的ケアは全部自分ができればいい』と思っていました。逐一だれかに委ねたりせず、全部自分でやろうとしてしまったため、“息子のケアをできるのは私だけ”という環境を作り出してしまっていたんです。そのときにようやく、この環境が息子の人生にとっては致命的であるということに気づきました。息子のケアについていろんな人に知ってもらえたら、もし私に何かあったとしても、息子の環境が大きく変わらない状態をキープできます。とにかくたくさんの方に息子のケアのことを知ってもらうことが、私の役割だなと思いました。
医療的ケア児を受け入れている幼稚園や保育園は少ないのですが、私の住む地域に相談したら、すごく快く受け入れてくれました。園を見学して申請し、それから配置する看護師さんを探すことになりました。結局入園するまでに看護師さんが見つからず、最初は母子通園でしたが、5月に看護士さんが見つかり、6月から母子分離の幼稚園生活がスタートしました。
幼稚園に入ることによって、集団の中で医療的ケアを行う大変さにも気づかされました。ひとくくりに“医療的ケア”と言っても、病院の看護師さんのケア、自宅でのケアにも違いがあります。それと同じように、幼稚園でのケアと自宅でのケアにも違いがあります。集団のなかで医療的ケアを行うリスクを受け入れつつ、変化する環境と息子の成長にどのように対応していくべきか、今も園の看護師さんと地道に対話を重ね続けています」(仲谷さん)
悠生くんと暮らしていくうちに、仲谷さんの考え方も徐々に変化していきました。
「悠生と暮らすことで、私自身が変わったなと思います。先ほども述べたとおり、私はどちらかというと“すべて自分でやる”という性格でしたが、息子のことをいろんな人がサポートしてくれる環境に身を置くようになって、人に委ねることの大切さを感じています。もともとは潜在意識の中で“息子を育てるのは自分たちだ”と感じていたと思いますが、息子の将来を考えるといろいろな人たちと関わることも大切だし、いろいろな人たちに育ててもらいたいなという気持ちに切り替わりました。
また、子育ては家の中と外ではそれぞれ考え方が違うけれど、私はそれでいいと思うようになりました。私と一緒にいる時間は私なりの接し方ですが、一歩外に出たら私とは違う接し方もあります。それが“社会の中で生きる”ということだなと感じるようになりました」(仲谷さん)
5歳の悠生くん、体に不自由はなくすくすくと成長。発語なく意思表示が課題
現在5歳の悠生くんは、医療的ケアは必要ですが、体に不自由はなく、たくさん動き回れるようになったそうです。
「今後もいろいろな手術が控えていますが、心臓の病気は安定しています。身体的な面も活発で、すくすくと成長していて、恰幅(かっぷく)よく育っています(笑)。食べることへの拒否感があるので、鼻から栄養を注入して生活しています。
性格は頑固で、嫌なことは嫌、好きなことは好きだとわかりやすいです。しかし、気管切開をしていると発声が難しく、言葉でコミュニケーションが取れないので、細かい情緒面がわからなくてもどかしいときもありますね。泣いているときも何が嫌だったのか言葉にできないので、周囲が臆測でくみ取っている状態です。人の言葉は理解しているように見えますが、自分の意思を表出できないので、意思表示が課題ですね。
認知面には遅れがあって、今のところは自閉スペクトラム症を診断されています。ひとつのものにこだわる、場面変化に弱い、癇癪(かんしゃく)や表情がこわばるなどの特性があります。来年は知能検査を受ける予定です」
ママの声をヒアリング。“おしゃべり会”で病児・障害児家族支援
悠生くんの医療的ケアを行うようになったころ、「自分のつらい気持ちを表出できる場所がない」と感じることがあったと話していた仲谷さん。その経験から「ピアサポートshushu」を立ち上げることになりました。
「病気・障害がある子どもの家族が気軽におしゃべりできる場所、交流できる場所が必要だなと思っていました。私はカウンセリングを学んだ経緯があるのですが、カウンセリングには“ピアカウンセリング”というものがあります。ピアカウンセリングは、同じような立場や悩みを抱えた人たちが集まって、同じ仲間として相談し合い、仲間同士で支え合うことを目的としたカウンセリングなんです。
そのピアカウンセリングがメンタル面に効果的だということはわかっていました。しかし『実際のご家族はどういう思いを抱えているんだろう?』と疑問に思っていました。そこで、療育で出会ったお母さん15人ほどに声をかけて、ピアカウンセリングにどのようなニーズがあるのか、3カ月間ほどかけて情報収集をしました。話を聞いてみると『カウンセリングを受けられるんだったら受けたかった』という声が非常に多く、とくに未就園のころは、家で子どもと過ごす時間のつらさを『身内ではない人に打ち明けたかった』『話せる場所があれば話したかった』という共通の心境がありました。ヒアリング内容を参考に、半年間の準備期間を終え、2022年の6月に初めて第1回の“おしゃべり会”を開催しました」(仲谷さん)
仲谷さんが立ち上げた「ピアサポートshushu」では、安曇野市とその周辺地域を中心に“おしゃべり会”を開催しています。
「shushuでは、医療的ケア児に関わらず、いろいろな病気・障害を抱えている子のご家族が参加しています。たまに『いろいろな病気・障害の子どものご家族が一緒におしゃべりするのはむずかしいのでは?』と聞かれるのですが、そこは私がいちばんこだわっているところなんです。それは、療育で出会った発達障害の子のお母さんが、勇気を振り絞って話してくださった本音がきっかけです。
