たまごクラブ新連載!産婦人科医のリレートーク「命の生まれる現場から」 浦野晴美先生(育良クリニック)
たまごクラブ新連載!産婦人科医のリレートーク「命の生まれる現場から」 浦野晴美先生(育良クリニック)
妻が胞状奇胎(ほうじょうきたい)の疑いで流産に。導かれるように産婦人科医の道へ進んだ
母が内科医で、医師の道を志したのは自然な流れでした。生まれは東京ですが、親元を離れて熊本大学医学部へ。学生結婚をし、在学中に子どもを授かりました。でも、胞状奇胎の疑いで流産という結果に。男の私にできることといったら、ひたすら入院中の妻を見舞うことだけ。妻が熱心に治療を受ける様子を目の当たりにして...そのときですね。医学部卒業を間近にして産婦人科医になろうと決意しました。
妊娠・出産の厳しさを再確認した日赤時代
東京に戻り、国際活動も盛んな日本赤十字社医療センターに就職しました。日赤は大規模病院なので、医療的に困難なケースもたくさん集まってきます。
ある日、人工透析中の妊婦さんが妊娠後期に転院してきました。30年前くらいですね。妊娠中は腎臓に負担がかかるもの。当時はまだ人工透析をしながらの妊娠・出産なんてタブーに近かった。ところが、よその病院では「透析していても大丈夫」と言われたと。副院長には「なんで引き受けたんだ」と言われました。でも、迷ったり悩んだりしている暇はない。腎臓内科の同僚にも助けてもらいながら、なんとか出産にこぎつけました。当時国内で2例目だった、無フィブリノーゲン血症の患者さんもいました。この病気は、出血傾向が強くてほとんどが流産してしまうんです。妊娠を継続するには、フィブリンの補充が不可欠ですが、肝心のフィブリン製剤が承認見直しで供給されなくなってしまった。やむを得ず、輸血で成分を補うことにしましたが、そうなると必要な成分以外も体に取り込まれるので、吐きけなど拒絶反応がひどい。でも、この患者さんは強かったですね。じっと耐えて...「それでも産みたい」という気持ちがこんなに人を強くするんだと感じました。
46才で開業してからは、妊産婦さんと接する時間が増え、じっくり一人一人に合ったアドバイスができるようになりました。時には、夫が破産したので入院・分娩費は分割払いで...という相談や、「離婚する!」と診察中に夫婦げんかが勃発、なんてことも(笑)。珍しい症例もそうですが、こうしたなんでもない診療の中での妊産婦さんとの出来事がやりがいにつながっています。
いくら医学が進歩しても命がけで産むのは妊婦さん
この40年で、医学は劇的に進歩しました。先述の人工透析中の患者さんの妊娠・出産も、今では医学的なサポートが確立し、ずいぶんと安全になりました。でも、妊婦さんが命がけで産むということは、今も昔も変わらない。ただ、今は選択肢がたくさんあるので、希望するお産に自分が適応できるかまで考えないといけないですね。最近はいろんな情報にかえって悩んでしまう妊婦さんも。心配や対策は、産婦人科医や助産師に任せて、おなかの赤ちゃんを最優先に、安心して妊娠生活を送ってほしいですね。その先には、いいお産と楽しい子育てが待っていますよ。
【たまご用語解説】
■胞状奇胎(ほうじょうきたい)・・・受精卵が正常に細胞分裂せず、子宮腔内全体にぶどうの房状の絨じゅう毛もうが異常に増えること。超音波検査で粒状のものが見られたり、血液検査でhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)が異常に高かったりすることでわかる。診断後は一般的には、子宮内容除去術が行われる。
■無(む)フィブリノーゲン血症(けっしょう)・・・フィブリノーゲンとは、血液の中の血漿(けっしょう)の中にわずかに含まれる成分で、出血時に血液を凝固させる働きをする。出産に備え、妊娠中は、非妊娠時より値が高くなる。それが少ない、または、ない場合は出血が止まりにくい傾向があるため、補充療法が必要。
■人工透析(じんこうとうせき)・・・腎臓が正常に働かず、腎不全となった場合に必要な治療。腎臓の機能を人工的に代替する専用の医療機器で、定期的に数時間かけて血液を入れ替える。
イラスト/にしださとこ
【お知らせ】
「命の生まれる現場から」は、たまごクラブにて好評連載中!
新しい命をはぐくむ医療の現場で、産婦人科医の先生方が感じていることをお伝えする新連載がスタート!最新号(2月号)では、日本赤十字社医療センター副院長 周産母子・小児センター長の安藤一道先生が登場!ぜひご覧ください。
※この記事は「たまひよコラム」で過去に公開されたものです。