ある日から、毎朝泣きじゃくり、幼稚園に登園できなくなった女の子。どう対応する?【小児神経科医が伝える〜親子のゆくり〜】
小児神経科医の湯浅正太先生の診察室には、困りごとを相談しにたくさんの親子が訪れます。医師として子どもや家族にかかわっている湯浅先生は、子どもの心の成長や親子の幸せには、さまざまな「つながり」が不可欠だという考え方に基づいた「ゆくり学」を提唱しています。今回は先生が診察で出会った「幼稚園に登園できなくなった子」のケースをもとに、子どもの気になる行動とその対応について「ゆくり学」の視点からの解説です。
幼稚園へ登園できなくなった女の子
「ゆくり」とは「縁」「つながり」を意味する古語。湯浅先生は、親子、両親間、そして親と社会との「ゆくり」が子どもの心を健全に育てる要と考え、その基本方針として「ゆくり学」を提唱しています。
――湯浅先生のクリニックで、幼稚園に登園できなくなってしまった子どもについて実際に相談があったケースを教えてください。
湯浅先生(以下敬称略) 幼稚園に登園しなくなってしまったみゆちゃん(仮名)と母親のケースをお話したいと思います。ある日、母親がみゆちゃんを伴って受診しました。
みゆちゃんはおうちではいつも元気いっぱいにはしゃぐけれど、幼稚園ではじっとしておとなしいタイプだそう。あるときから朝に登園を嫌がって泣きじゃくるようになりました。母親はいろいろとなだめすかせたりしながら大変な思いで幼稚園に連れて行っていましたが、ついにみゆちゃんは登園しなくなってしまいました。
ほかの子は幼稚園に普通に通っているのに、どうしてわが子は登園したがらないのか、母親はその理由を理解できずに悩んでいました。また、みゆちゃんは物事を理解するのがゆっくりで、言葉の発達もゆっくりめだったので、そのことも不安に感じていたようです。
――先生はみゆちゃんの母親にどんなアドバイスをしたのでしょうか?
湯浅 子どもは幼稚園などでの社会生活を通して、発達につながる新しい経験を積みます。たとえば、お友だちをつくったり、幼稚園で初めてのことに挑戦する、などです。ただ、それは子どもにとって貴重な体験である一方で、子どもの心に不安を生み出しやすいものです。
子どもはそうした不安を抱いたとき、安心・安全な存在とのつながり=「ゆくり」を感じることによりその不安を解消します。それは、愛着という視点でも理解できるでしょう。そして、不安が解消できると好奇心を抱ける心の余裕が生まれ、あらためていろいろな社会生活を体験しようとするようになります。
ですから、みゆちゃんの母親には「子どもが外の社会でも心の中でママのことを感じていられるように、ご家庭で子どもをギュッと抱きしめてあげたり、手をつないであげたり、ほっぺたをすりすりしてあげてください」とお願いしました。そうやって親とつながることができていると感じられれば、みゆちゃんに、外の世界(この場合幼稚園)を体験したいという好奇心が生まれるのです。
そして、家庭でのみゆちゃんの様子を園の先生に伝えてもらいたいともお願いしました。
――その後、みゆちゃんの様子にどんな変化がありましたか?
