「仲間にしてくれてありがとう…!」長期治療の子どもたちに“最高の青春”を届けるために。スポーツで育まれる、仲間との大事な絆
現在、小児がんや難病などで長期治療中の子どもは全国に約25万人いるといわれています。治療期間は数か月から十数年単位に及ぶこともありますが、病気を克服して楽しい毎日を送るために、子どもたちは日々の治療やリハビリを頑張っています。
2016年、「スポーツを通じて長期治療中の子どもの“青春”を実現する」という特定非営利活動法人Being ALIVE Japanが設立されました(2022年6月に「認定NPO法人」に認定)。当時、日本の小児医療の現場ではほとんど知られていなかった“病児へのスポーツ支援”という取り組みを始めたのは、どうしてだったのでしょうか。代表の北野華子さんに、設立に至った経緯や子どもたちへの思いについてお話を聞きました。
マウンドに立った病児に、歓声が上がった日
2022年5月28日、神宮球場で行われた東京六大学野球春季リーグの早慶戦の始球式で、慶大のユニフォームを着た中学2年生の國久想仁くんがマウンドに登場しました。ノーバウンドの見事なストライク投球を決め、笑顔で慶大のチームメイトとハイタッチを交わしながらベンチに戻った國久くんに、球場からは大きな歓声と拍手が送られました。
スポーツを通じた様々な活動で、長期治療中の子どもたちを支えている認定NPO法人「Being ALIVE Japan」。成長軟骨に異常がある骨の病気「軟骨無形成症」の國久くんも、Being ALIVE Japanが企画運営する入団事業に参加して2021年8月、慶應義塾体育会野球部に入団。2022年6月に退団するまでの10か月間、選手のサポートをしたり、共に練習に励んでチームワークを育みました。
Being ALIVE Japan代表の北野華子さんは、「お子さんの“青春”を作ることが私たちの活動目的です」と説明します。
「スポーツを通じて、長い治療生活を過ごすお子さんの身体的・精神的・社会的な自立と、自身を支える“仲間”を作るための取り組みを支援しています。活動内容は主に3つ。半年以上スポーツチームに所属するTEAMMATES(チームメイツ)活動、入院中のお子さんを対象にした病院でのスポーツ活動、地域社会の中で同年代の友達やきょうだいと楽しむスポーツ活動です」(北野さん)
7年間で1200人以上の子どもたちがスポーツ活動に参加
2016年の設立から現在まで、Being ALIVE Japanを通じてスポーツ活動に参加した子どもたちは累計1200人以上。病院や学校、スポーツ施設といった場で、野球・サッカー・バスケットボール・ラグビー・アメリカンフットボール・ボッチャなど、17種類のスポーツを提供してきました。子どもたちはどのような様子で取り組んでいるのでしょうか?
