産婦人科医のリレートーク「命の生まれる現場から」 安藤一道先生(日本赤十字社医療センター)【たまごクラブ】
産婦人科医のリレートーク「命の生まれる現場から」 安藤一道先生(日本赤十字社医療センター)【たまごクラブ】
高校1年生のとき、男手一つで育ててくれた父が病に倒れた
栃木県の片田舎で、9人きょうだいの末っ子として育ちました。高校1年生のとき、父親が脳卒中で倒れ、闘病生活を送ることに。このことがきっかけで、これまで思ってもみなかった医師の道を目指して家を飛び出しました。自分で生計を立てながらの受験勉強で浪人生活は4年。医学部に入れたときは、約束をやっと果たせたと思いました。父親が亡くなって2年後のことです。
男性ホルモンの研究から不妊治療の最前線へ
医学部卒業後の進路を決めるとき、思い出されたのは父親をベッドサイドで見守り続けてくれた医師の姿。「一人の患者さんと向き合っていきたい」と臨床の現場を求め、興味のあった〝男性ホルモン〞を生かせる産婦人科へ。「男性ホルモンなのに産婦人科?」と思われる方も多いでしょう。実は男性ホルモンは多囊胞性卵巣症候群(たのうほうせいらんしょうしょうこうぐん)という不妊の原因の一つとかかわりが深いんです。このトラブルの治療で有効なのは、排卵誘発剤(はいらんゆうはつざい)。使い方が難しく、卵巣がパンパンに腫れ、複数排卵されるため多胎児の確率が非常に高くなる(母体に負担がかかる)といった副作用がありましたが、臨床研究の結果、卵巣が腫れる心配は今ではほぼ、なくなりました。ただ、多胎の問題は依然として残っています。
臨床の現場で、主に不妊治療の研究を続けて約20年。先述の多胎の課題を抱えながらも、日本赤十字社医療センターで周産期医療に携わることになりました。この10 年以上の間で大きく変わったことといえば、40才以上の妊娠・出産が1996年は50〜60人だったのが、2014年は500人弱と約10倍になったこと。最近では体外受精で授かった赤ちゃんを51才で無事出産されたケースもありました。この方は30代に子宮内膜症の手術を2回受けたことで、卵巣機能を失ってしまい、第三者と夫の受精卵を子宮に戻す形で妊娠されました。実はその前に49才で2つの受精卵を子宮に戻したところ、三つ子を妊娠。しかし、母体の血圧がどんどん上昇し、肺にも水がたまってしまったため、中絶を経験されたことのある方なんです。これからますますこうしたケースは増えるでしょう。高年齢化と不妊治療に対するサポートが急務だと感じています。
ご家族そろって元気に退院する。これが何よりの願い
高年齢化や不妊治療の進歩など、妊娠・出産のありようは、大きく変わってきています。一見、医療が妊娠・出産をサポートできる場面も多いように感じますが、妊娠・出産とは、やはり命がけ。とりわけ出産は終わってみないとわかりません。10分前に普通に話していた妊産婦さんが、10分後には意識がないということだって起こりうるんです。赤ちゃんを無事出産し、抱っこしているお母さんたちの陰には、不妊で悩んだり、妊娠・出産で命を落としたりしている人もいる。我々はいつもそのことを念頭に妊産婦さんと向き合っています。そのとき、下からお産したのか、おなかを切ったのかは、大きな問題ではありません。ご夫婦が赤ちゃんを抱いて元気に無事退院されていくのを見送ることが、何よりの願いです。
【たまご用語解説】
■多囊胞性卵巣症候群(たのうほうせいらんしょうしょうこうぐん)・・・卵巣に卵胞(らんぽう)=卵子の入った袋 はたくさんできるものの排卵しづらいという、いわゆる排卵障害。20~30代女性の月経異常や不妊の代表的な原因。卵巣内の男性ホルモンが多いことが原因といわれ、20代では気づかず自然妊娠することもあるが、年齢とともに悪化する。根本的な治療法はなく、まずは排卵誘発剤で、排卵のチャンスを増やす。
■排卵誘発剤(はいらんゆうはつざい)。・・・卵子が卵巣から排出(排卵)されるのを促進する薬。排卵にかかわるホルモンの分泌を促す内服薬と、卵巣を直接刺激して排卵を引き起こす注射がある。
今月の先生/日本赤十字社医療センター副院長 周産母子・小児センター長 安藤一道先生
1981年群馬大学医学部医学科卒業。同年、群馬大学医学部附属病院産婦人科入局。桐生厚生病院などを経て、91年群馬大学医学部附属病院産婦人科助手、周産母子センター講師。2002年に日本赤十字社医療センターへ。15年4月より現職。日本有数の周産母子・小児センター長として、妊産婦さんと赤ちゃんを支えてくださっています。
イラスト/にしださとこ
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※この記事は「たまひよコラム」で過去に公開されたものです。