湯浅 みゆちゃんの母親は家庭で親子が触れ合う機会を増やし、みゆちゃんが登園するときには、母親がいつも使っているハンカチや親が描いた絵がプリントされている水筒など、家族を感じられるグッズを持たせて登園することにしたそうです。
みゆちゃんは、最初はぐずりながらでしたが少しずつ幼稚園に登園するようになり、いつの間にか幼稚園ではしゃいで遊ぶ様子も見られるようになったそうです。そしてみゆちゃんの様子について幼稚園の先生と情報共有する中で、母親自身の心が穏やかになり、その表情もやわらかくなっていきました。
実はみゆちゃんの母親は、おばあちゃんから「あなたは子どもを甘やかせすぎではないかしら」と言われたことがあったそうです。そのため母親からみゆちゃんへのかかわりが減り、親子のゆくりの機会が減ってしまっていました。
子どもが「ぎゅーして」「話したい」と求めているときに応えることは、適切なかかわりです。「甘やかしすぎ」ではありません。幼いころの適切な時期に、心の中で親を感じられるだけ十分なゆくりを提供されて育った子どもは、あらゆる困難を乗り越える力が備わります。そして、いつの日か親元を卒業できるようになるのです。
湯浅先生が解説!「親子のゆくり」Q&A
みゆちゃんのケースを参考に、「親子のゆくり」をはぐくむにはどんなことが大切か、湯浅先生にポイントを聞きました。
Q 家庭での子どもの様子を園の先生に伝えておくことが大切なのはどうしてなのか、教えてください。
【湯浅先生より】
子どもはなかなか自分の気持ちを言葉で表現することができません。園で困ったことがあってもそれを説明できないため、幼稚園ではおとなしく過ごし、家庭では登園のときに泣いてしまうこともあるでしょう。子どもがどんなことに困っているのか知るためにも、親や園の先生など、子どもにかかわる人同士で子どもの様子を共有し、客観的な情報を集めることが必要です。
まずは、園と家庭で子どもの様子が違うことを先生に伝え、そのギャップを共有します。次に、家庭でのかかわり方や子どもが喜ぶことを先生に伝え、園でも取り入れてもらうと子どもが先生に親近感をもてるでしょう。家庭と同じような「ゆくり」を幼稚園でもつくることで、子どもは安心できます。おとなしい子、とほうっておくのではなく、気にかけてもらうことが大切です。
Q 子育てにおいて「ゆくり」が大切なのはどうしてでしょうか。
【湯浅先生より】
今回のケースでみゆちゃんが幼稚園で元気に過ごせるようになったのは、親子の「ゆくり」、親と幼稚園の「ゆくり」がつくられたからだと考えられます。その結果、子どもが外の社会で生きる中でも、心の不安を解消できる環境が整えられたのです。
親子のゆくりは、子どもの不安を解消するために欠かせません。そして、親と幼稚園のゆくりは、子どもの心の状況を明らかにし、子どもへのかかわりの方針を一致させるために大切です。さらには、親が子育てで孤立しないためにも、親の心の余裕を生み出すためにも、親と祖父母のゆくりも大切な働きをするものです。
そういったさまざまな「ゆくり」がつくられると、親が子どもにしっかりかかわれるようになり、社会生活で生まれた子どもの不安が解消されます。そしていろいろな体験をしようとする好奇心が生まれて新しい経験を積むことができるのです。
お話・監修/湯浅正太先生 取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部
大人も仕事で不安を感じたとき、帰宅して家族と談笑するとまた次の日も頑張れることがあるでしょう。子どもが社会生活に挑戦する力をためるには、スキンシップやあたたかな言葉かけなどの「親子のゆくり」が大切です。
※この記事で取り上げた例は特定の個人のケースではなく、診察室でのよくある相談から一例として作成したものです。
湯浅正太先生(ゆあさしょうた)
PROFILE
2007年3月 高知大学医学部 卒業。小児科専門医、小児神経専門医。一般社団法人Yukuri-te(ゆくりて)代表理事。著書に『小児神経科医が伝える!「ゆくり学」のススメ』(ミネルヴァ書房)、『みんなとおなじくできないよ』(日本図書センター)、『ものがたりで考える 医師のためのリベラルアーツ』(メジカルビュー社)などがある。
●記事の内容は2026年1月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。
小児神経科医が伝える! 「ゆくり学」のススメ
「縁」「つながり」を意味する古語「ゆくり」を軸に、親子・夫婦・親と社会のゆくりを見つめ直す。子育てに悩む親へのヒントになる1冊。湯浅正太著/2200円(ミネルヴァ書房)


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