【産科医】妊娠に危険信号。日本の女性は戦前以下の栄養不足状態
子どもを授かるには、どうしても年齢という壁があります。
不妊の記事を配信するたびに「もっと早く知りたかった」という声が届きます。
たまひよONLINE特集「授かるチカラ」連載「産科医・齊藤 英和 授かるチカラとは」では、後悔する人をひとりでも減らそうと齊藤医師による最新の医療情報を全4回の記事をお届けしました。今回で最終回となります。
日本の女性の栄養不足状態が深刻
今回は日本の女性の食生活についてお話ししましょう。戦前に比較すると身長は伸び、体重は増加しており、現在の食事は戦前に比較しより良いものとなっているように考えられていると思います。確かにそうなのですが、食は健康の基本ですので、よく調べてみると気になることが見つかっています。
栄養バランスの中で欠如している栄養素とは
多くの時、私も含め皆さんもただおなかがすいたとか、美味しそうといって、食事を摂っていませんか? 時には栄養のバランスを考えて食事を摂ることありますが、それほど強く意識していないのではないでしょうか? 男女雇用機会均等法以来、女性も仕事が忙しくて食事を抜くことも増えてきたかもしれません。
さらに、スタイルを気にして、食事を制限していないでしょうか? いろいろな原因が浮かぶのですが、現在の日本の女性の栄養状態が心配になります。今回はその中でも、主にビタミンDと葉酸についてお話ししたいと思います。
ビタミンDが不足すると不妊になる!?
ビタミンDは骨の形成に大切なホルモンです。ビタミンDが不足すると乳児・新生児のくる病や成人での骨軟化症が生じます。
産科領域においてはビタミンDが不足すると妊娠高血圧症候群や早産などの病気のリスクを高めることが知られています。
では、妊孕性、不妊症との関連はどうでしょうか?最近、外国の生殖に関わる雑誌に、興味ある報告が多数報告されています。まず、ビタミンDの働きには、胚(受精卵)が着床し胎盤が形成されるのを制御する役割があり、ビタミンDが不足すると着床しにくくなり、胎盤の形成が不十分になるという報告です。
ビタミンDの機能活性化に関わる酵素は、子宮の内膜や妊娠中の絨毛や脱落膜(胎盤を形成する組織)にも存在することが最近わかりました。
ビタミンDは、免疫系などを動かして、絨毛が発育し子宮内膜に浸潤していくのを促進するそうです。このため、流産を繰り返す人の絨毛や脱落膜では、この酵素の発現が少ないと報告されています。
生殖補助医療におけるビタミンD十分な人とビタミンD不足の人との妊娠率の比較
また、体外受精の治療を行っても、図1が示すように、血中のビタミンDが十分高い人のほうが、足りない人に比較して、臨床妊娠率が高いという報告もあります。このことから、妊娠するためにも血中のビタミンD濃度が高いことが大切であることがわかります。
血中のビタミンDを表した図
しかし、日本では、一般食品にビタミンDを補充した食品はなく、図2に示すように、現在までの日本人のビタミンDの濃度を調査した各年代のビタミンDの報告では、そのほとんどにおいて、基準値のビタミンD30ng/mlに比較して不足していると報告されています。
この原因としては、食品よりも日本人の遮光行動が大きな原因であるとも言われています。
これらの結果から、妊娠を考える人にとっては、ご自分のビタミンDの濃度を測定して、不足ならば、この値を高めておくことは、より早期に妊娠に至る可能性が高くなるばかりでなく、安全な妊娠・出産、さらに健康に赤ちゃんを育てるにもとても重要は要素です。
出生児にとっても大切で、母乳にはビタミンDがあまり含まれていないので、海外などではビタミンDの補充されたミルクがあるほどです。
最近は、お肌のシミ・そばかすや皮膚ガンなどを心配して日光に当たることを避け、また、日焼け止めを併用する方が増えていますが、ビタミンDは、日光に当たることで、体内で作られます。妊娠・出産・育児にはとても大切なビタミンですので、サプリメントでよいので、必要十分な量を補充していくことが大切です。
葉酸不足から起こる、神経管閉鎖障害
もう一つ現在の食生活では、ぎりぎりか、妊娠を考えると足りないビタミンである葉酸についてお話をしましょう。
