希少疾患のために身長123cmの大学生モデル。「小さくてよかった!」と考えるポジティブさは母のおかげ【2型コラーゲン異常症】
大学3年生の星来(せいら)さんの身長は123cm。低身長の症状は、軟骨や目の硝子体、内耳などに症状が現れる骨の病気、2型コラーゲン異常症の1種である先天性脊椎骨端異形成症(せんてんせいせきついこったんいけいせいしょう)のためです。診断されたのは、高校1年生のとき。
現在、障害者専門芸能事務所アクセシビューティーマネジメントに所属して活動している星来さんに、生まれたときのことや低身長で困ったこと、治療、診断がついたときのことについて聞きました。
全2回のインタビューの前編です。
妊婦健診で何度も大腿骨を計測。死産の可能性も告げられた
2型コラーゲン異常症の多くは、2型コラーゲン遺伝子変異により発症し、身長や目、口、耳などにさまざまな症状が現れますが、星来さんの主な症状は低身長、背骨が曲がる側弯症、X脚、のどの突起に裂け目がある口蓋垂裂です。また自覚症状はありませんが、軽度の白内障と診断されています。
生まれたとき気になったのは大腿骨(太ももの骨)が短いことでした。
――星来さんが、生まれたときのことを教えてください。
星来さん(以下敬称略) 母に聞いた話ですが、母は自宅近くの産科クリニックで私を出産しました。妊婦健診のとき、医師が何度も大腿骨の長さを測り直していて、母は「何かあるのかな?」と不安になったものの、医師からはとくに何も言われなかったので「大丈夫だろう」と思ったそうです。
予定日から数日が過ぎ、陣痛がきて、父と祖母(母の母親)に付き添われて、母は産科クリニックに行きました。陣痛がだんだん強くなってきたころ、父と祖母が医師から別室に呼ばれ「生まれても呼吸ができないかもしれないので、救急車を待機させます」「死産の可能性もあります」と言われたそうです。その言葉を聞いた父は、あまりのショックと、母に声をかけられないという思いで母がいる陣痛室に戻ることができず、自宅に帰ったそう・・・。でも準備したベビーベッドなどを見て、さらにつらくなってしまったと聞きました。
祖母は「死産の可能性があるならば、娘にお産の苦しみを味わわせるのはつらすぎる。緊急帝王切開に切り替えられませんか?」と医師に頼んだそうです。
母は、父と祖母が医師に呼び出された瞬間「何かある」と確信し、心の中でさまざまな感情が渦巻いたと言っていました。
――星来さんは、危険な状態で誕生したのでしょうか。
星来 でも奇跡的に、自然分娩で元気に生まれることができました。産声も聞こえたそうです。出生時の身長は47.5cm。体重は2820gと平均的ですが、大腿骨が短くて、足はほかの赤ちゃんよりも短かったそう。医師は「奇跡だ」と驚いていたとも聞きました。
――星来さんのお名前はステージネームでしょうか。
星来 本名です。母がつけてくれました。本当は、生まれる前に母と父が別の名前を考えてくれていたのですが、医師に「奇跡だ」とまで言われる出産を経験して母が父に「もう少し、名前を考えさせて!」と言って、もう一度考えてくれたそうです。
私が生まれた日が七夕で、「死産の可能性がある」と言われたのに、元気な赤ちゃんを星が連れて来てくれたという感謝の気持ちを込めて「星来」と命名してくれました。私もとても気に入っている名前です。
高校1年生で遺伝子検査をして、2型コラーゲン異常症と判明
星来さんが2型コラーゲン異常症と診断されたのは、高校1年生のとき。2型コラーゲン異常症は、現在では、乳児期に大腿骨が短いなどの異変が見られると遺伝子検査をして診断がつくこともあるようですが、星来さんが赤ちゃんのころは違っていたようです。
――星来さんが、2型コラーゲン異常症と診断されたときのことを教えてください。
星来 私が診断されたのは高校1年生のときです。母に聞いた話では、3カ月健診で「骨が成長していない」と言われて、大きな病院を紹介されました。生後3カ月のときの身長は54.8cmで、成長曲線で見ると標準を下回っていました。
母は、紹介された病院を受診したのですが、カルシウム不足が疑われて、処方されたカルシウムをミルクに混ぜて飲ませたりしたそうです。
しかし身長は伸びず、1歳のときの身長は63.6cm、2歳のときの身長は72cmと成長曲線からどんどんはずれてしまい、母は大きな病院を何カ所も受診しました。自宅から遠く離れた病院に骨の病気に詳しい医師がいると聞き、診てもらったこともあります。しかし、どの病院でも病名がわからず、遺伝子検査をすすめられたこともありませんでした。
2型コラーゲン異常症は、難聴や重度の近視、網膜剥離など目や耳に症状が現れることが多いのですが、私はそうした症状がないので見極めが難しかったのかもしれません。でも3歳になるころには「2型コラーゲン異常症で間違いないだろう」とは言われました。
――高校1年生で確定診断されたとのことですが、遺伝子検査をしたのでしょうか。
星来 ずっと通っている総合病院で、ひょんなことから「遺伝子検査、まだ受けてなかったの?」と聞かれて、検査をすることに。そして、高校1年生のときに確定診断されました。でも、ずっと「2型コラーゲン異常症で間違いないだろう」と言われていたので、診断されたときは母も私も「やっぱり・・・」という思いだけでした。
