妊娠初期に母親が摂取するタンパク質の量が”極端”に少ないと、子どもの発達に影響も【研究発表】
「おなかの赤ちゃんのためにバランスよく食べてね」と言われる妊娠中。山梨大学のエコチル調査甲信ユニットセンターの調査・研究によると、妊娠初期にタンパク質の摂取量が極端に低かった母親から生まれた子どもは、3歳時点で発達に遅れが見られる傾向にあったそうです。この調査・研究を行った同大学社会医学講座准教授の三宅邦夫先生に、研究結果からわかったことを聞きました。
三宅先生は「つわりで食べられないときに無理をする必要はないと思いますが、妊娠中ダイエットのために食事を抜いたりするのはやめたほうがいい」と言います。
タンパク質の量が極端に少ないと、発達の3つの指標で遅れが
今回の調査・研究は、環境省の「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」に参加した7万7237組の母子を対象に、妊娠中のタンパク質摂取量と、子どもが3歳時点の発達の関係性について調べたものです。
――今回の研究でわかったことについて教えてください。
三宅先生(以下敬称略) 妊娠初期に極端にタンパク質の摂取量が少ない母親から生まれた子どもは、タンパク質の摂取量が標準的な母親から生まれた子どもと比べて、3歳のときのコミュニケーション能力、微細運動能力、問題解決能力の発達に遅れが見られる傾向にあることが わかりました。
コミュニケーション能力とは、「話す、聞く」などのこと、微細運動能力とは、「指先でものをつかむ」などの動きのこと、問題解決能力とは、「手順を考えて行動する」などのことです。
――母親のタンパク質の摂取の違いについては、どのようにとらえて研究したのでしょうか。
三宅 成人が1日にとる食事全体のエネルギーに占めるタンパク質の割合は、13%〜20%が望ましいとされています。そこで、今回の研究では3つのグループに分けて考察しました。3つのグループとは、「標準」群:タンパク質のエネルギー比率が13%以上の人(4万6597人)、「低タンパク質」群:9.39%以上13%未満の人(2万9251人)、「極端な低タンパク質」群:9.39%未満の人(1389人)です。
なお、今回の研究における『妊娠初期』は、妊娠12週~16週に実施した質問票調査の回答内容を対象としています(一部例外もあり)。妊娠前の食事は、過去1年間の食事を思い出して、平均的な頻度や量を回答してもらいました。
――3つのグループの母親から生まれた子どもの、3歳のときの発達の様子のチェック方法について教えてください。
三宅 3歳のときの5つの能力について、発達の遅れの有無を調べました。5つの能力とは先に解説した「コミュニケーション能力」「微細運動能力」「問題解決能力」の3つ以外に、立つ・歩くなどの「粗大運動能力」と、他人とのやりとりに関する行動などの「個人・社会能力」です。
この5つについて調べた結果、「極端な低タンパク質」群の母親から生まれた子どもは、「標準」群の母親から生まれた子どもと比べて、3歳時のコミュニケーション、微細運動、問題解決の3つの能力に発達の遅れが見られる傾向にありました。
脳の発達や機能に関連する遺伝子の“スイッチ”に、タンパク質が影響している?
――妊娠中のタンパク質不足が子どもの神経発達に影響するメカニズムとは、どのようになっているのでしょうか。
三宅 妊娠中のタンパク質不足が、生まれた子どもの神経発達の遅れにつながるメカニズムは、まだ解明されていません。でも、動物実験ではいくつかの可能性が指摘されています。
妊娠初期にタンパク質食を制限した母マウスから生まれた子マウスには、不安やうつ様行動の増加などの行動異常が見られることが報告されています。
ある遺伝子を使う・使わないの“スイッチ”は、化学物質やストレスなどの影響で変化します、母親のおなかの中にいるときに低タンパク質状態にさらされることで、脳の発達や機能に関連する遺伝子の“スイッチ”に変化が起こり、遺伝子のはたらきに影響している可能性が考えられます。
また、アミノ酸の欠乏やバランスの不均衡は、胎児の発育の遅れや早産のリスクを増加させるだけでなく、生まれたあとの子どもの発達に影響することも考えられます。
――今回の研究では、コミュニケーション、微細運動、問題解決の3つの能力で発達の遅れが見られましたが、粗大運動、個人・社会の2つの能力には差が見られなかったとか。
三宅 タンパク質の摂取と、コミュニケーション、微細運動、問題解決の3つの能力の遅れとの関連の詳細は、現時点では不明です。今回使用した発達の指標以外での評価や、3歳以前・以降の発達も追跡した解析を行うことで、今後、詳細な関連が明らかになるかもしれません。
同様に、粗大運動、個人・社会の2つの能力で差が見られなかった理由もわかりません。ただ、個人・社会能力については統計的には有意差がないものの、発達遅延のリスクは増えていました。この2つの能力については、3歳以降の影響を追跡して検討する必要があると考えています。