葉酸はビタミンの一つで、体の機能を維持するためには、とても大切なビタミンの一つです。名前の通り、ほうれん草、ブロッコリー、モロヘイヤなどの野菜やレバーなどに多く含まれています。
葉酸が不足すると、胎児に神経管閉鎖障害がおこり、二分脊椎などの先天異常が起こる可能性が高まります。さらに最近では、不妊症との関連について、いくつかの報告がなされています。
年齢別の葉酸接種年次推移
図3を見てください。これは国民健康・栄養調査報告書に掲載されている数値を年齢別年次別にグラフ化したものですが、多くの方が妊娠出産する20歳~39歳の女性においては、近年一日平均の摂取量が基準値240μgを下回っています。また厚生労働省は、妊娠している方は倍の480μgを摂取ることを推奨しているので、かなり深刻な状態です。
外国では、日常食べる食品に葉酸を添加して摂取量の増加を図っている国もあります。しかし、日本ではそのような取り組みが行われていないまま、現在に至っています。
二分脊椎発生頻度の推移
このため図4に示すように、1974-1976年において日本は米国・カナダに比較して、出生児の二分脊椎症の「発生頻度が低い国」でしたが、食生活の変化から年々発生頻度が上昇し、2007-2011年には米国・カナダに比較して「発生頻度が高い国」になっています。
このように、日本では、二分脊椎症などの神経管閉鎖障害発生頻度が増えてきているほど、平均的な一日の葉酸摂取が減少してきているのですが、最近、葉酸摂取の低下が、不妊の原因となる可能性を示唆する報告もでています。
葉酸不足になると月経不順、排卵障害、黄体ホルモン分泌不全などが起こりやすく、不妊の原因となります( GaskinsAJ et al. PLoS One. 2012;7(9):e46276. Epub 2012 Sep 26)。
逆に、葉酸を服用すると排卵障害が起こりにくくなるという報告もあります( Chavarrro JE, et al. Fertil Steril. 2008; 89:668-76.)。
また、デンマークで大規模な調査がありました( Cueto HT, et al. Eur J Clin Nutr. 2016J;70:66-71)。これは、葉酸とマルチビタミンを服用した方と服用していない方のある一定期間における妊娠率を比較した研究です。服用しない人に比較し、服用した人の方が高い妊娠率を示しました。
別の研究では( Boxmeer JC et al. Fertil Steril. 2008;89:1766-70)体外受精の際に、吸引された卵胞液中のホモシステイン濃度を測定すると、葉酸を服用した方では、血中、卵胞液中葉酸濃度が高くなるばかりでなく、ホモシステイン濃度が低下しています。
ホモシステインは必須アミノ酸の代謝産物で酸化ストレスと密接に関係しており、細胞障害を引き起こす危険因子です。このことから、葉酸を服用することにより、質の高い卵子が発育する可能性があることが報告されています。
妊娠率を上げるなら、食生活も見直しを
これらの研究や日本における葉酸摂取の現状を考えると、妊娠を希望される人は、出生児の先天異常の発生率を減少させるためだけでなく、妊娠の可能性を高めるためにも、通常の食生活に加えて、さらなる葉酸の摂取に気をつけることも大切だと考えられます。
今回は特にビタミンD、葉酸についてお話ししましたが、それ以外でもフルーツ摂取は妊娠によいとか、ジャンクフードはよくないとか、食生活についていろいろ研究されています。健康的な食生活は妊娠にとってとても大切な要因となっているので、もう一度ご自分の食生活、生活習慣を見直されてはいかかでしょうか。
(文・図提供/齊藤英和 撮影/古谷利幸 構成/関川香織)
齊藤英和(さいとう・ひでかず)
プロフィール
産婦人科医師。元国立成育医療研究センター 周産期・母性診療センター 副センター長。現在梅が丘産婦人科ARTセンター長。長年、不妊治療の現場に携わっていく中で、初診される患者の年齢がどんどん上がってくることに危機感を抱き、大学などで加齢による妊娠力の低下や、高齢出産のリスクについての啓発活動を始める。
著書に「妊活バイブル」(共著・講談社)、「『産む』と『働く』の教科書」(共著・講談社)