【金メダリストで2児の母・松本薫】「弱みを見せたら、足元をすくわれる」「目が合うママ友だちはみんな敵」と思っていた
ロンドンオリンピック柔道金メダリスト 松本薫さんは、現在7歳の女の子と4歳の男の子の2人を子育て中です。2019年に引退後は、子育てをしながら「ダシーズアイス」で働き、講演活動もするなど忙しい日々を送っています。
超完璧主義のアスリートだった松本さんに、思いどおりに行かない子育てやママ友だちの関係などについて聞きました。全2回インタビューの後編です。
習い事は、子どもが自分から「やりたい!」と言ったものを
松本さん自身が柔道を始めたのは6歳になる前です。子どもたちも柔道を習っているのかと思ったのですが、違うようです。
――子どもたちには、柔道を習わせていますか? 松本さんが教えているのでしょうか。
松本さん(以下敬称略) 2人とも、まだ柔道は習わせていません。私が親だとわかったら指導者もやりにくいと思って・・・。子どもたちも「柔道を習いたい」とはまだ言いません。もし「習いたい」と言ったら「柔道って楽しいと思える道場」を選びたいなとは考えていて、下調べはしてあります。
私は5人きょうだいの4番目で、きょうだいも柔道を習っていました。子どものころから通っていた道場は、とにかく厳しくて・・・。厳しかったからこそ強くなれたのかもしれませんが、やはり楽しくないと続かないと思うんです。
子どもたちに教えるというほどではありませんが、自宅では遊びを通して「お家柔道」をしています。マットを敷いて、頭の守り方や受け身などを教えています。転んだときとかに役立つんです。受け身はいろいろなことの基本ですね。
――2人の子どもたちは何か習い事はしていますか。
松本 7歳の長女は、水泳と学習塾。4歳の長男は、ピアノと学習塾です。子どもたちが自分から「やりたい!」と言うものを習わせています。
以前、長女を家の近所にあるダンス教室に通わせたことがあったんです。でも自分の意思で始めたことではないので、やる気がないんですよね。
その経験があって、わが家は「自分からやりたい!」というものだけを習わせることにしています。
――子どもたちの習い事を、アスリート目線で見ることはありますか?
松本 つい癖でアスリート目線で見てしまうことがあります。娘が「水泳を習いたい」と言ったときも、私がまず思ったのは水泳選手のとてつもない練習量です。「そんなに練習できるの?」「ハードだけどついていける?」「塩素で髪の毛の色も抜けるよ」などと思って、ママ友だちに相談したんです。
そしたらママ友だちに「そこまで考えなくていいよ! 『やりたい!』って言うならやらせてあげたら?」と言われて・・・。
私、癖が抜けずについアスリートの目線になっていたんです。そんなずれに気づかせてくれたママ友だちに感謝ですね~。
距離をつめてくるママ友だちは、本能的に敵だと思っていた
松本さんは、2019年に現役を引退しましたが、引退後も勝負の世界で染みついた感覚が抜けなかったと言います。それはママ友だちとの関係にも影響が。
――そうしたアスリートとしての考え方は、抜けないものなのでしょうか。
松本 私が、徹底して教えられたことの1つがドーピング違反についてです。「飲み物やお菓子などをもらっても、絶対口にしないこと」と徹底的に教えられました。そうした指導がすっかり染みついていて、ママ友だちに「ハロウィンのお菓子作ったから食べて」なんて言われると、「変な薬入っていない?」「ドーピングで引っかからない?」とつい思ってしまって。
アスリートとしての心構えが染みついているんです。
――ママ友だちとのつき合いなどでとまどったことはありますか。
松本 最初のころ、私はママ友だちはみんな敵だと思っていたんです。これは勝負の世界に長くいた経験から来るものです。
まずはママ友だちの距離感のつめ方に警戒しました。「寒いよね~」「衣替えした?」など、たわいもない話をしながら無防備に近づいてくることに驚きました。近づいたり、目を合わせてくるママ友だちは、みんな敵だと勝手に思っていました。油断できないという感じです。
アスリートの世界は、たとえばジュニアで招集されても、どんどん振るいにかけて落とされていくんです。明日はわが身です。そういう環境で育ってきたので、気がつけばまわりの人はみんなライバルと思うようになってしまっていました。その感覚が、いつまでも抜けなかったんです。
でも今は、みんな敵なんて思っていません。「みんないい人なんだね~。実は私、みんなのこと敵だと思っていたんだ」と話したら、ママ友だちにゲラゲラ笑われたこともあります。
――松本さんにとっては、現役時代と比べると今の生活は別世界という感じでしょうか。
松本 子どもが生まれて、自分1人では乗り越えられないことがあるとわかり「助けて」「手伝って」「教えて」と言えるようになってから、世界がガラリと変わりました。
もともと負けず嫌いな性格で「自分の弱さを出すと、足元をすくわれる!」「弱い自分なんて出しちゃいけない!」とずっと思っていたので。
でも「助けて」「手伝って」「教えて」と言えるようになってから、「世の中ってこんなに生きやすいんだ!」と思えたんです。
今では、子どもの具合が悪くて気になる様子があると、ママ友だちや隣のおうちの人に「こういうことってあった?」と聞いたり、ちょっと子どもを見ていてほしいときにお願いしたりしています。
――ほかに子育てをしていて気づいたことはありますか?
