「助けられてばかりだったから、これからは恩返しをしていきたい」リウマチ、がん、しびれを乗り越え、第2子を出産したママ体験談
千葉県に住むRisaさんは、第1子の産後1カ月で、体に謎の痛みが出るようになり、それが一生つき合っていかなければならないリウマチと判明。その後、甲状腺がんにかかり病を乗り越えながら、10年ぶりに第2子出産を果たしました。現在は、ネイリストとして自宅でサロンを開いているRisaさんに、これまでのことを振り返りながら、病気の発症や治療のこと、再婚を経て2人のお子さんの子育てなどについて聞きました。全2回インタビューの後編です。
甲状腺がんで10時間にも及ぶ手術。その後、出会いが…
首の腫(は)れについて、都内の病院でセカンドオピニオンをうけたところ、甲状腺がん(甲状腺乳頭がん)が判明し、手術が必要だと言われたRisaさん。そのころ娘さんは4歳。保育園の年中さんでした。
「予後がいい病気と言われても、やっぱりがんなので、精神的におかしくなってしまいそうでした。娘は小さいし、ひとり親だし。私が死んじゃったらどうしようと考えたら、パニックになっちゃって。母に感情をむき出しにしちゃうこともありました。母はそんな私に『娘ちゃんにはあなたしかいないんだから、生きるしかないのよ!』みたいな感じでした。母なりの励ましですね。
手術はあまり待たずに行うこともできたんですが、娘の運動会があったので、そのあとにしてもらうことにしました。延ばすことに不安もありましたが、進行が遅いがんと聞いていたし、術後の様子もわからないので、娘の行事にかからないようにしてもらったんです。
そして受けた手術なのですが、当初6時間くらいと言われていた手術は10時間くらいかかったそうです。開けてみると、思っていたよりがんが広がっていたらしく、腫瘍も6㎝ほどあり、周囲のリンパ節もかなり切除して、神経も取り、副甲状腺は全部取ったそうです。
手術後は気管切開もしていたんですが、私は目が覚めたとたん、その状況にもうパニックになってしまって。声が出ないし、呼吸も苦しいし。すごくショックでした。
そんな中、病院に付き添ってくれていた母が連絡してくれて、術後の病室で娘と姉に会えました。でも、声も出せないし、管にたくさんつながれているし。娘もショックだったようで、私の前では泣かなかったんですが、姉と自宅に戻るときは、ずっとポロポロと涙を流していたそうで、すごく怖い思いをさせてしまったなと思います」(Risaさん)
そこから約1週間で退院。それからはしばらく2週間に1度の通院、その後は1カ月に1度通院を続けたそうです。
「気管切開の穴って1~2カ月くらいは閉じないんで、退院がすごく不安でしたね。寝てる間に、急に呼吸が止まったらどうしようって。不安で、夜もなかなか眠れなかったです。
動いたほうがいいんだろうなと思って、なんとか散歩だけはしていたんですが、腕を上げる神経も手術で取っていたので、当時は腕も上げられないから、着替えもできないし、おふろで髪を洗うこともできなかったんです。今はもう普通に上げられるようになっているんですけれど、あの時はこの先大丈夫なのかと思っていましたね」(Risaさん)
その後は放射線治療を1年ほど続け、現在は年に1度の検査を受けているそうです。
その後、Risaさんはある男性とのおつき合いを始めました。
「10代のころからの友人で、私が一方的に話しているからかもしれませんが、すごく聞き上手な人ですね。
おつき合いが始まる前に、娘を1度会わせてみようと思ったんですが、もう小学校4年生だったので、いきなり3人で出かけて勘違いされても困るなと思って、私の母と姉も一緒に出かけたんです。
娘は実の父親にも会ったことがないので、男の人があまり得意じゃないんですけど、彼には最初からすごく懐(なつ)いていて。その後、何度か3人で遊んだあと、娘に「ママが彼とつき合うのはどうかな?」と聞いたら大賛成してくれたので、おつき合いを始めました。出かけるときはいつも娘も一緒。彼と娘はもう友だちみたいに過ごしています」(Risaさん)
その後、娘さんも一緒の同居が始まり、子どもができたら結婚しようということになったという2人。しかし、そのためには1つしなければならないことがありました。
「リウマチの薬の変更です。リウマチの薬って、妊活中や妊娠中は使用できないものがほとんどなんです。だから、子どもを望むなら、それまで飲んできたリウマチの薬をやめて、妊娠中も使える薬にする必要があったんです。
そこで、主治医にお願いして薬を変更してもらったんですが、その薬の重大な副作用としても挙げられている、脊髄炎を起こしてしまったんです。その影響で、皮膚の感覚がなくなったり、口や足もまひしたりして、歩行が困難になり、入院しました。
入院中はステロイドの点滴と飲み薬を併用しながらの治療でした。しびれの症状は解消されて1週間ほどで退院したんですが、その後も、皮膚はずっとチクチクしていて変な感じだし、おふろに入っても温かいお湯のはずなのに、右足だけはすごく冷たく感じるんです。今も、皮膚の一部にはそのしびれの感覚が残っていますね。
