【医師監修】無痛分娩は本当に痛くない? メリットやデメリットを解説

麻酔薬を使って分娩の痛みを軽減させながら行う無痛分娩ですが、普通分娩(自然分娩)と比べてどんなメリットやデメリットがあるのでしょうか。どのような方法で行うのかなども正しく詳しく紹介します。
無痛分娩ってどんな出産方法?
麻酔薬を使って分娩の痛みを軽減させながら行う出産方法です。「硬膜外鎮痛<こうまくがいちんつう>(硬膜外麻酔)」または「脊髄<せきずい>くも膜下鎮痛を併用した硬膜外鎮痛<こうまくがいちんつう>(CSEA)」という方法を使って行うものが一般的です。
正確には、麻酔薬を使うお産=無痛分娩ではない、現在主流は「硬膜外鎮痛法(硬膜外麻酔)」と「CSEA」
近年、日本でも選択する人が徐々に増えてきたことで、「無痛分娩」の認知度は高まってきています。しかし、産院によって微妙に方法が違ったり、麻酔に対する否定的なイメージが残っていることなどもあり、いまだ古い情報や正確でない情報も広まっているのが現状です。
無痛分娩というと、現在「硬膜外鎮痛法(硬膜外麻酔)」または「脊髄くも膜下鎮痛を併用した硬膜外鎮痛法(CSEA)」という局所麻酔によるふたつの分娩方法が主流です。これは簡単に言うと「下半身にのみ麻酔薬が効く、お母さんにも赤ちゃんにも安全性の高い分娩方法」のこと。分娩の流れのどこで麻酔をスタートさせるかタイミングを図ることができ、痛みの度合いをまったくの無痛から、痛みを緩和する「和痛」までコントロールできるのが特徴です。
分娩時に麻酔薬を使う方法には以下のようなものもあります。これらは効果や安全面などから、現在ではあまり行われなくなっています。しかし、これらも無痛分娩(または和痛分娩)と呼ばれることもあり、現在主流の2つ「硬膜外鎮痛法」、「CSEA」の無痛分娩法と混同されている様子もあるため、注意が必要です。
現在はあまり行われなくなっている分娩時に麻酔薬を使う方法
まずはここから解説します。
吸入麻酔
亜酸化窒素(笑気)という麻酔薬を吸入することで、痛みや不安をやわらげる方法です。痛みを和らげる作用を強くするほど、眠気や吐きけ、誤嚥性肺炎といった副作用もあります。
静脈麻酔
静脈から麻酔薬を点滴で注入する方法。短時間の手術などで用いられることが多く、眠くさせて気持ちを鎮めるとともに痛みを和らげます。薬がお母さんの全身をめぐるため、お母さんの呼吸が弱くなるなど、お母さんや赤ちゃんに薬の影響が及びやすいリスクがあります。
筋肉注射
予防接種のように、麻酔薬を注射して痛みをやわらげる方法。薬を1回注入するという方法なので、静脈から注入するより痛みをやわらげるまでにかかる時間がゆっくりめで、効果が持続する時間が長くなり、調節がやや難しくなります。筋肉注射で注入した薬も結局は血液中に入り、体全体を巡ります。お母さんや赤ちゃんに薬の影響が及ぶリスクがありますが、静脈からの注入よりは副作用は少なくなります。
局所麻酔
「硬膜外鎮痛法」も局所麻酔の1つですが、ほかにも「神経ブロック」という方法があります。腟内から産道に麻酔薬を注射して、腟部分の痛みを感じさせなくする方法です。赤ちゃんが出てくる最終段階の強烈な痛みのみをやわらげます。硬膜外鎮痛法での分娩でも、補助的に使用することがあります。
硬膜外鎮痛法やCSEAの無痛分娩は、日本では地域によっては無痛分娩を行っている医療施設そのものが少なく、実施していても、妊婦さんの体の状態や医療施設の態勢や設備などによりできないこともあります。
硬膜外鎮痛法(硬膜外麻酔)、CESA(脊髄くも膜下鎮痛を併用した硬膜外鎮痛法)とは?
硬膜外鎮痛法(硬膜外麻酔)では、背骨の骨と骨の間に針を刺して細い管(カテーテル)を入れ、「硬膜外腔<こうまくがいくう>」というところに薬を注入します。分娩の痛みを感じる神経が集まっている場所に管を入れ、局所的に作用するように薬を注入するため、下半身にのみ軽く麻酔がかかった状態になります。そのため、子宮が収縮する感覚や赤ちゃんが生まれてくるときの感触はわかりますし、妊婦さんの力でいきむこともできます。
CSEA(脊髄くも膜下鎮痛を併用した硬膜外鎮痛法)は、硬膜外腔の奥にある「くも膜下腔」という場所にも麻酔薬を注入する方法です。くも膜下腔はより脊髄に近いため、硬膜外腔よりも麻酔が早く効くのが特徴です。すぐに痛みを取りたい場合や硬膜外鎮痛では十分に痛みが取りきれない場合に行うことが多いです。
無痛分娩と普通(自然)分娩のメリット・デメリットとは?
