「毎日が必死」脳性まひの息子との10年間。いろいろな子がいることを知ってほしい、絵本に込めた母の思い(絵本『おなかのボタン』著者インタビュー)
今年1月に発売された1冊の絵本。『おなかのボタン』というタイトルがつけられたこの絵本は、脳性まひのお子さんをもつママ、平田エミさんが描いた作品です。この本の主人公、「おなかのボタン(=胃ろう)」がついているさっくんは、平田さんの二男がモデル。ただ、平田さんは当初さっくんの胃ろう造設に難色を示していました。それは、話すことも歩くこともできないけれど、なんとか口から食事はできていたさっくんから「できることを奪いたくない」という理由から。そんな平田さんに、息子さんのことや、胃ろう造設の前後で変わったこと、そして絵本にしようと思ったきっかけなどを聞きました。 全2回インタビューの後編です。
胃ろうを造設。すると息子に目に見えて変化が!
出産時に低酸素状態が続いた後遺症で、脳性まひになった平田さんの二男さっくん。自発呼吸もでき、口から栄養を取ることもできていましたが、飲み込む力が弱くて食事に時間がかかり、また体重もなかなか増えず、さっくんにとっても平田さんにとっても食事は苦痛になっていました。そんなとき、担任の先生の『さっくんにとって食事の時間が楽しくなるといいよね』という言葉にはっとした平田さんは、さっくんの胃ろう造設を決断。すると、さっくんの様子が目に見えて変わったと言います。
「まず、以前に比べて食べる意欲がでました。胃ろうからしっかり栄養を取れるようになったから体力がついて、飲み込む力も前よりついてきたので、食べる練習もしやすくなったし、口の動きが上手になったかなと感じます。あとは、体力がついたことで体調を崩すことも少なくなりました。
また、今までは『お口から食べるよ~』といっても、食事のそばにちらっと薬が見えるとすごく嫌な顔をしていたんですけど、今は、苦いお薬はおなかから入れるから口から飲まなくていい、口から食べるのはおいしいものっていうことを本人なりに理解しているみたいで、すごくうれしそうにするんですよね。
これまでは食べることは、薬とセットだったけれど、今はそうじゃない。今日はどんな味のものをお口から食べられるのかな?と、楽しみにしていることが伝わってくるんです。そんなさっくんの姿を見ていると、先生が言っていた『食べる時間が楽しみになったらいい』っていうのは、こういうことかと思いました。
口の動きでも気持ちがわかるんですよ。初めの1口、2口はもう体も前のめりで早く次を口に入れてくれ!っていう気持ちがあふれているけれど、日によっては早くて5口目ぐらいから、全然反応がなくなる(笑)。
前ならそこで『何とか食べさせないと!! 』と必死になったところですが、今は『ああ、もういらないのね。じゃあ、残りはおなかから入れようか』と、私も受け入れられるようになりました。『今日はここで終わりね』というのは、本人にもちゃんと言って、無理しなくてもいいことを伝えています。
今では『さっくんに食べさせなきゃと必死になっていたときの自分って、どんな表情だっただろう』と思うことがあるんです。必死で、全く笑っていないお母さんの顔を見ながら食事をするさっくんはすごく嫌だったんじゃないかなって。でも、胃ろうをつけた今は、私にも余裕ができて、多分表情が全然違うはず。さっくんから見る景色がすごく変わったんじゃないかなって思うんです。これは、絵本でも伝えたかったことなんです。
以前は、できることを奪いたくないと、口から味わうことにすごくこだわっていたんですけど、もしかしたら本人は食べる行為そのものじゃなく、家族みんなが穏やかな表情で囲んでいる食卓の風景を望んでいたのかな。子どもたちは、お父さんやお母さんの表情をすごく見ているので、さっくんも『お母さんが笑ってくれててうれしい』って思っていそうだなと感じています。
夫も『胃ろうにしてよかったね。なんでもっと早くせんかったろうね』って言っています。でも、つらかった経験があったからこそ、胃ろうのよさが今すごくわかるので、私たち家族にはみんなで頑張った時間もすごく大切だったんじゃないかなと思います」(平田さん)
ただ、さっくんのお兄ちゃん、お姉ちゃんは受け入れるまで、少し時間がかかったとも話します。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんには、胃ろうの手術をする前に話をしたんですが、2人は『おなかにボタンをつけるって想像したら、痛そうだし、さっくんがかわいそう』って言うんです。
『さっくんが嫌いな薬もおなかからいけて、ミキサーでペースト状にしたら家族が食べてるごはんと同じものを、おなかから食べられるんだよ』とメリットをたくさん伝えたんですが、それでも2人は『おなかに穴をあけるのはかわいそう』『手術なんてかわいそう』と言っていましたし、さっくんが胃ろうを造設して退院してきたあとも、2人に『見てみる?』って聞いてみたんですが、『いや、いい』と言っていましたね。