タンパク質が少ない食事をしている母親は、炭水化物の摂取量が多い傾向に
――タンパク質には、動物性タンパク質と植物性タンパク質がありますが、それによる違いもありますか。
三宅 肉・魚・卵・乳製品に含まれる動物性タンパク質と、大豆・大豆製品に含まれる植物性タンパク質は、必須アミノ酸のバランスと吸収率に違いがあります。必須アミノ酸とはタンパク質を構成する20種類のアミノ酸のうち、体内で合成されず、食物から摂取しなければならない9種類のアミノ酸のこと。動物性タンパク質のほうが必須アミノ酸のバランス・含有量に優れ、消化・吸収率が速いのが特徴です。したがって、必須アミノ酸をしっかりとるには、動物性タンパク質を含む食品を意識して食べることが大切です。
とはいえ、植物性タンパク質を含む食品は脂質やカロリーが控えめで、ビタミンやミネラル、食物繊維などの栄養素が豊富。やはり欠かせない食品です。動物性と植物性のタンパク質をバランスよ くとるようにしましょう。
――ほかにもわかったことはあるのでしょうか。
三宅 「低タンパク質」群、「極端な低タンパク質」群の母親は、炭水化物の摂取の割合が高い傾向にあることもわかりました。
この2つの群の母親は、17食品群(いも及びでんぷん類、豆類、種実類、野菜類、漬物類、緑黄色野菜、その他の野菜、きのこ類、藻類、魚介類、肉類、卵類、乳類、油脂類、調味料及び香辛料類、水、汁)の摂取量が少なかったです。その反面、穀類、砂糖及び甘味類、果物類、菓子類、ソフトドリンクの摂取量は多かったのです。主食(炭水化物)が多く、野菜、肉、魚などおかず類が少なく、さらに、お菓子やジュースを取りすぎる食生活になっていると予想できます。
また、この2つの群の母親は、朝食を抜く傾向も見られました。
――朝食を抜くこととタンパク質の量が少なくなることは、関係があるのでしょうか。
三宅 ダイエット志向の強い女性は妊娠中も摂取カロリーを抑えるため、食事を抜いたり、減らしたりする割合が高くなると考えられます。栄養バランスを考えた食生活がおろそかになり、結果的にタンパク質の摂取量が少なくなるのではないでしょうか。
――妊娠前~妊娠中の不健康な食生活は、出産後に子どもの食事に影響が出ることも考えられますか。
三宅 今回の調査では、子ども本人の食事との関係性は調べていません。離乳食や幼児食は母親の食事内容とは異なると思いますので、その影響について言及することは難しいです。ただし、もう少し成長すると親の食生活と同様になり、それが子どもの健康にさまざまな影響を与える可能性はあるでしょう。そのため、赤ちゃんが生まれてからも、母親がバランスのいい食事をとることは重要です。
つらい時期は無理しなくてOK。体調がいいときは栄養バランスの整った食事を
-―妊娠初期はつわりなどで、3食きちんと食事をとるのが難しい人も多いと思われます。
三宅 体調が悪い時に「タンパク質をとらなければ」と無理をすると、余計に具合が悪くなってしまうでしょうし、そのストレスは赤ちゃんに影響してしまうかもしれません。食べられないときは無理をしないでください。口にできそうなら、プロテイン飲料やアミノ酸のサプリメントなどを活用して、タンパク質を補給するのもいいと思います。そして、体調がいいときにバランスよく食べるようにすればOKです。
――日本はプレコンセプションケア(妊娠前の健康管理)が遅れているとい われますが、今回の発表はプレコンセプションケアへの発信でもありますか。
三宅 今回の調査は妊娠前の食生活も含んでおり、タンパク質量が少ない女性は、総摂取カロリーが低く、ビタミンやミネラルなどの栄養素も不足していました。この結果からも、プレコンセプションケアの重要性が示唆されていると考えています。
また近年、胎児期や乳幼児期の低栄養を含むさまざまな環境要因が、成長後のさまざまな病気の発症リスクにつながるとする、「DOHaD(ドーハッド)」概念が提唱されています。本研究はこのDOHaD概念を証明する結果でもあります。
山梨大学では独自の追加調査として、山梨県内在住で本研究に協力してくださった1800組の親子の血液を採取させていただきました。今後は遺伝子解析なども行い、さらに研究を進めていきたいと考えています。
妊娠中の母親がとるタンパク質が極端に少ないと、赤ちゃんの発達に影響を与える可能性があるようです。でも、食べるのがつらいときは無理しなくてよく、妊娠前から栄養バランスのいい食事を習慣づけるようにしましょう。
お話・監修/三宅邦夫先生 取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部
三宅邦夫先生(みやけくにお)
PROFILE
立命館大学理工学部生物工学科卒業。山梨大学大学院医学工学総合研究部博士課程修了(医科学博士)。専門分野はエピジェネティクス、分子疫学。日本分子生物学会、北米人類遺伝学会、日本エピジェネティクス研究会所属。
●記事の内容は2023年3月の情報であり、現在と異なる場合があります。