もしかしたら、脊髄炎ではなく、難病指定の多発性硬化症という感覚異常や歩行障害を繰り返す病気の恐れもあると言われました。その心配もあったから、もう結婚はできないかなと思い、彼にもそう伝えたんですが、彼は「病気でも一緒にいよう」と言ってくれ、精神的にすごく支えてもらいました。
娘も心配性なので、今回の入院もとても心配してくれていましたが、何よりとても明るい子なので、娘の明るさに私も助けられていました。
幸い、ステロイド治療で脊髄炎もよくなり、リウマチの症状も落ち着いていたので、妊活中はステロイドを飲みながらリウマチ症状をコントロールしていくことになりました」(Risaさん)
さまざまな困難を乗り越え、第2子を妊娠
そして、Risaさんは、10年ぶりに待望の第2子を妊娠。妊娠と再婚を、10歳になった娘さんに伝える日がきました。
「娘には、リゾートホテルで妊娠を伝える手紙を渡したんです。すると、読みながら娘が大泣きして喜んでくれて。娘にはそれまで『きょうだいが欲しい』と言われ続けていたので、娘も念願がかなったのだと思います」(Risaさん)
リウマチの既往症があるということで、大学病院に転院することになったものの、無事に出産を迎えました。前回は2日間、陣痛に耐えた出産でしたが、今度は4時間のスピード出産。Risaさんは2人のママになり、一人っ子だった娘さんはお姉ちゃんになったのです。
「リウマチの症状がどう出るか心配だったんですが、ステロイドを服薬したことで、妊娠中も産後も、問題なく過ごすことができました。
1人目はシングルで産みましたが、今回はパパがいてくれて、妊娠中も産後も心強かったです。あとは、出産後に両家からお祝いしてもらえるというのも初めての経験で、とてもうれしかったですね。
10年ぶりの1からの子育てにはやっぱり不安はありましたけどね。夜寝られないことに耐えられるかなとか、ストレスでリウマチの症状が悪化しないかなとか。ただ、薬が効いていたのか、ストレスだと思っていなかったのか、どちらも意外と大丈夫でした。
娘は退院のとき、初めて弟と面会したんですが、もうずっと『私が抱っこしたい』、『ミルクも私があげたい』って、赤ちゃんを離さなかったです(笑)。今も、おふろにも入れてくれるし、寝かしつけもしてくれるし、パパより気が利く(笑)。本当にママがもう1人いるみたいに戦力になってくれています。
ただ、年齢が10歳も離れているのに、普通にケンカもするんです。そこは本当に『何歳を相手にしてると思ってるの!』とも思いますが、普通にきょうだいなんですよね」(Risaさん)
いろいろな困難を乗り越えて、今、幸せに暮らしているRisaさんが思うこととは――。
「今は2人とも健康に過ごしているのですが、私自身が病弱なので、将来の心配がないと言えばウソになります。でも、私自身が、シングルマザーとか病気とかいろんなことを経験しているからこそ、2人のこれからの人生で助けられるところもあるかもしれない。
それに、私も、姉や母を始めとして、友だちたちにものすごく支えてもらってきたんです。だから、2人にも困っている人がいたら、助けられるような子になってほしいと思いますね。
もしシングルマザーの方がいたら、とにかく遠慮しないで、大変なところは絶対に助けてもらったほうがいいです。病気のママさんもそう。弱っているときは無理をしないで、元気な人に頑張ってもらって、何とか乗り越えてほしい。身内でなくても、公共のサービスでも頼れるところはありますし、とにかく1人で頑張らないで!と伝えたいです。
私も周囲に本当に助けられてばかりで、みんなには感謝をしてもしきれません。これからの人生で、恩返しをしていきたいと思います」(Risaさん)
お話・写真提供/Risaさん 取材・文/藤本有美、たまひよONLINE編集部
「私は本当にまわりの人に恵まれているんです」と話していたRisaさん。甲状腺がんで入院していたときは、娘さんがさみしくないようにと、お子さんのいる友人がお泊まりをさせてくれたり、お見舞いに来てくれて一緒に泣いてくれたり。娘さんだけでなく、そういう友人の存在にも励まされてきたそうです。たくさんの困難はあったけれど、それを乗り越える力を周囲にもらい、そしてそんな力を集められる魅力の持ち主であるRisaさん。家族4人でこれからも幸せに過ごしてほしいと願っています。
Risaさん(りさ)
PROFILE
千葉県在住の35歳。2児の母でネイリスト。22歳のときに未婚で長女を出産し、産後1カ月で産後リウマチを発症。治療を進める中、25歳で独立開業。26歳で甲状腺がんを発症。その後、長年の友人と結婚を前提とするおつき合いがスタート。妊娠・出産を見据えてリウマチの薬を変更するなどした結果、念願の妊娠。31歳で長男を出産。現在は、夫、中1の長女、3歳の長男と4人暮らし。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●掲載している情報は2026年1月現在のものです。


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