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保険適用が導入されれば産後ケアの充実も。日本の出産事情の未来は?【出産の30年・後編】

更新

Photo by west/gettyimages

近年、出産できる病院は減少傾向にあり、地域によっては遠方の病院まで行かないと出産できない妊婦さんもいます。一方で、これまで少数派だった無痛分娩希望者は増えている日本の出産事情。
もし約3年後に出産費用の保険適用が導入されたら、日本の出産はどのように変わるのでしょうか。
『たまひよ』創刊30周年企画「生まれ育つ30年 今までとこれからと」シリーズでは30年前から現在までの妊娠・出産・育児の様子を振り返り、これから30年先ごろまでの流れを探ります。今回は「出産」の歩みについて、丸の内の森レディースクリニック院長の宋 美玄先生に聞きました。

出産が保険適用となったら、産院は集約される可能性も

新生児
●写真はイメージです
kuppa_rock/gettyimages

――現在の出産費用は、帝王切開や切迫早産などを除いて保険適用外ですが、3年後に保険適用となった場合、何が変わりますか?

宋先生(以下敬称略)出産から退院までの入院日数は、経腟(けいちつ)分娩であれば今は5~6日程度が一般的です。保険適用が導入されたら、もしかすると1~2日程度に変わるかもしれません。退院後、希望者は「産後ケア」という制度を利用して、別の施設などで産後の回復を進めるようになるかと予測します。

――現在病院によっては、陣痛緩和にアロマセラピーを取り入れたり、産後に豪華な祝い膳を振る舞ったりするケースなどもあるようです。

宋 出産費用が保険適用となると、医療施設側にとっては診療報酬に反映されないため、病院独自で行っている入院中のサービスや授乳などの育児サポートといったことが縮小されるかもしれません。逆に「産後ケア」は、その縮小されるかもしれないサービスやサポートなどを行う場として、今後発展していくのではないかということも考えられます。

産婦人科は年々減少傾向に

出典/令和3(2021)年医療施設(動態)調査・病院報告の概況(厚生労働省)

1993年は一般病院(20床以上の病床を有する)で2339施設、一般診療所(19床以下の病床を有する)で5509施設の産婦人科がありましたが、2020年では1291施設、3143施設と約56%に減少しています。

――出産できる病院は減少傾向にありますが、保険適用が実現したら、どうなると思いますか?

宋 小規模の産院は淘汰され、24時間体制で出産を取り扱う、大規模病院に集約されるのではないかと考えられます。地域によっては病院がもっと減少するかもしれません。

産院の集約化が難しい地域もあるかと思いますが、その地域にとってベストな病院の配置を検討していくことになるのではないでしょうか。
課題はいろいろありますが、産院の集約化は、妊娠・出産がより安全になる期待もあります。これからのママや赤ちゃんにとってプラスの変化になるかと思われます。

「産後ケア」が定着すればママと赤ちゃんにメリットあり

アジアの新生児
●写真はイメージです
maruco/gettyimages

――『たまひよ』創刊の1990年代も現在も産後ママと赤ちゃんへのサポートは、費用が無料の「新生児訪問」が定着しています。「産後ケア」はどのような制度なのでしょうか?

宋 医師や保健師、助産師が新生児の自宅を訪問して発育・発達や栄養、病気の予防などを指導する「新生児訪問」は1961年から始まり、1966年から母子保健法に基づいて行われるようになりました。2018年からは同じく母子保健法に基づき、退院1週間後くらいに医療施設で母子の健康状態の確認や育児相談などを行う「産後2週間健診」も実施されいます。こちらは基本的に全額自己負担ですが、費用を助成する自治体が多いようです。

「産後ケア」は、2019年に母子保健法の一部改正に伴って、“出産後1年を超えない女子及び乳児に対する産後ケア事業の実施が市町村の努力義務として法定化”されました。
地域の医療施設や保健センターといった機関などと連携し、産後のママの心身などをサポートしながら、その後の育児や生活が健やかにできるように自治体が支援する制度です。
2024年度末までの全国展開をめざし、費用は助成されるとしています。

多くの自治体がサービス提供に関して検討段階にあるので、これから発展していけば、期待が大きい制度だと考えます。

「産後ケア」利用者はごくわずか

出典/令和2年9月産後ケア事業の利用者の実態に関する調査研究事業報告書(厚生労働省)

令和元年度(2019年度)時点では、出生数に対して利用者はごくわずかという状況です。

――具体的にはどのようなサービスが受けられるのでしょうか?

