言葉は発しないけれど、タブレットで長編の作品を書く長男。学びたい気持ちに寄り添い続ける母【重度自閉症体験談】
3歳のとき、重度の自閉スペクトラム症(以下自閉症)で重度の知的障害の疑いもありと診断された内田博仁(はくと)さんは、現在16歳(高校1年生)。言葉は話せませんが、母親の敦子さんと二人三脚で、キーボードで言葉を入力する練習を根気よく続けたおかげで、小学生のころから文学賞を受賞するほど高い表現力を身につけています。
16年間の日々を敦子さんに聞く全3回のインタビューの3回目は、博仁さんが長文の文章を作れるようになるまでのことや、今後の目標などについてです。
7歳のとき初めて作った詩が受賞。さらに「書きたい」という気持ちに
――博仁さんは6歳のとき、初めてキーボードに単語を入力しました。文章を打てるようになるまでは、その後どれくらい時間がかかりましたか。
敦子さん(以下敬称略) まず、物の名前を入力する練習をたくさんしました。これはスムーズに進んだのですが、自分の気持ちを言葉にするのはかなり苦戦。「勉強するのはどんな気分?」など、答えやすい質問を根気よく続けるうちに、「楽しい」「好き」など自分の気持ちを表現できるようになりました。
6歳6カ月ごろには、「べんきょうがすき」など二語文が打てるようなり、その2カ後には三語文も打てるように。初めて打ったのは「てつだいをさせてもらってうれしかった」。ゆっくりですが着実に、博仁の文章力・表現力は伸びていきました。
長い文章を入力するには電子手帳だと不便なので、9歳ごろからはタブレットを使っています。
「頭の中にある詩」を文字で入力
博仁さんが生まれて初めて作品として仕上げたのは詩でした。それをコンクールに応募しました。
――博仁さんが初めて作品を作ったときのことを教えてください。
敦子 学習教室の障害児クラスに通っていた7歳ごろ、教室の先生が「自己表現力コンクール」があるから応募をしてみないかって誘ってくれたんです。
ちょうどそのころ、頭の中で詩を作っていることを私に教えてくれていたので、「いい機会だから、頭の中にある詩を作品に仕上げてみようよ!」と博仁に提案したんです。
博仁は頭の中にある単語を、日々キーボードに打ち込み、その文字をつなげていきました。1日1語くらいずつ、約1カ月かけて仕上げました。タイトルは『みんなだいすき』。博仁が生まれて初めて世に送り出した作品です。
――その詩がコンクールで見事受賞しました。
敦子 「受賞しました」という電話連絡をいただいたときは、夢を見ているような気分で、電話を持ちながら飛び上がってしまいました。知的障害があると言われていた博仁が詩を書いて、それを専門家に評価してもらえる日がくるなんて!
そのうれしさや感激は、とても言葉では表現できません。
夫も両方の両親も「博仁はすごいね!」「すてきな詩だね」と大絶賛でした。
『みんなだいすき』
あいやおだやかさが
おおきなえをえがく
ぱわーはおおきなやさしさをたすける
あおいうそはきぼうがいやしてくれる
たいようがてらすいえは
おおいあいをいやして
ふぉろーしてくれる
おそとにさがしていった
うれしいらいおんさんが
たのしくさけんでる
たかいあいがぱわーをだす
あおいあいがさいこうのそらをえがいてくれる
いえをでてもあたたかい
たいようがあった
そとにもあいが
あることをしった
――受賞を喜んでくれる家族の姿を見て、博仁さんはどのような様子でしたか。
敦子 すごくうれしそうでした。といっても、自閉症の特徴で感情をそのまま表情や態度に表すことはできません。でも、タブレットに打ち込まれた「うれしい」の文字に、博仁の大きな喜びが込められているのを感じました。
自分が文章をつづることでこんなにほめられるんだ、自分の文章を読みたいと思う人がいるんだ、と実感できたことは、息子の学習意欲を刺激するとともに、大きな自信につながったと思います。
それからは博仁が何か文章を作るたび家族に紹介し、博仁を含めた全員で喜んだり、共感したりしています。
知識と表現力を高めたい息子のため毎日朗読。今読んでいるのは『戦争と平和』
――博仁さんは小学校5年生のとき、「将来の夢は小説家」と発表しました。
敦子 クラスのイベントで「2分の1 成人式」があり、1人ずつ将来の夢を発表することになりました。博仁はみんなと同じようにその場で発表することはできないので、事前にタブレットに入力。文字を入力する様子を先生が撮影してくれ、イベント当日、スクリーンに大きく映してくれたんです。
真剣そのものの表情で文字を入力する姿は、同級生が知っているいつもの博仁とは全然違います。その姿を知ってもらえる機会をいただけたことが、とてもありがたかったです。もちろん、将来の夢を発表できたことも・・・。スクリーンの横にいた博仁は、うれしさのあまり、飛んだり跳ねたりしていましたが。
――全国の自治体などが主催するエッセーや作文のコンクールで、博仁さんはこれまで9つの賞を受賞しています。
敦子 博仁は本当に文章をつづることが好きで、自分を表現できる唯一の方法だと考えています。書きたいことがたくさんあるんだと思うんです。だから参加できるコンクールがあれば、積極的に応募するようにしています。
