「市販のベビー服は大きすぎて涙が…」子どもを亡くしたママが少しずつ前を向けるように。『天使のブティック』の思い
神奈川県の自助グループ「天使のブティック」が作っているベビー服は、赤ちゃん用品のお店に並ぶかわいらしいベビー服とは違います。ママのおなかの中で亡くなってしまったり、小さく生まれて短い生涯を終えた赤ちゃんをお空に送り出す時のために、かつて同じ経験をした“天使ママ”たちが手作りする、小さな小さなベビー服です。
市販のベビー服では大きすぎて、送り出す時に悲しみが増してしまうから――。「天使のブティック」は、グリーフケア(死別の悲しみを抱える人への支援)という言葉が日本でよく知られるようになるずっと前から、草の根の活動によって、悲しみにくれる赤ちゃんのご家族にそっと寄りそってきました。初期から活動を続けてきた代表・泉山典子さんと竹縄晴美さんにお話を聞きました。
活動開始からの天使ママの登録メンバーは延べ約330人
――2001年に泉山さん1人で始まった「天使のブティック」の活動ですが、最初は泉山さんの亡くなったお子さんから名付けた「和人(かずと)のブティック」というお名前だったそうですね。
泉山さん「そうですね。私は自宅でお洋服を作ることに専念していたので知らなかったのですが、この活動の発案者である神奈川県立こども医療センターのソーシャルワーカーのFさんが、“和人のブティック”の名前で赤ちゃんのご家族にお渡ししていたようです」
――その後、竹縄さんがメンバーに加わって「天使のブティック」という名前に。今は100名超のメンバーが実際の活動に参加しています。
泉山さん「活動に参加するうちに心が落ち着いて自分の生活へと戻るママ、次の出産のために卒業されていくママがいる中で、『名簿に名前は残しておいてほしい』『いつかまた参加したい』というママもいるので、今もスタッフとして登録してくださっている方は170人ほどいます。
コロナ禍では月1回の作業日をしばらく中止して自宅作業に切り替えていましたが、2023年の5月から再開したので、月に1、2人ほど、新たに参加される方がいます。活動費は今も全て病院やベビー服を差し上げたご家族、ロータリークラブなどの寄付でまかなっているので、皆さんには会費は一切いただいていません」
――現在、ベビー服は病院での提供のみですか。
泉山さん「昔は個人の方にも、ご連絡があれば差し上げていたのですが、対応できないくらい多くのご依頼をいただいてしまって。なにぶん、赤ちゃんをお見送りするために急ぎでご用意しなければいけないお洋服なので、なかなか対応できなくて…。そのため、今は私たちのお洋服を置いてくださるというご連絡をいただいた病院にのみお送りして、使っていただいています」
“同じ仲間がいる”と、ベビー服を通じて伝えたい
――現在、「天使のブティック」のベビー服を置いている医療機関は130以上。「天使のブティック」の設立当初は、少しでも多くの医療関係者に知ってもらえたらと全国の学会に参加してアピールされたこともあったそうですが、その取り組みが今につながっているのでしょうか。
泉山さん「あの当時は、活動を続けるうちにスタッフが増えて製作枚数も増えたので、神奈川県立こども医療センター以外に使っていただける病院を探していました。日本未熟児新生児学会(現・日本新生児成育医学会)という学会の、看護師さんが集まって日ごろの研究などを発表する『新生児看護学会』で展示場所を提供していただけたので、自費で各地を回り、私たちの小さいお洋服を展示しました。『私たちが作っています。もし使ってくださるならご連絡ください』とお知らせしたところ、NICUで働く看護師さんに少しずつ広がっていきました」
竹縄さん「ただ、その病院の看護師さんたちに一時ご理解いただいていても、しばらくすると異動などで人員が入れ替わって、またゼロに戻ってしまうことがあります。私たちのベビー服は天使ママの当事者である私たちが作っているからこそ、退院した後もつながりを持って、その先に進める可能性のあるベビー服です。天使ママのケアをしていただくできるだけ多くの看護師さんたちに、もっとこの活動を広めていきたいと思っています」
泉山さん「そうですね。ただ小さなベビー服を提供するというだけでなく、“同じ仲間がいる。赤ちゃんも、ママも1人じゃない”ということを感じていただくことが、意味があることだと思っています」
深い悲しみを、ゆっくり癒してほしい
――お二人から天使ママさんにメッセージがありましたら、お願いします。
竹縄さん「本当につらいことですが、『つらかったんだよ』と声を出すことで、実は周りにも同じ経験をした天使ママがいたというケースがたくさんあります。勇気を出して一声かけてみると、自分は一人じゃなかったんだと思えるかもしれません。ゆっくりでもいいので、なんとか前に進んでほしいなと思います。もちろん、私たちの『天使のブティック』に来ていただくのも1つの方法だと思います」
泉山さん「子どもを亡くすということは、経験した人にしか分からないと思うのですが、本当に心にぽっかり穴が開いて、とてもつらい出来事です。そこから心を癒していく、前向きに考えていく方法は、その人それぞれです。自分で頑張って頑張って、少しずつ普通の生活に戻っていく人もいますし、自分の出来事を誰かに聞いてほしいという思いでお話の会に参加したり、同じような経験をした方々に何かしてあげたいという気持ちで私たちの『天使のブティック』のような自助グループに参加する人もいます。
まだインターネットがそれほど普及していなかった20年前、子どもを亡くした当事者の方々が体験を語る『誕生死』(三省堂)という本が出版されました。この本で、あの頃どれだけ子どもを亡くした私たち親が慰められたことかわかりません。今はグリーフケアの大切さが知られるようになり、インターネットを探すといろいろな会がありますし、SNSで天使ママたちとつながりを持つこともできるようになりました。天使のブティックもその1つですが、その人なりの方法で、一歩ずつ自分らしく歩いていってほしいと思います」
お話/天使のブティック代表 泉山典子さん、竹縄晴美さん 取材・文/武田純子、たまひよONLINE編集部
●この記事は個人の体験記です。(記事に掲載の画像はイメージです)
●記事の内容は2024年2月の情報で、現在と異なる場合があります。
天使のブティック
神奈川県立こども医療センターのソーシャルワーカーの発案で、2001年に活動を開始。代表の泉山典子さんを中心に、赤ちゃんを亡くした「天使ママ」のメンバーが月に1回集まり、手作りのベビー服を製作して全国の医療機関に配布している。