『ヒヤマケンタロウの妊娠』連載スタート後に自身も妊娠。作品を通して妊婦さんや母親の気持ちを疑似体験することが、社会を変えるきっかけになれば【漫画家・坂井恵理】
自分が妊娠するとはまったく考えていなかった男性が、妊娠したことで、今まで見えていなかった社会問題に直面していくコミックス『ヒヤマケンタロウの妊娠』を原作としたドラマが、斎藤工さん主演で4月21日よりNetflixにて全世界に配信されます。原作を手がけた坂井恵理先生にインタビュー。本作が生まれたきっかけや、企画当初は先生自身、妊娠経験がなく、連載スタート後に妊娠したという裏話も登場。
10年前の連載当時より、時代は変化してきた
――実写化を受けての率直な感想を教えてください。
坂井先生(以下敬称略) 純粋にびっくりしました。お話が来たのは3年ほど前なのですが、その時点でも漫画を発表してから時が経っていたので、今改めて注目していただけるのは有難いです。いろんな方から、「時代が追いつきましたね」と言われました。2013年のコミックス発売当時も、初版はすぐに売り切れましたし、雑誌に紹介していただいたりもしたんです。当時も、共感してくれる読者さんはいたと思います。ただ、それ以上の広がりはなかったので、今回のドラマ化はうれしいですね。
ここ10年での時代の変化としては、女性の声が可視化されるようになってきたと感じます。妊婦や母親をめぐる言説が徐々によくなってきましたし。「母性神話」といったものも、以前ほど強固ではなくなってきている気がします。3才までは母親が子どものそばにいないと、というような意見に対して、声を上げることができるようになりました。さまざまな立場の女性の声が、きちんと届くようになってきていて、それを受け入れられる土壌もできてきた気がします。
連載と同時に自身も妊娠。満員電車はつらかった
――そもそも約10年前にこの作品を書こうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
坂井 最初は単純に女性読者に共感してもらえる設定かなと思ったんです。「パートナーも妊娠して気持ちを知って欲しい」と、一度は思ったことがある女性は多いんじゃないかなと。
企画当初から、妊婦や母親に対して冷たい社会だなというのは、常々感じていたので、妊婦や母親の気持ちを疑似体験してもらうことが、少しでも社会が変わるきっかけになればいいなと思いました。ただ、企画が立ち上がった当初、私は妊娠経験がなかったので、友人に取材するなどして情報を得ていたのですが、今ひとつ実感がわかずに行き詰まることもありました。でも、たまたまなのですけれど、ちょうど妊娠しまして、一瞬で物語が出来上がりました。
作品中の「満員電車がつらい」というエピソードは、自分の経験です。とにかくにおいがダメでした。とくに金曜日の夜の電車は、お酒と体臭が混ざったにおいがして、すごく辛かったです。それと作品中には出てきませんが、おなかを蹴られたりしたらどうしよう、と常に意識しながら外出するのは、ストレスでしたね。
育児中のことでいえば、ベビーカーで出かけるのってこんなに大変なんだというのは、自分が子育てして初めてわかりました。本当にちょっとした段差も大変ですよね。駅から外に出るまでに、エレベーターが遠いとか。デパートのベビーカー、車椅子優先エレベーターでも、意外と誰もスペースをあけてくれませんし。制度を変えても、人の意識が変わらないと育てやすい社会にならないと感じることは多いです。
原作で言い切れなかったことも、ドラマには入っている
――ドラマ版をご覧になっての感想を教えてください。また、主演の斎藤工さん、パートナー役の上野樹里さんのキャスティングについて、どう思われましたか?
坂井 原作よりよくなっている部分もたくさんあって、面白かったです。たとえば健太郎が働いている会社のいわゆる「男社会っぽさ」とか、健太郎がつわりで苦しむ様子とか。単行本一冊の中では描き切れない部分があったので、そこをドラマのほうで掘り下げてもらえていて、すごくいいなと思いました。
斎藤工さんと上野樹里さんが出演されると聞いたときは、純粋にうれしかったです。斎藤さんでしたら、演技力も素晴らしく、“エリートでモテる桧山”に説得力があります。また、体も大きいので「男性が妊娠する」という事象のインパクトを、視覚的・映像的に強くしてくれます。
上野さんも、演技力のすばらしさはもちろん、原作の亜季のイメージにとても近いと感じました。仕事が第一で、「子どもや結婚については考えていません」といった亜季は、ともすれば性別関係なく嫌われかねないキャラクターです。でもそれをキュートに演じてくださっているのがとてもよかったです。
企画発進当初、坂井先生も妊娠未経験で、連載中に偶然妊娠されたことで筆が進んだというのは、めぐりあわせを感じます。
取材・文/望月ふみ 構成/ひよこクラブ編集部
坂井恵理
PROFILE
漫画家。埼玉県出身。『ヒヤマケンタロウの妊娠』のほか、続編となる『ヒヤマケンタロウの妊娠 育児編』が2020年に発売された。『鏡の前で会いましょう』『ひだまり保育園 おとな組』、エッセイ漫画『妊娠17ヵ月 40代で母になる!』や、ドラマ化されて話題を集めた『シジュウカラ』などを手掛ける。
Netflixシリーズ「ヒヤマケンタロウの妊娠」
広告業界でバリバリ働く独身男性の桧山健太郎(斎藤工)が、予期せぬ妊娠をしたことで、自身の身体の変化への戸惑いだけでなく、会社での立ち位置や、パートナーの亜季(上野樹里)や周囲との関係を含めて、自分を見つめ直していく姿を描くNetflixがテレビ東京と共に企画・製作したNetflixシリーズ。坂井恵理による2013年発売の同名コミックスが原作。