無痛分娩は、分娩の痛みを抑えられることで出産時の体力を温存でき、穏やかに過ごすことができるので、すべての妊婦さんにメリットがあると言えます。とくに痛みに弱い、不安になりやすい、体力がない(高齢妊娠など)妊婦さんには、メリットが生かせるでしょう。
施設によっては医療的な面から無痛分娩をおすすめすることもあります。麻酔の作用によって血圧の上昇を抑えることができるので、妊娠高血圧症候群を発症している妊婦さんは、無痛分娩が適していると考えられます。ほかにもパニック症候群、不安神経症などメンタルクリニックで診断・治療を受けている妊婦さんは、無痛分娩のほうが安心して出産できるでしょう。
無痛分娩と普通分娩(自然分娩)を比べた際、おもに、以下のようなメリット・デメリットが考えられます。
無痛分娩のメリット
・リラックスして穏やかな出産ができる
・出産後の疲労度が少なく回復が早い
・立ち合う家族が、出産をおだやかに見守れる
・計画分娩になる場合が多く、予定日を決めやすく、医療スタッフが十分な状況でお産ができる
・万が一緊急帝王切開に切り切り替わる際に、スムーズに手術に移行できる
無痛分娩のデメリット
・麻酔薬、陣痛促進剤や器具を使うなど、医療介入が多くなる
・かゆみや体温上昇など、麻酔による副作用が起こることがある
・医療処置によるリスクがまったくないとはいえない
・地域によっては実施している医療施設が少なく、産院選びが難しい
・硬膜外鎮痛は保険適用外のため、無痛分娩の料金が別途3~20万円ほどかかることが多い
普通分娩(自然分娩)のメリット
・痛みに耐え抜いた達成感が大きい
・自然な陣痛を待って出産することに満足感を得られる
・どの医療施設でも行えるので産院選びに苦労しにくい
・立ち合い出産を行える可能性が高い
・費用を抑えられる
・薬や器具を使うなどの医療介入が比較的少ない
普通分娩(自然分娩)のデメリット
・体力の消耗が激しく、産後の母体の回復に時間がかかることが多い
・痛みから不安が大きくなりやすい場合がある
・分娩中に過呼吸を起こすことがある
・分娩に対してネガティブなイメージが残る場合がある
・出産日の予定が立たない分、時間外分娩になる可能性が高い
「無痛分娩のリスク」とは?わかりやすく解説
日本でも無痛分娩を選択する人は増えていますが、それでも割合としては全体の分娩数の6%程度と言われます。その理由にはいろいろな要因があるものの、リスクが心配だからという人も少なくありません。無痛分娩のリスクとは何なのか、本当のところはどうなのかを解説していきます。
日本で無痛分娩の普及が遅れている理由
硬膜外鎮痛法やCSEAは、無痛分娩だけでなく手術や手術後の痛み止めのために、どこでもごく一般的に行われている麻酔方法です。しかし、日本では、「お産は痛いもの」という概念を変える無痛分娩に対して抵抗感を持ち、無痛分娩に反対する人もまだ少なくないようです。
日本での無痛分娩の普及率は、2016年の時点で分娩数全体の6.1%(日本産婦人科医会「分娩に関する調査」より)とかなり少数派。しかし海外ではすでに広く行われていて、とくにアメリカ、フランスでは、出産全体の70%以上、イギリス、スウェーデンでは60%以上がこの方法を選択しているというデータがあります。
2021年の現在では、もう少し普及率は高まっていると思われますが、それにしてもなぜ、日本では無痛分娩が海外並みに普及しないのでしょうか。
1つには、「我慢は美徳」と考える日本人特有の気質が分娩方法の決め方に影響を与えていると考えられます。妊婦さん自身の意識はもちろん、両親や義両親へ報告がしにくいなどもあるようです。もう1つは、無痛分娩中に起きた数件の医療事故が大きく報道された時期があり、その影響により、無痛分娩に対するリスクが必要以上に大きくイメージされている様子があります。
無痛分娩中に起きた医療事故とは
2017年、無痛分娩に関連する医療事故の報道が相次いだことがありました。その後、専門機関の調査で、報道された8件の医療事故のうち無痛分娩との関連が疑われるものを精査したところ、麻酔薬による合併症が原因と判断されました。
麻酔薬による合併症は、麻酔薬を誤った場所に注入したり、麻酔薬を過剰に注入するなどで生じていることが判明し、いずれも経験や正しい知識を持っていない医師による麻酔や、麻酔の管理が適正に行われていなかったことで生じていたことがわかりました。
これらの事故を受けて厚生労働省は、「無痛分娩の安全な提供体制の構築に関する提言」をまとめ、公開しました。また、各医療機関には、無痛分娩のための手法を詳細に記載したマニュアル作りやスタッフの研修、必要な院内の設備や医療機器、危機管理のためのシミュレーションなどを行い、管理を徹底するよう求めました。そのため、現在では、無痛分娩に対する危機管理レベルもアップしてきており、無痛分娩の経験を積んだ麻酔科医を置く医療施設も増えてきています。
リスクを含めて無痛分娩についての正しい情報を得ることはとても大事です。しかし、噂に惑わされ、必要以上にリスクを恐れることには意味がありません。無痛分娩か普通分娩(自然分娩)かにかかわらず、死亡を含む万が一のリスクは存在します。けれども、そのリスクを防ぐ体制がきちんと整っている医療施設を選べば、安心して希望する方法で分娩することは可能なのです。
医療技術の進歩とともに、より患者さんにやさしい医療が提供されるようになりました。歯科治療でも、昔は麻酔なしで虫歯を削るのが当たり前でしたが、今では麻酔を使ってつらい思いをせずに治療を受けられるようになっています。無痛分娩も同じです。医療の進歩に伴い、「我慢は美徳」という考え方は、過去の話となってきていると言えるのではないでしょうか。
取材・文/笹川千絵、ひよこクラブ編集部
無痛分娩に興味があっても、まだなんとなく抵抗がある人もいることでしょう。でもなんとなく…で避けてしまうのはもったいない! メリット・デメリットを正しく理解したうえで、無痛分娩も候補に入れて自分にあった出産方法を選びたいですね。