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双子の男の子を出産、中川翔子。「人生の第2章のページがめくられた。守らなきゃならないものができた」という気持ちに

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2025年9月30日に無事に双子の男の子が誕生。直後の感想は、「無事に双子が生きてる!生まれた!かわいい!」だったそう。

2025年9月30日に双子の男の子を出産した “しょこたん”こと中川翔子さん。初めての育児に戸惑うことも多いそうですが、毎日すくすく育つ双子のきょうだいの成長が、とってもいとおしいようです。そんな中川さんさんに、改めて妊娠期間中や出産時のことを振り返ってもらいました。全2回のインタビューの前編です。

兄が誕生した直後、安堵したのもつかの間。3分後に弟が誕生!

翔子さん自作のイラスト。双子ちゃんが誕生した直後の様子がよくわかります。

――2025年9月30日に双子を出産されたときのことを聞かせてください。

翔子さん(以下敬称略) 妊娠がわかってから日に日に大きくなっていくおなかを見ながらも、「自分が赤ちゃんを産む」ということが不思議でたまりませんでした。帝王切開での出産だったので、生まれる寸前まで看護師さんがテキパキ働く姿を見ながら、「大丈夫だから」と自分に言い聞かせていました。帝王切開はどんどん進み、「今から出ますよ」と声をかけられても本当に?本当に生まれるの?と信じられない気持ちでした。

――Instagramには「帝王切開は一生忘れない景色」と書かれていました。

翔子 双子の産声を聞いた瞬間は、ここから私の第2章が始まったんだと、新たに人生のページがめくられた瞬間でした。ここからは子どもを守る人生がスタートしたんだ、と事実が目の前にぶわっとやってきた感じ。とにかく、とても不思議な感覚でした。

――お兄ちゃんと弟くんは何分差で生まれたのでしょうか?

翔子 3分差です。最初の産声を聞いてから3分後に「弟が生まれます」と言われ、「あ、そうか。もう1人生まれるんだ」とわれに返りました。

――誕生した赤ちゃんたちの様子はどうでしたか?

翔子 生まれてすぐに産声が聞こえない場合があるなど、ネットでいろいろと調べていたことがあってとても心配していたんです。でも、2人ともすぐに元気な産声を聞かせてくれたのでほっとしました。その瞬間、夫の顔を見たら私が泣く暇がないくらい大号泣していたので笑ってしまいました。とはいえ、私も夫のそんな姿を見ているうちに涙が出てきました。

妊娠初期から「この子たちは大丈夫」と確信していた

出産直後、両腕にしっかり2人の息子を抱っこする翔子さん。安心しているのかすやすや眠る双子ちゃんたち。

――誕生してすぐに赤ちゃんたちは抱っこできましたか?

翔子 すぐに抱っこさせてもらいました。あまりにも小さくてはかなくて、どうしよう~、と思いながらとても感動しました。誕生するまでは不安や、大変さが走馬灯のように頭の中を巡っていましたが、そのすべてが吹き飛ぶくらい「無事に生まれてきてくれてありがとう」という気持ちでいっぱいでした。

――2人の出生体重を教えてください。

翔子 ほぼ同じ体重ですが、兄が2628gで弟が2600gでした。実は妊娠がわかったときは胎嚢が1つしか見えなかったのでおなかの赤ちゃんは1人だと思っていました。でも、たまたま別の病院でエコーを見てもらったときに「双子ですね」と言われたんです。

――胎嚢は1つと思っていたところ、2つあると言われたときはびっくりしたと思います。

翔子 角度の問題で初めは1人しか見えなかったようです。先生からは、弟のほうの胎嚢は兄より小さいので厳しい場合もあります、と言われていました。でも私は「この子たちは大丈夫」という気がしたんです。実際、2人がほぼ同じ体重で誕生したので本当によかったです。

――出産までに病院の先生に言われて印象に残っている言葉はありますか?

翔子 妊娠中は、むくみなどいろいろとトラブルがあり、その度に落ち込んでいました。でも無事に2人がほぼ同じ大きさまで育ち、妊娠37週と3日で出産を迎えたときは、先生が「ここまでよく頑張りましたね」とほめてくれました。その言葉が本当にうれしくて、うれしくて。私と一緒に子どもたちが退院できたこともすごいことだなと思っています。

産後ケアに罪悪感をもつ必要なんてない!

生後1週間くらいのころの双子ちゃん。

――退院後、すぐに2人の赤ちゃんのお世話が始まったかと思います。翔子さんの体調は大丈夫でしたか?

翔子 妊娠後期からおなかが大きすぎてなかなか眠れず、そのころから毎日1時間半くらいしか熟睡できませんでした。眠いのに眠れない状態のまま出産を迎えましたが、これは産後のために体が準備をしているためと聞いたことがあります。本当かどうかはわかりませんが、退院後も傷口が痛くてなかなか熟睡はできませんでした。

――慣れない育児におなかの痛みもあり、大変でしたね。

翔子 お産入院中は看護師さんが赤ちゃんを預かってくれますし、ごはんも時間になると出てきます。でも自宅に戻ればすべて自分でやらないといけません。しかも、準備を整える前に入院をしてしまったので、自宅には開封できていない赤ちゃんグッズの山があることはわかっていて絶望していました。そこへ双子の退院に合わせて夫の両親が上京してくれて、すべて箱から開封し、すぐに使えるようにセットしてくれました。もうこの行動がどれだけありがたかったことか・・・。

――生後1カ月でお兄ちゃんは4035g、弟さんは3665gと順調に成長しているとのことですが、授乳で困ったこと、心配だったことはありましたか?