そんな2人も、さっくんの胃ろうからの注入をいつも目の前でしているので、いつの間にか慣れていった感じです」(平田さん)
さっくんにとってはつらい時間が減って楽しい時間が増え、平田さんは気持ちや時間に余裕ができた胃ろうの造設。今後、胃ろうを卒業することについては、考えているのでしょうか。
「胃ろうをつける前は、しっかりと栄養をとって体力がついて、食べる練習もしっかりできるようになったら、最終的に口からだけにできたらいいなと思っていたんです。でも、今は無理に卒業を考えなくてもいいかなって。みんなが楽しく過ごせている今のような状況を続けてみようと思っています」(平田さん)
胃ろうは命を守る大切なもの
さっくんの胃ろう造設を経て、いろいろと思うところがあった平田さん。この体験を絵本にしようと思ったのはどんなきっかけからだったのでしょうか。
「学生のころから、いつか絵本を描いてみたいなと思いながらも、いい題材をなかなか思いつかなくて。
そんなときに、さっくんに胃ろうを注入する様子を見ていたあるお子さんが、『おなかに穴があいているのは痛そう。さっくんはお口から食べられないの?』と言っていて、胃ろうにあまりいい印象を持っていないんだなと感じたんです。本人はそこまで嫌な思いをしてないのに、まわりは痛そうだという印象を持ってしまうんですよね。
だけど、さっくんのように肢体不自由の子たちは、できる動きが限られている中でも、できること、楽しめることを見つけながら、いろいろな経験をしています。それを、ほかの子どもたちにも理解してもらいたいし、いろいろなお友だちがいることを知ってもらいたいと思って。
やっぱり、息子の生きづらさは何かと考えたとき、障がいについて正しくまわりから理解してもらえていないことかなと思うんです。この絵本を通して、息子たちみたいなお友だちがいること、そして、胃ろうは『命を守る大切なもの』ということを知ってもらいたい。
もう1つ、子どもたちにも、そして胃ろうを選択することを迷っている家族の方、そしてその方の周囲にとって安心を与えらえる心のケアに寄り添える絵本にしたい。
そんな思いで、描き始めたんです」(平田さん)
さっくんを主人公にしたこの絵本では、さっくんは「おなかのボタン(=胃ろう)」をつけたことで、いろいろな食べ物の栄養を体に入れて、パワーアップしていきます。このストーリー作りには、平田さんの保育士としての経験が役立っていると言います。
「保育士という職業柄、絵本をたくさん読んできたんですけれど、ヒーロー系とか変身もの、そして言葉の繰り返し絵本というのが、みんな大好きでした。
胃ろうを知らない子どもたちにも興味を持ってもらうためには、これらの要素を入れることで食いついてくれるんじゃないかと考えたんです。
そしたらね、あるうれしいお手紙をいただいて。その方は訪問看護をされている方で、保育園に胃ろうの注入に通っているそうなんです。ただ、まわりの子が胃ろうについて理解できなくて、注入中に周囲を走り回るような危ない場面が何度もあったらしいんです。だから、なんとかまわりの子どもたちにも胃ろうというものを理解してもらいたいなって悩んでるときに、上司にこの絵本を紹介してもらったそうで。
さっそく子どもたちを集めて、胃ろうのことや、この子にとって胃ろうがすごく大事なことなんだということを、絵本を使って説明したら、『そうか、パワーアップするためなんだね』って子どもたちがすごく理解してくれて、それ以降は胃ろうから注入しているときのまわりの子の姿が変わったそうなんです。これを聞いて、この絵本が役立って本当によかったなぁと思いました」(平田さん)
絵本の中でも「パワーアップ」は大切なキーワードになっていて、そのシーンは担当編集者の意図もあり、印象的になるようにひと際大きく描かれています。
「パワーアップって、いい言葉ですよね。子どもたちにもわかりやすいし、なんだか次につながりそうな言葉じゃないですか。実際、息子もパワーアップしたことで、いろんな練習ができるようになった。だから、パワーアップって言葉はすごく大事に使いたいなあと思って。
実際、絵本を読み聞かせていると、パワーアップのシーンを子どもたちが待ち構えている感じなんです。『これ飲んだら、ドーン!だよね』とか『次はどんなパワーアップするんだろう』って。そういう姿を見ると、意図したものがちゃんと伝わってるなと感じてうれしくなります」(平田さん)
ちなみに、出来上がった絵本に対して、さっくんはどんな反応を示したかというと…。