『医療的ケアが必要なお子さんを育てている仲谷さんに対して、こんなことを言ってしまうのは本当に失礼だと思うのですが、医療的ケアのある子がたまに“羨ましいな”と思ってしまうことがあります。医療的ケアのある子はパッと見て何か病気や障害を抱えているとわかってもらえるから、まわりから守ってもらったり、優しくしてもらえることがあると思います。けれど、うちの子の場合、見た目はふつうなのに、外に出るだけで2、3時間癇癪を起こし、怒り続け、物を投げつけます。それを見たまわりの人からは“親のしつけが悪い”と思われるけれど、まわりにいちいち説明できない、そんな状況が苦しいと思うことがあります。うらやましいなんて思ってしまって本当にごめんなさい…』と胸の内を明かしてくれました。
私はそれを聞いたときにこれは大切な意見だなと思いました。いろいろな病気や障害を抱えている子のご家族が、それぞれが違う悩みを抱えているいっぽうで、それぞれのいいところもあるはずなんです。“おしゃべり会”は、自分の本当の思いを表出させることも大事ですが、その先にはお互いの成長につなげていきたいという真の目的があります。違う病気や障害だからこそ、それぞれが抱えている悩みを“知る”ことで、捉えかたや考えかたが変わっていけるのではと考えています」(仲谷さん)
ただおしゃべりするだけの場所ではない。ピアカウンセリングは専門家の知識が必要
仲谷さんは、行政や自治体にも、正しい“おしゃべり会”の方法を学んでもらい、今後に生かしてほしいと話します。
「話せる場所があることの大切さを、行政や自治体にもわかってほしいなと感じます。ピアサポートに取り組んでいる保健センターは全国にたくさんありますが、対応が行き届いていないと感じるのが現状です。ピアカウンセリングは、ただおしゃべりできる場所をつくるだけではなく、“むちゃくちゃになった自分自身を振り返ることで、自分で解決していこう・自分で人生を決めていこうとする力を引き出す”という深いゴールがあります。そのためには心理士などの専門家がファシリテートして、はじめて参加者が安心・安全に話ができる場所ができます。そうでないと参加したご家族がかえって落ち込んでしまうケースも少なくありません。ピアカウンセリングには専門的知識を持っている方の協力が欠かせないんです。
医療の進歩により救われている命が増えているいっぽうで、医療的ケアの対応もより多様化しています。“医療的ケア児”にもさまざまな子どもたちがいて、24時間呼吸器のサポートを必要としていて在宅で安静生活を求められる子もいれば、呼吸器のサポートは必要だけれど身体的には不自由なく活動できる子もいます。そのため、医療的ケア児を育てているご家族が感じていることや悩みもそれぞれ違います。たとえば、自由に動き回れる医療的ケア児の子の場合、大切な医療機器を投げてしまうなどの危険度が増す可能性があり、見守りのための新たな人員を確保する必要があります。今医療的ケア児を受け入れている施設側も、医療的ケアの複雑化には頭を抱えている状況だと思います。だからこそ地域が受け皿になっていく必要があると感じています」(仲谷さん)
仲谷さん家族
最後に、自身の経験やshushuの活動をとおして、仲谷さんが感じていることを聞きました。
「だれしもが経験することではないし、それぞれの身に起こったことって本当に大変で壮絶なことだと思います。医療的ケアをしているご家族も、発達障害の子を育てているご家族も、それぞれがとても偉大で称賛されるべきだと思います。いろんな病気・障害を抱えているご家族がいると思いますので、私が何か言うのもおこがましいですが、今まで知らなかった世界を知ったことには大きな意味があると私は思っています。
最近は、共生社会やインクルーシブ、多様性という言葉を多く耳にするようになりましたが、当事者たちの選択肢はまだ狭いままです。私自身もいろいろな葛藤がありますし、人から言われて傷つくこともあります。しかし、なによりもいろんな人に事実を知ってもらい、興味を持ってもらえる人を増やしていきたい、こんな子どもたちがいるということをただ単純に“知ってほしい”という一心で、地道に発信を続けています。それに対する反応はさまざまでいいと思います。『こういう子育てをしている人がいるんだな』『関わってみたいな』という関心が積み重なっていき、社会が変わっていけるのではと考えています」(仲谷さん)
お話・写真提供/仲谷さやかさん 取材・文/清川優美、たまひよONLINE編集部
自身の経験から、病児・障害児家族が抱える思いが表出できる場所をつくりたいと「ピアサポートshushu」を立ち上げた仲谷さん。“おしゃべり会”は、自分の思いを表出させることも大事ですが、その先には互いの心の成長を促す目的があることを話してくれました。いろいろな立場に置かれている人の言葉に耳を傾けることで、自分の中に新しい考えがポンと生まれてくるかもしれません。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることをめざしてさまざまな課題を取材し、発信していきます。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2024年6月の情報で、現在と異なる場合があります。