着物と祖母の思い出【御手洗直子のコマダム日記 #178】
一大センセーションを巻き起こした「婚活コミック」著者、御手洗直子さんが結婚して2児の姉妹の母に。あいかわらずのつっこみどころ満載の日々、渾身のひとコママンガ&エッセイでお送りします。
「つっこみが止まらないコマダム日記」#178
今回は着物にまつわるお話です。
昭和初期までタイムスリップした祖母
何年経っても心を暖め続けてくれる思い出というものはある。
私が人生でちゃんとした和装をしたのは4回で、3歳の七五三、7歳の七五三、20歳の成人式、20歳の専門学校卒業式であった。それぞれの感想としては3歳の頃の記憶は特に無く、7歳では特に気に入ってもいない着物を着せられ帯の圧迫に憤怒と怒号の神社参りをし、20歳の成人式では特に気に入ってもいない着物を着せられ白塗りに真っ赤な口紅という慣れない化粧で写った一生見なくて良いという感想の写真を残した。20歳の卒業式はどうだったのかというと、これが自分はどうだったかはっきりとは覚えていない。写真もどこかにあるのだろうが、可も不可も無くという感じだったのかもしれない。
さてそれでは何が思い出に残っているのかというと、それは私が卒業式から帰ってきて矢絣柄の着物と袴を脱いだ時の事であった。家に帰ってきた時初めてその姿の私を見た祖母は『かわいいねえ』やら、いろいろと褒めてくれたのだが、それよりはるかに強いテンションで『懐かしいねえ。女学校に行っていた頃はみんなこういう袴を履いててね…』と自分が学生の頃を熱く語っていた。そして私が着物を脱ぎ終わって床にまとめていたところ祖母が『ナオちゃん、これおばあちゃんも着てみていい?』と聞いてきたのである。
袴姿の私を見た時からテンションが爆上がりしていた祖母を見ていたため、『ウン、いいよ。着て着て!』と着物を渡すと祖母は洋服の上から袖を通し、姿見の前でてきぱきと襟を合わせサクサクと袴の紐を腰に回しあっという間に着付け終えた。瞬時の手際である。
この時祖母は80歳を過ぎ痴呆の症状が出始めていたが、こんなにしっかりした喜びの感情と笑顔を見せたのは過去から思い返しても数えるほどしか無かった気がする。動きや口調、表情手際やテンションがいつもの祖母ではないのである。もしかしたら袴を履いていた頃の10代に戻っていたのかもしれない。帯をさっくりと結び姿見の前で『髪はおさげにして靴は編み上げのブーツを履いたりしてね…』と自分の姿を眺めていた。ブーツも持ってきてしばらく私、姉、祖母で遊んだあと祖母も着物を脱ぎ、後に着物も返却されたが、あんなに嬉しそうに楽しそうに弾むようなテンションで動いていた祖母を見たのはそれが最後であった。
当時はカメラのついた携帯なども無かったのでその時の写真や動画は無いのだが、20年以上経った今でもあの時の祖母の様子を鮮明に思い出すのである。
楽しそうだったなあ。とか、嬉しそうだったなあ。とか。
一応いい思い出が残せてよかった。4回着たかいがあった。(おわり)
御手洗直子
Profile pixivで大人気。累計閲覧数1100万を誇る爆笑コミックエッセイスト。なんでそんなにネタ満載人生を・・・という謎の人。既刊に「31歳BLマンガ家が婚活するとこうなる」「31歳ゲームプログラマーが婚活するとこうなる」(共に新書館)、「腐女子になると、人生こうなる!~底~」(一迅社)、「つっこみが止まらない育児日記」「さらにつっこみが止まらない育児日記」(ベネッセコーポレーション)など。たまひよのサイトで、数話限定公開中。
御手洗直子X(旧twitter):@mitarainaoko