「実は1ページを描くごとに、『こんな絵、描いたで』って、さっくんを始め、家族全員に毎回見せていたんです。この絵はどう?色はどう?というのをみんなにしつこいくらい聞いていたんで、絵本が完成したときにはもうみんな見飽きていて『ああ、はいはい』『はいはい、できてよかったじゃん』みたいな反応でした(笑)。
でも、さっくんは『おなかのボタン』の絵本をデイサービスで読んでもらったそうで、すごくうれしそうに見ている写真をもらったんです。『ほかの人が読んだら、こんな嬉しそうな顔するがやあ!』ってびっくり。今では、あまりにも読み聞かせしすぎて、私が絵本を見せると嫌そうな顔をするんですけど(笑)」(平田さん)
さっくんが生まれて10年。出産直後からの大きな不安から、必死の思いで両立してきた仕事と育児、そして夢だった絵本の出版まで本当にいろいろなことがあった10年を振り返って、今、平田さんが思うこととは――。
「さっくんが生まれて大変だったことは、数え切れないほどあるので、これが大変だったと1つに決められませんが…、やっぱり考えることが多いことが大変なことかな。
でも、さっくんが笑ってる姿を見るとこっちも楽しくなるし、家族がさっくんを囲んでなんかうれしそうな表情を見せてくれると、私もうれしい。だから、小さなことかもしれませんが、さっくんにもっと笑ってもらうには何をしたらいいかなというのを考える時間は楽しいですね。
そういう時間も胃ろうを始めたことで各段に増えました。それまでは、家にいるときはほぼ食べさせることに必死だったので、みんなでゆっくりする時間ってほとんどなかったような気がします。悪いほうに考えてもどうしようもないときも、マイナスのことばっかり考えて、ちょっともったいない時間の使い方をしてしまったなって。
子どもの成長って、振り返るとすごく一瞬であっという間。さっくんが小さいころ、私はどうしてもさっくんのことばかり見てしまっていたけれど、その間もお兄ちゃんやお姉ちゃんは確実に成長していっていて。何年か後に写真を見たとき『この時期、私はちゃんとお兄ちゃんやお姉ちゃんに関われてなかったな』って感じる後悔がたくさんあるんです。だから、お母さんたちには、1日1日を大切にお子さんと関わってもらいたいなって。
一方で、生まれたお子さんがまわりのみんなと違うところがあるとわかったときには、マイナスなことをたくさん考えてしまうのは仕方ないとも思います。子どもにハンディがあってもなくても、子育てをしていると悩むことはたくさんあって、子どものことを思えば思うほど、悩みは尽きないんですよね。私もそうですが、もし考えても考えても答えが出せないときは、1人で悩まず、誰かに相談してみたら、答えにつながるヒントが何か見つかるかもしれないと思っています。
さっくんが生まれるまでは、時間とともに首がすわって、手が動かせて、ごはんを食べられて、って普通のことだと思っていたんですけど、これは普通じゃない、すごいことだって気づいたんです。ハンディがある子の場合、できないことのほうが多いので、それがちょっとできるようになると、めちゃくちゃ親として嬉しくなるんです。だから、そういう瞬間はもしかしたら私たちはたくさんもらえているのかなとも思います。
なんとなく見過ごしている中でも、子どもたちは日々成長していて、喜んであげるところがいっぱいあると思います。だからこそ1日1日後悔のないように大切に過ごしてほしいし、私もそう過ごしたいと思います」(平田さん)
お話・写真提供/平田エミさん 取材・文/藤本有美、たまひよONLINE編集部
たくさん悩み、たくさん考えてきた経験があったからこそ生まれた『おなかのボタン』という絵本。この絵本を通して、胃ろうだけでなく、ハンディがある子に対して偏見を持たずにフラットに接することを、小さな年代から知ることができたら、すごくすてきですし、その子たちが大人になったときには医療的ケアが必要な人たちへの関わり方や見方がずいぶん変わるのではないかと感じます。『おなかのボタン』はその第一歩として、ぜひ親子で読んでほしい絵本だなと思いました。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指して様々な課題を取材し、発信していきます。
平田エミさん(ひらたえみ)
PROFILE
高知県在住の3児の母であり、保育士。2025年1月、脳性まひの二男をモデルにした絵本『おなかのボタン』(リーブル出版)を出版。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●掲載している情報は2025年6月現在のものです。
おなかのボタン
「さっくんのおなかにはふしぎなボタンがある。そこからえいようをとってパワーアップ! なにを食べたらどんなふうにパワーアップできるかな?」(あとがきより)。息子の胃ろう造設を不安に思っていた母が描く、胃ろうについてのお話絵本。平田エミ作・絵/1650円(リーブル出版)