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妊娠8カ月で突然、死産。「ごめんね…」謝り続けたママが「ありがとう」に変わるまで

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失恋画像
※写真はイメージです
yamasan/gettyimages

静岡を拠点に流産、死産、乳児死で赤ちゃんを亡くしたママ・パパの心のサポートをする自助グループ「アンズスマイル」の代表を務める押尾亜哉さん。押尾さん自身も、2度の流産と死産の経験者です。どんなに医療が進んでも、救えない小さな命があります。親は、どんなふうにして深い悲しみから立ち直ったらいいのでしょうか。押尾さんと、周産期の死別のケアに詳しい、静岡県立大学 看護学部教授 太田尚子先生に話を聞きました。

上の子は順調に生まれたのに、その後、半年の間で2度流産

押尾さんが、2度の流産をしたのは2005年のこと。同じ年に2度流産しています。

「1回目は、2005年1月。妊娠7週で流産しました。産婦人科に行って、妊娠が判明した直後の流産です。
2回目は、それから半年後。うちには上の子(当時5歳)がいるのですが、どうしても2人目が欲しくて、基礎体温をつけていました。高温期が続いたので、市販の妊娠検査薬で調べたところ陽性に。まだ妊娠5週なので、少し様子を見てから産婦人科に行こうと考えていた矢先、出血してしまい、急きょ、産婦人科へ。“妊娠していた形跡はあるけれど、残念ながら流産している”と言われました。

私の中では、上の子は順調に妊娠し、出産できたのに“なぜ?2回も続けて流産したの?”という気持ちでいっぱいでした」(押尾さん)

流産を経ての4回目の妊娠は、妊娠8カ月で突然、死産。先天性の病気でした

2度の流産を経て、何か体に問題があるのかと思っていろいろな検査を経たのちに再度妊娠しました。2005年9月のことです。2度目の流産から、3カ月後でした。

「流産が続いたので、総合病院で不育症の検査をしていたのですが、そんな中で授かった命でした。おなかの赤ちゃんは、順調に育っていました。胎動も感じていたし、妊婦健診でも問題なしと言われていました」(押尾さん)

しかし妊娠8カ月のときに突然破水。すぐに大きな病院に入院して、絶対安静の状況になりました。

「入院した翌朝、看護師さんがエコーでおなかの赤ちゃんの様子を確認したら“心音が拾えない”と言われて。担当の先生が再び診たところ“心臓の動きが弱まっているから、緊急帝王切開で産みましょう”となり、私は気が動転。いったい何が起きているのかわからないような状態のまま、全身麻酔をして緊急帝王切開の手術になりました。
病室で目覚めたときは、夫が隣にいました。夫の表情を見て“ダメだったんだ…”とわかりながらも、‟どうだった?”と言葉を発するときには覚悟をしていました」(押尾さん)

亡くなった子は、かわいい女の子でした。夫は帝王切開後の娘にすぐに会っていました。

「私が麻酔から覚めたあとに連れてきてくれた娘は“すやすやと寝ている”ようにしか見えませんでした。少しすると目を覚まして、元気に泣くのではないかと思えたぐらいです。
あとからわかったことですが、赤ちゃんは難病のコルネリア・デランゲ症候群でした」(押尾さん)

コルネリア・デランゲ症候群とは、染色体異常などが原因で起こる病気で、3万人~5万に1人という珍しい病気だそうです。先天性心疾患、心内膜炎、成長障害などが主な症状です。

「治療によって成人している人もいる病気とのことですが、今の医療では早産で生まれてきたとしても助からないことも多い、と先生から聞きました」(押尾さん)

死産からひきこもりに。壊れかけた心を救ってくれたのがグリーフケア

8カ月もおなかの中にいた子を亡くすのは地獄に突き落とされたような苦しみだったという押尾さん。退院後、押尾さんは抜け殻のようになり、上の子の最低限のお世話をする以外は、家にひきこもる生活が続きました。

「家にこもって私がずっとしていたのは、私と同じ経験をしたママのブログを見たりすることでした。ブログを見て泣いたり、共感したり…。でも、深い悲しみからは抜け出すことができませんでした。
そんなときふと目にしたのが、聖路加国際大学で行っていたサポートグループ“天使の保護者ルカの会”です」(押尾さん)

天使の保護者ルカの会は、流産、死産、新生児期に亡くなった子を持つ親を対象にしたサポートグループです。

「私は静岡在住なので、片道2時間かけて聖路加国際大学に1年半で5回ぐらいお話会に行っていました。死産すると、自分を責めるママは多いです。私も同じでした。天使の保護者ルカの会では、助産師や臨床心理士などの専門家や同じ経験をしたママたちが、私の心の葛藤をすべて受け入れてくれました。

ずっと死産した娘には“ごめんね、ごめんね”と謝っていたのですが、少しずつ“ママのところに来てくれてありがとう”と思えるようになりました。
天使の保護者ルカの会に参加していなければ、私の心の回復はもっと遅かったと思います」(押尾さん)

つらいのはママだけでなく、パパも同じ。第三者を交えることで道が開けることも

押尾さんが、天使の保護者ルカの会で出会ったのが、当時、天使の保護者ルカの会の代表をしていた現・静岡県立大学看護学部教授 太田先生です。

太田先生によると、押尾さんのように赤ちゃんを亡くしたあと、ひきこもる人は多いそうです。

「ひきこもりは防衛反応です。外の世界のストレスや刺激から、自然と自分を守ろうとしているのでしょう。1カ月ぐらいすると“外に出ようかな”と思えるので、そうした気持ちになるまでは無理しなくていいです。ただなかには長期化するママもいるので、パパを含めて周囲の人は温かく見守ってあげてください」(太田先生)

また悲しみにくれるママを見ていると、どうしていいかわからないパパもいます。しかし傷ついているのはママだけでなく、パパも同じだと太田先生は言います。

「なかには“妻を支えないと!”と頑張るパパもいますが、無理はしないでほしいです。心の整理がつかないことなどありのままの気持ちを夫婦で話し合うといいでしょう。
もしうまくコミュニケーションがとれないときは、夫婦で自助グループに参加してもいいです。第三者が入ると冷静な目でお互いを見つめ合えたり、“パパ(ママ)って、こんなふうに考えていたんだ…”など新たな気づきがあります」(太田先生)

お話/押尾亜哉さん、取材・文/麻生珠恵、ひよこクラブ編集部

監修/太田尚子(おおたなおこ)先生

押尾さんは悲しい死産の2年後に、男の子に恵まれました。今、子どもたちは長男が21歳、次男が13歳です。でも亡くなった女の子のことを、今でも忘れる日はないそうです。ずっと胸に刻まれる出来事だからこそ、適切な心のケアが必要です。

押尾亜哉さん(おすおあや)

Profile
グリーフケアアドバイザー。自身の流産、死産の経験を活かし2012年から、流産、死産、乳児死などで赤ちゃんを亡くした家族の心のサポート活動を行う。静岡を活動拠点にする自助グループ「アンズスマイル」を立ち上げ、代表を務める。日本グリーフケア協会が認定する「グリーフケアアドバイザー1級」、天使力認定コーチの資格を持つ。著書に「やくそく」(アルゴーブックス)。

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