――博仁さんの「書きたい」という気持ちをサポートするために、敦子さんがしていることはありますか。
敦子 博仁は自分の知識と表現力を高めるために、たくさんの本を読みたいと望んでいます。でも、自分では本を読めません。じっとしていられないので、文字を目で追うことが難しいんです。音読された言葉を聞いて理解することはできるのですが、私の声だとよりスーッと内容がはいっていくようですので、市販の朗読教材などは使っていません。これは博仁だけじゃなく、重度自閉症の子にはよくあることみたいです。
だから博仁が読みたいと思う本は、私がせっせと読み上げています。今は博仁が高校から帰ってくる15時ごろから1、2時間、朗読するのが日課。読んだあとはどう感じたか質問し、感想を博仁がタブレットに打ち込む、というのを繰り返しています。
最近読んでいるのは、トルストイの『戦争と平和』。戦争について調べ始めた博仁のために、先生がすすめてくれた本なのですが、あまりにハードルが高いんじゃないかと気になって、「つまらなかったら無理しなくていいよ」と言ってみました。ところが、博仁からは「すばらしい本です」「おもしろいです」と返ってきました。
私は読んでいる途中で、ストーリーの人間関係がわからなくなることもしばしば。そのたび「この2人はどういう関係だったっけ?」と博仁に質問すると、即座に「きょうだいですよ」などと答えてくれます。ちゃんと内容を理解しているんだなあと感心します。
自分と同じ境遇の子どもたちの思いを世の人に知ってもらう。それが息子の目標
――博仁さんは、中学3年生のときに応募した「第15回子どもノンフィクション文学賞」で優秀賞を受賞。この作品では戦争に行った大叔父の人生をたどっています。博仁さんの現在の夢も「小説家」ですか。
敦子 文章をつづって作品を世に出したいという夢は今も変わりません。でも、想像の世界を描く小説家ではなく、ノンフィクション作家になりたいようです。
博仁が14歳のときに書き、「第14回子どもノンフィクション文学賞」の選考委員特別賞をいただいた作品「闇の中から扉を探して」の中でも、こう書いています。
「僕の夢は僕の仲間達が皆と同じように教育してもらえる未来を作ること。(中略)僕も怖がらずに勇気と誠実さをもって文章を綴り続けよう」
博仁のように重度の自閉症で言葉を話せない子は、考えていることと表情や表面的な行動に大きなギャップがあり、何を考えているのか、何を求めているか、周囲の人に理解してもらえないことが多々あります。また、博仁のように知的障害があると診断された子どもの中には、実は学習意欲が高く、知性を高められる可能性のある子がいるかもしれません。
自分と同じような境遇の子どもたちの声にならない声を、言葉にして世に送りたんだと思います。それを自分の使命だと感じているようです。
一人一人の特性に寄り添った教育ができたら、力が伸びる子はきっといるはず
――博仁さんが感じているように、重度の自閉症の子どもが適切なサポートや教育を受けられる体制はまだ不十分だと、敦子さんも考えていますか。
敦子 療育や学校の先生は、可能な限り博仁の特性を尊重したサポートや教育をしてくださったと思います。でも、課題がいろいろあるとも感じています。
子どもの能力や特性は一人一人違います。「この子はこのIQだからこのレベルの教育をする」という枠組みを取り払い、一人一人の個性に寄り添った教育ができるようになったら、障害のある子どもたちの力をもっと伸ばすことができるんじゃないかなという気がします。
言葉を発することができない博仁は、キーボート入力による表現方法を手に入れることができました。自閉症児の文字入力によるコミュニケーションは、日本ではまだあまり知られていないそうです。
博仁のように、キーボード入力で世界が広がる子どもがきっといると思うんです。博仁は自分が作品を発表することで、そのことも多くの人に知ってもらいたいんじゃないかと思います。
――博仁さんは現在16歳。あと数年で成人となります。親として今後の希望や目標などはありますか。
敦子 日々の課題や目の前の目標をこなすのに必死で、成人になったときの博仁のことを考える余裕は正直ありません。めざす道に向かって努力している博仁を精いっぱいサポートしてあげたい。それが、息子のすばらしい未来につながることを信じています。
お話・お写真提供/内田敦子さん 取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部
自閉症は表情や行動で意思を伝えることが難しく、周囲から理解されないことがあります。博仁さんは自閉症の子どもが感じていることを多くの人に知ってもらいたいと願い、日々、表現力を高める練習をしています。その目標をかなえるために、母親の敦子さんは博仁さんに常に寄り添い、サポートを続けています。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2024年10月の情報であり、現在と異なる場合があります。