「例えば病院では、スポーツ経験が全くない子や、スポーツを制限されていた子もいるので、最初は『やってもいいのかな…?』と子どもたちが戸惑う雰囲気もありました。でも、『できないこと』ではなく『できること』を探しながら何度か楽しく体を動かすうちに、子どもたちのほうから積極的に体を動かしたり、声をかけあったり、チームで協力する姿も見られるようになりました」(北野さん)
「病気の子」ではなく「一緒に楽しむ仲間」として接する
Being ALIVE Japanでは、現役アスリートやスポーツチームが、子どもたちのスポーツ活動をサポートしています。病児に初めて接するアスリートたちに北野さんが伝えているのは、「今日を一緒に楽しむ仲間として活動をお願いします」ということ。
「どんな病気で、どんな経過を辿ってきたのかよりも、子どもたちは “一緒にスポーツを楽しむ仲間になりたい”ということを一番知ってほしいんです。こちらが全て理解してあげてから接するのではなく、『これはできる?』『これはどうかな?』といったコミュニケーションを通じて、その子のできることを一緒に探して、サポートが必要なことに手を差し伸べてほしいとお伝えしています。そういう機会をいっぱい増やしてあげることが、子どもたちの自立につながるはずだと私たちは考えています」(北野さん)
冒頭の慶大野球部に入団した國久くんをはじめ、プロ野球チームやプロバスケットボールチームなど、憧れのスポーツチームへの入団を果たす子もいます。ぜひ自分も!という子たちが多いのでは?と北野さんに聞くと、「皆さんがイメージしているほどは多くはないと思います」と、意外な答えが返ってきました。
「というのも、そもそもスポーツをするという選択肢自体が、長期治療中の子どもたちには定着していないからです。私たちは活動の中で“病気の子どもたちにスポーツ活動を”という発信を続けていますが、未だにご家族からは『装具をつけているので自分の子は対象外だと思っていました』といった声を多く聞きます。
ただ、最近ではスポーツチームに入団した子の報道を見て、同じ病気を持つお子さんのご家族から問い合わせや応募をいただくことが増えています。対象となるお子さんはたくさんいるはずですので、ぜひ私たちの活動をもっと知っていただき、スポーツを通じて誰かと楽しむ体験をしたり、自信を持つ機会につなげてもらいたいなと思っています」(北野さん)
「仲間がいる環境」を当たり前にするために
北野さん自身、幼少期から15年もの間、病気による長期治療を経験したといいます。「病気で諦めざるをえないことが多くても、友達と一緒に過ごしたりなど、叶えたい青春が常にありました」と振り返る北野さん。大学院卒業後、病気の子どもや家族への心理的な支援をする専門資格「チャイルド・ライフ・スペシャリスト」になるために米国留学したのは、そんな子ども時代の思いがあったからでした。
「留学先の大学院で、チャイルド・ライフ・スペシャリストの資格以外に、病気や障害がある人たちをスポーツやレクリエーションによって支援する専門職があると知りました。スポーツを通じて体力をつけたり、長い治療生活のストレスを軽減したり、コミュニケーション力を身につけたり…。私にとってスポーツとは競技でしたが、そういう形で子どもたちを支援できるんだと知り、固定観念をひっくり返されました」(北野さん)
こうして北野さんは「治療しながらでも子どもたちが青春を実現できる社会を実現したい」と、帰国後にBeing ALIVE Japanを設立しました。
「最初は『どうしてスポーツなの?』という反応もありましたが、実際に病院でスポーツ活動をスタートすると、子どもたちの表情が大きく変わるのがわかりました。治療に積極的になったり、体を動かすことで食欲が増した子もいます。それに、医療現場の方々から『子どもたちの会話が増えて信頼関係の構築につながっている』という声もいただきました。現在ではだんだん理解が広まり、小児科の先生が病児を紹介してくださったり、学会で発表したいというお声がけもいただいています。今は関東圏が活動の中心ですが、全国に広げていくことが私たちの目標です」(北野さん)
最後に、北野さんにこの7年間で特に印象的だったことは何かを聞きました。
「たくさんあるのですが、多くのお子さんに共通しているのは、スポーツ活動の最後に『仲間にしてくれてありがとう』と言ってくれることです。仲間と一緒に何かを楽しんだり、気持ちを伝えたりって、私たちには当たり前のことのように思えます。でも、長期治療中の子どもたちにとって、病気や障害によって、その経験が限られてしまうこともあります。前向きに病気とともに生きていく上で仲間の存在は必要であると毎回感じていますし、“仲間でいること”が当たり前になるように、これからも活動を続けていきたいです」
認定NPO法人Being ALIVE Japan代表 北野華子さん
1987年兵庫県生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業、京都大学大学院医学研究科社会健康医学専攻を修了。資格取得のためにアメリカに留学し、小児医療センターでの実践を経て帰国。埼玉県立小児医療センターで「チャイルド・ライフ・スペシャリスト」として勤務。2016年、長期入院・長期治療が必要な子どもたちにスポーツ活動を通して支援する「Being ALIVE Japan」を設立。
(取材・文 武田純子)