小学6年生で側弯症の手術。手術の説明を受けて恐怖心が
2型コラーゲン異常症は、治療法が確立されていません。そのため治療は、対症療法が中心です。
――星来さんが受けてきた治療や手術について教えてください。
星来 小学6年生で側弯症の手術を受けて、中学1年生でX脚の手術をしました。
最もつらかったのは、側弯症の手術です。背骨の曲がりを、背中に金属棒を入れて矯正する手術です。
どのような手術かを人形を使って説明されたのですが、「背中を上から下までメスで切る」「麻酔をすると意識がなくなる」というのが怖くてしかたなかったです。
手術の日は、泣いて泣いて抵抗しました。「麻酔をしたら、もう目が覚めないのでは?」と不安でした。私はがまん強くて、つらい治療も頑張る子というイメージだったらしく、泣きじゃくる私を見てみんな驚いていました。
手術は9時間におよび3週間ほど入院しましたが、術後は傷が痛くて寝返りも打てません。母がつき添ってくれていたのですが、「痛い、痛い」とずっと泣いていました。
私は活発なタイプで、小学校では友だちと休み時間によくドッジボールなどをしていました。でも手術後は、医師から「万一、転んだり、ぶつかったりすると背中に金属の棒が入っているから危ない」と言われて、友だちとドッジボールをしたり、走り回って遊ぶことができなくなりました。
――手術後、小学校には通えたのでしょうか。
星来 私は、小学校の目の前の家に住んでいたのですが、退院後は車いすで登校しました。長時間席に座って授業を受けることができないので、1日1時間だけ授業を受けて帰るような日々でした。
でも退院して登校した初日、黒板に「誕生日&退院おめでとう!」と大きく書かれていて、みんなが「星来、待ってたよ~」「退院できてよかったね」と言ってくれて、本当にうれしかったです。6年生の教室は2階なのですが、私が授業を受ける1時間だけは、みんなが1階の空き教室に移動して、授業をしてくれたんです。
手術は大変でしたが、そんなうれしいこともたくさんありました。
みんなと同じようにできないことを悲観しない
星来さんは、前向きで明るい性格です。星来さんの性格は、お母さんの育て方が大きく影響しているようです。
――子どものころ低身長で困ったことはありますか。
星来 私は、3歳から幼稚園に通っていたのですが、入園当時の身長は76cm。1歳6カ月ごろの子と同じぐらいです。みんなと同じように高いところにある物が取れないなどはありますが、困るというよりもラッキーと思うことのほうが多かったです。
たとえば私が通っていた幼稚園は、園バスを利用するのが基本でしたが、「星来ちゃんは、バスの座席に1人で座ったり、ステップの上り下りが危ないから」ということで、母が送迎をしてくれることになりました。母は大変だったかもしれませんが、大好きな母と一緒に登園できるし、迎えにも来てくれるのでうれしかったです。「私だけ特別!?」という感覚も、子ども心にうれしかったのかもしれません。
側弯症の手術後、体育の授業に参加できなくて、保健室で読書をしていたときも「本が読めて楽しかった」と前向きに捉えました。みんなと同じようにできないことを悲しんだり、マイナスに捉えない考え方は、母が教えてくれました。
以前、母がうがい用のコップを買って来たのですが、思ったより小さかったんです。母から「小さくて使いにくいかな?」と聞かれたとき、私が「節水できるからいいんじゃない?」と言うと、母が「すごくいい考え方だね! そうやっていいところに目を向けられるっていいね!」と言ってくれたことがあります。
母とのそうしたやりとりが、私のプラス思考の原点だと思います。
「障害をマイナスに捉えないように育てたかった」(星来・母)
星来が生まれたときは、本当に将来が不安で落ち込んだこともあります。ですが、まわりから「かわいそうな子」と思われないように。そして星来自身が、障害をマイナスに捉えないように育てたいと思うようになりました。
園や学校行事、修学旅行などは、つき添いが必要でしたが、そのときも私は星来に「遠足について行けて、ママも楽しかった」「星来のおかげで、もう1回修学旅行に行けてラッキー」と言っていました。星来がいるからこそ、私自身もいろいろな楽しい経験ができたと思います。
お話・写真提供/星来さん 協力/株式会社𝐚𝐜𝐜𝐞𝐬𝐬𝐢𝐛𝐞𝐚𝐮𝐭𝐲 2型コラーゲン異常症患者・家族の会 取材・文/麻生珠恵、たまひよONLINE編集部
2型コラーゲン異常症の患者数は、全国で約1500人と推定。現代の医療では、根治治療法がなく、専門医が少ないことが課題です。
インタビューの後編は、芸能活動を始めたきっかけや大学生活、進路について聞きます。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
星来さん(せいら)
PROFILE
2004年生まれ。大学生。SNSで低身長のことや大学生活、芸能活動のことなどを発信。アクセシビューティーマネジメント所属。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2026年1月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。


SHOP
内祝い