宋 申請方法などは市町村によって違うようですが、対象者と認定されれば、産後のママの体と心に関するサポートや、授乳のサポート、育児相談といったサービスが受けられます。

サービスは必要に応じてアウトリーチ(訪問)型・宿泊型・デイサービス(通所)型といった形で行われ、市町村からサービスを委託された産後ドゥーラなどの民間事業者を利用する場合もあるようです。

現段階では、申請しても対象外とされてサービスが利用できなかったという人や、実費で民間施設のサービスを利用すると、高額で手が出せないという人もいるようです。
1990年代も今も、しんどい産褥(さんじょく)期は多くの人が家族などの手を借りて、なんとか乗りきっているのが実情でしょう。

費用が全額助成となれば、小規模の産院が産後ケアに力を注ぐのではないかと推測します。そうなるとサービスの質や内容はより充実し、利用者もぐっと増えるのではないでしょうか。
今後、事業が定着すれば、ママや赤ちゃんに喜ばしい制度になると見ています。

「産後ケア」の発展には人材育成が急務

セミナーに参加するアジアの医療従事者
●写真はイメージです
kazuma seki/gettyimages

――産後ケア事業がさらに発展し、より多くのママや赤ちゃんに喜ばれる制度となるためには、どのような課題があると思われますか?

宋 今までの「産後ケア」は、民間施設によるサービスの提供が中心です。産褥期のママや赤ちゃんへのサポートは、各施設の考え方や思想のもとで行われているようなので、ママたちが得られる情報や費用などに違いがあり、一本化されていません。

たとえば、「人間に本来備わっている治癒力」を重視する施設であれば、その考え方を大事にした情報やサービスなどが提供されるといった具合です。
全国的に同質の情報とサービスが提供できるように、まずは適切な知識を持つ人材をしっかり育成することが急務ではないかと思います。

無痛分娩は希望者の増減の二極化もあり得る

医師は、予防接種の注射器を準備します。
●写真はイメージです
Natali_Mis/gettyimages

――出産費用の保険適用は、無痛分娩にも影響するでしょうか?

宋 出産費用の保険適用が実現するかしないかで、無痛分娩の未来も大きく変わると考えています。

無痛分娩も保険適用となれば、さらに普及すると思います。大規模病院であれば、24時間体制で麻酔科医を配置しやすいと考えられるので、無痛分娩が行われやすいぶん、件数は増えていくかもしれません。
でも、もし無痛分娩の保険点数が低く設定された場合は、取り扱う病院は激減するのではないでしょうか。保険適用次第で二極化するとも考えられますが、現段階でそれを読み解くのは難しいですね。

――医療施設の診療報酬が少なくなって医療サービスの提供に影響が出るからでしょうか?

宋 たとえば、仮に無痛分娩よりも心臓疾患がある人に麻酔を行ったほうが保険点数が高く設定されていたら、後者のほうが医療施設の診療酬は多くなるので、産科麻酔に力を入れようという病院や、スキルを身につけようとする麻酔科医は増えにくいのではないでしょうか。
今でさえ産科麻酔科医は人材不足で、専門医を育成しているところです。さらに、無痛分娩の診療報酬が少なくなってしまったら育成もできなくなります。

とはいえ、無痛分娩の保険点数が高く設定されたとしても、「出産は病気じゃないのに、どうして無痛分娩の費用を保険加入者から徴収した保険料でまかなわなきゃいけないの?」などという不満の声も上がるかもしれません。

――では、無痛分娩が保険適用外となったらどうでしょう?