松本 哺乳びんが減量中に便利だ、ということです(笑)。長女が赤ちゃんのとき「哺乳びんって、どんな感じで飲めるんだろう?」と疑問に思い、試したんです。そしたら、少しずつ水が出てきて、減量のときにぴったりでした! 現役時代は減量はつきものです。そのとき水分補給はゼロにはできないけれど、難しいんです。ペットボトルで水を飲むと、飲み過ぎてしまうこともありました。でも哺乳びんだと、点滴のように少量ずつゆっくり飲めるので、現役時代は、娘のお下がりの哺乳びんを使って、家で水分補給していました。乳首のサイズが「L」だと出すぎてしまうので「S」を使っていましたね。
パリオリンピックでは、選手たちの背景、背負っているものを考えるように
2024年夏に開催された、パリ五輪では、松本さんは柔道の解説を務めました。
――松本さんが柔道混合団体の決勝で、日本が敗れたとき選手に贈った「謝らなくていい。本当によく頑張りました」「この悔しさを許せるときが来る」といった言葉が印象的でした。優しさが伝わってきました。
松本 子どもが生まれてから、勝った選手にも負けた選手にも、応援してくれる人たちがたくさんいる。みんな何かを犠牲にして、この大舞台に立っているということを改めて感じるようになったんです。
またママ目線で見るようになり、「この選手がわが子だったらどんなふうに言葉をかけてあげたらいいんだろう?」と思うようになりました。
――子どもたちが何か失敗したとき、どんなふうに言葉をかけていますか。
松本 たとえば下の子がピアノの練習で、うまくいかないときは「そこまでできたの? すごい!」とできたところをほめるようにしています。できなかったところを指摘したり、上手に弾けていないことを責めたりはしないようにしています。
子どもの性格にもよりますが、私は、自分の経験から「頑張れ!」とはあまり言いたくないんです。今でこそ「頑張れ!」と言ってもらえることは幸せなことと思えるようになりましたが、昔は夫に「頑張れ!」と言われて、カチンと来て「これ以上は無理!」と怒ったこともあります。「頑張れ!」と言われても、これ以上は無理なことってあるんです。
アスリートでなくても、人生には勝ち負けがつきものですよね。受験に落ちたり、好きな人に振られたり・・・。そんなとき、わが子の心に届く言葉をかけてあげたいと思っています。
お話・写真提供/松本薫さん 取材・文/麻生珠恵、たまひよONLINE編集部
2019年に現役を引退した松本さんは、第2の人生を歩んでいます。「忙しい毎日だけど、子育てやアイスクリーム屋さんの接客などすべてが楽しい」と話します。今回書籍化された、地元北國新聞の子育てコラムは、おおむね月2回の連載で、3年近く続いているとか。通勤電車の中で、日常に転がっているネタをスマホで書いているそうです。
松本薫さん(まつもとかおり)
PROFILE
1987年石川県金沢市生まれ。幼少期から柔道を始め、2012年ロンドンオリンピック57Kg級金メダル、2016年リオデジャネイロオリンピック57kg級銅メダルを獲得。2019年現役引退。現在は、株式会社ダシーズファクトリーでアイスクリームの製品開発・販売に携わる。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2024年10月の情報であり、現在と異なる場合があります。
『野獣の子育て』
「野獣」の愛称で親しまれるロンドン五輪柔道金メダリスト松本薫さんが、北國新聞で連載している育児奮闘エッセイが書籍に。2人の子どもを育てる中で巻き起こる笑いあり、涙ありの1冊。連載は継続中。松本薫著/1650円(北國新聞社)