翔子 母乳も最初はなかなか出なかったし、おっぱいマッサージも痛すぎて大変でしたが、赤ちゃんの本能ってすごいなと感心しました。一生懸命母乳を吸う姿は忘れられません。心配だったことは、お兄ちゃんは生まれてすぐに母乳を飲んでくれましたが、弟は哺乳びんでないとなかなか飲めず、少し苦労したことです。でも看護師さんに飲ませる角度のアドバイスもらったり、搾乳機を利用したり工夫を重ねたことで2人ともよく飲んでくれるようになりました。

――退院してすぐに双子の育児が始まり大変だったかと思います。産後ケアなどは利用しましたか?

翔子 退院してすぐに1週間ほど利用をしました。そこで母乳ケアをしてもらったり、お世話全般のアドバイスをもらったりしました。続けて6時間ほど眠れるようにもなったのでそこから母乳もよく出るようになりました。退院してすぐは「大丈夫かな?」と漠然とした不安が押し寄せてきましたが、産後ケアを利用したことで多くの方に助けてもらって気持ちがだいぶ落ち着きました。

――産後ケアを利用することで罪悪感を抱くママもいると聞きます。

翔子 実は私も最初は罪悪感が少しありました。自分の赤ちゃんなんだから自分でお世話しないと、というような思いです。でも眠れなくてイライラしてメンタルが下がっていくよりも、看護師さんたちにアドバイスをもらいながら、赤ちゃんのお世話をしていくと気持ちが落ち着きます。
睡眠不足が解消されると母乳もよく出ます。そして、何よりも気持ちが前向きになり、助けてくれる方に心から「ありがとうございます」という言葉が出るようになりました。

“命のバトン”を受け取った2人の息子

翔子さんとお母さんの桂子さん。二男は翔子さんの赤ちゃんのころにそっくりだとか。

――2人の男の子のおばあちゃんになった翔子さんのお母さんは、男の子の初孫誕生をどんなふうに感じていますか?

翔子 私も母も家に男子がいたことが少なく女系家族だったため、最初に赤ちゃんの性別を聞いたとき、男の子ってどうしたらいいのかな?と心配していました。

でも今、母は「男の子の赤ちゃんがこんなにもかわいいなんて!」と積極的にお世話をしてくれるので本当に助かっています。
おしっこシャワーも浴びましたが、何度も・・・、お世話しているだけでかわいくてしかたがないようです。

――Instagramで赤ちゃんの顔を一部公開していますが、それぞれ個性があり、かわいいです。雰囲気も少し違いますね。

翔子 妊娠中、産院でも「一卵性なのでは?」と言われていたので、実は生まれたあとに顔を見分けられないと困るな、と思って小さなミサンガを用意していました。でも実際は、巨大な1つの胎盤は2つの胎盤が合体して見えていたものでした。ということで、二卵性の双子でした。お兄ちゃんは生まれてすぐに髪の毛がフサフサで目がパッチリ二重、夫に似ています。弟は薄毛で輪郭が私に似ているような気がします。

――パパとママそれぞれに似ているのですね。

中川 赤ちゃんって日々顔が変わるじゃないですか・・・。私の祖母や祖父にも似ている日もあったりして、本当に不思議です。赤ちゃんのうちは親戚の顔を一巡するというようなことを聞いたことがありますが、本当にそうなのかもしれないと思っています。
若くして亡くなった父の生きた証をつなぎたい、だから子どもがほしい、と思っていましたが、命のバトンが渡されたんだなとつくづく感じます。
まだ亡き父の墓前にはあいさつに行けていないので、春がきてあたたかくなったら2人を連れて報告に行きたいなと思っています。

――きっと翔子さんのお父さんも天国で喜んでくれていますね。

翔子 私は9歳のときに亡くなった父に、とてもこだわりをもってきたように思います。早く亡くなった父に、いない分、反抗期の気持ちをずっとぶつけていたけれど、結果的に父と同じ芸能界の道を歩むようになり、同じような仕事をするようになりました。自分の血の中に父の生きた証を感じていたのだと思います。

そして今、40歳で2人の男の子を出産したことで父を初め、亡くなった家族の生きた証を残せたような気持ちでいっぱいです。きっと喜んでくれていると思います。

――出産したことで翔子さんの中でいちばん大きな変化はどんなことですか?

翔子 妊娠するまでの私は自己肯定感が低く、少し後ろ向きの気持ちがありました。それが子どもを産んだことで子どものために長生きしたいという感じに変化しました。今はまだ母乳とミルクしか飲めませんが、これからはおいしいものを一緒に食べたり、旅行に行ったり楽しい思い出を増やしていきたいですね。中野に家族で昔から行っている思い出の中華料理屋さんがあるんです。双子たちともぜひ行きたいと思っています。

お話・写真提供/中川翔子さん 取材・文/安田ナナ、たまひよONLINE編集部

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「これまで自分軸だった人生が、子ども中心の人生に変化しました」と話す中川翔子さん。そしていつか翔子さんが声優を務めた「塔の上のラプンツェル」に出てくるパスカルのコスプレをして、一緒に作品を観たいと話してくれました。

PROFILE
1985年生まれ。東京都出身。歌手・タレント・声優・女優・イラストレーターと多方面で活躍中。2019年には著書『「死ぬんじゃねーぞ!!」いじめられている君はゼッタイ悪くない』を出版。父はミュージシャン・俳優の中川勝彦。2023年に結婚。2025年9月末に双子の男の子を出産。

中川翔子さんのInstagram

中川翔子さんのX

中川翔子さんのYouTube

●記事の内容は2026年1月の情報で、現在と異なる場合があります。

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