宋 無痛分娩にかかる費用は、自然分娩にかかる費用に加算される形になり、プラス25万円程度の費用がかかる病院もあります。
全額自己負担となった場合、おそらく希望者はそれほど多くないのではないでしょうか。

アフターコロナの立ち会い出産は増加に転じると予測

彼の妊娠中の妻の肩をこすり認識できない男
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Prostock-Studio/gettyimages

――立ち会い出産はこの30年で増加傾向でしたが、新型コロナウイルス感染症のまん延の影響で大きく減少しました。

宋 コロナ禍での立ち会い出産は、陣痛でいきみを逃す呼吸法をするときに飛沫が飛んだり、体液が飛散したりすることなどもあるため、多くの病院で制限されました。両親学級や里帰り出産、入院中の面会なども実施しなかった病院が多かったうえ、新型コロナウイルス感染症に関する情報も少なかったので、ここ数年の妊婦さんは大きな不安をかかえながら出産に臨まれたことと思います。

日本で立ち会い出産が広まったのは1960年代以降と言われていますが、厚生労働省が支援する研究事業の一つ「母親が望む安全で満足な妊娠出産に関する全国調査」では、夫の立ち会い出産は2006年で39%、2012年では59%と確実に増えていました。
1980年ごろからは、立ち会い出産ができる病院も増えてきて、夫だけでなく、生まれてくる赤ちゃんのきょうだいの立ち会いも受け入れる病院が出てきました。
コロナ禍前であれば、立ち会い出産は一部の病院を除き、希望すれば多くの病院でかなえられたことでしょう。

新型コロナまん延を機に立ち会い出産は半減

出典/「たまひよ妊娠・出産白書2021」インターネット調査、全国、対象者20~39歳の女性、0~18カ月の子どものいる母親 調査サンプル数=2060

立ち会い出産をした割合は2017年で68.3%、2018年は68%、2019年では71.2%と上昇傾向にありましたが、コロナ禍の2020年は63.7%に低下。緊急事態宣言解除前後の2020年5月~10月は36.6%とコロナ前に比べ半減しました。そのうち、オンラインで立ち会ったと回答した人は3.2%という結果でした。

――2023年5月、新型コロナウイルス感染症の感染症法の位置づけが2類相当から5類になりました。立ち会い出産にも変化があるのでしょうか?

宋 現段階では、夫1人のみ立ち会い可能としたり、時間制限を設けたりする病院、立ち会い出産を再開したりするケースなど、病院の方針によって違いがあるようです。
今後の感染状況によって変更になることは考えられますが、制限を緩和する方向で調整されていくでしょう。

――今後の立ち会い出産はコロナ禍前のように希望者は増えますか?

宋 立ち会い出産をするかしないかは、妊娠中から夫婦でしっかり話し合い、希望する場合は出産について学ぶことが大切です。
立ち会い出産を希望しない夫婦もおられますし、希望してもタイミングが合わず立ち会いがかなわないこともあります。希望がかなった妊婦さんにとっては、夫などの励ましやサポートがあることは心強く、安心感も得られることが多いのではないかと思います。
また、「大変な出産を乗り越えた妻を尊敬した」「命の誕生に感動した。立ち会ってよかった」といった夫の意見も多いです。状況が落ち着いたら希望者はコロナ禍前のように増えていくでしょう。

――2022年4月、育児・介護休業法の改正で育児休業の制度が変わり、夫も仕事を休みやすくなりそうな期待が持てます。立ち会い出産にも変化があるでしょうか?

宋 産後すぐのママの体は満身創痍です。さらに、ホルモンの急激な変化などが影響して心にも大きなダメージを受け、産後たった数時間で一時的に更年期になったような状態になります。
パパの育休取得が普及すれば、産後の育児も家事も夫婦で協力して行う生活スタイルがもっと広がることが予想されます。

立ち会い出産で父親としての自覚が生まれ、そういったライフスタイルがスムーズに実現するという夫婦も増えるかもしれません。

図版提供/厚生労働省 取材・文/茶畑美治子、たまひよONLINE編集部

●記事の内容は2023年6月23 日の情報であり、現在と異なる場合があります。

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