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「あなたの妊娠は会社に何のメリットもない…」7年間で2万件の働く母の悩みを聞き続け、息子のひと言がある決意の後押しに

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24年前の親子写真。当時5歳の長男・遥さん、3歳の次男・星さんと。

特集「たまひよ 家族を考える」では、妊娠・育児をとりまくさまざまな事象を、できるだけわかりやすくお届けし、少しでも子育てしやすい社会になるようなヒントを探したいと考えています。

待機児童、子どもの体調不良、保育園からの呼び出し……。令和の時代になってなお、働くママは復職後に様々な困難に遭遇します。現在60歳の上田理恵子さんは、かつて同じようにつらい思いを経験したことから、「働くママを支援したい」と2001年に会社を設立。多くのママたちに支持される数々のサービスを展開してきました。

上田さんが歩んできたこれまでの道のりは、令和を生きる私たちママに大きなヒントと勇気を与えてくれます。第1回は、上田さんの現在までのエピソードを振り返ります。

「またあんたか!」と保育課で言われて…

「こんなに岩みたいに固くなって泣き叫ぶ子は初めて。早く迎えに来てください!」

今から約30年前――0歳の長男・遥さんを保育園に預けて復職した上田さんは、保育士からの電話であわてて迎えに駆け出しました。

不妊治療を経て、30歳で念願の第一子を出産した上田さん。会社の育休第1号となり、産休・育休を経て復職したものの、仕事と育児のハードさは想像以上でした。

「復職後は息子の発熱で、何回も保育園からの呼び出しを受けました。当時の上司に『あなたのところの子どもは弱いね』と言われ、産前と同じ仕事もなかなか任せてもらえません。(仕事も子育ても中途半端、私は何をしているんだろう…)と落ち込んだのを覚えています」(上田さん)

もう一つ、上田さんが産後早々に頭を悩ませたのが、保育園入園の問題です。

「もっと息子と一緒にいたかったのですが、当時の育休は1年間。年度途中での入園は激戦なので、11月生まれの息子はその時点で不利でした。見学に行った保育園の方に『仕事を続けたいなら7月までに出産しないと公立の保育所は無理!』と言われましたが、生後4カ月になる4月から、なんとか第8希望の認可外保育園への入園が叶いました」(上田さん)

理不尽さを感じながらも、今度は計画的にと考え、2年後の7月に次男・星さんを出産。しかし今度は、上の子が3歳未満のため市役所から「保育園を退所してもらいます」と言われてしまいます。(※1)

「保育課の担当者から『ふつう、働いていたら第2子の出産は3年は開けるでしょう。みなさんそうしてますよ』と言われてしまって。家計を支えるために仕事しなきゃいけないんです!と保育課に通いつめたら、『またあんたか!』と嫌味を言われたことも。それでも何度も市役所に通い、ある日「そんなにうるさいんやったら、保育園に入ってもらいます」と突然言われ、なんとか、2人同じ保育園に入園できました」(上田さん)(※2)

心おだやかに過ごせるはずの産休・育休が、仕事を続けられるかどうか焦り続ける日々になってしまう現状。上田さんは、自身の経験によって、働くママたちの厳しい境遇を痛感していました。

※編集部注1……次の子を出産し育休を取ると、3歳未満の上の子を退園させる「育休退園」の制度を昔は多くの自治体が採用していた。
※編集部注2……現在は、認可保育園は自治体ごとに入園基準や優先順位が設けられており、申請・審査後に入園が決定する。

寝る間も惜しんでママたちの悩みを聞き続けた

これから出産する人たちには、私と同じような苦労をしてほしくない――。その強い願いが高じて1994年、上田さんは次男・星さんの出産の3日前に、「『キャリアと家庭』両立を目指す会」を1人で立ち上げました。

「出産直前になぜ?とよく聞かれますが、思いだけで突っ走っていました(笑)。産休に入り、考える時間が増えたことも理由の一つです。以前からいろいろな会に参加してママたちと話していたのですが、意欲があるのに子どもを授かったことで仕事を外されたり、理不尽な思いをして辞める人も多くいました。みんなの声を世の中に発信しないと変わらないという危機感があったんです」(上田さん)

「『キャリアと家庭』両立を目指す会」の立ち上げは新聞でも紹介され、その日のうちに70名ものママから「会に参加したい」という連絡がありました。さっそく育休中にママ同士の情報交換会を実施。その後、ママたちの声をまとめた情報誌も配布しました。

「男性も育児をする時代と言われ始めた時期でしたが、大勢のママたちが仕事と育児の両立に苦しんでいました。『あなたの妊娠は我が社に何のメリットもない』と言われたり、育休制度を利用できずに泣く泣く会社を退職したり…。当時は会の連絡先として自宅の電話を24時間開放していましたが、7年間で約2万件の相談電話がありました」(上田さん)

日々寄せられる悩みや相談に、上田さんは会社勤めと育児のかたわら、一つ一つ丁寧に応じました。切実な悩みがつづられた手紙には、毎朝 1 時間ほど早起きして、10 件ずつ返事を書いていきました。

「夢、諦めてるんちゃう?」 背中を押した息子のひと言

「私が会社を辞めたら、後輩たちに迷惑がかかる」。女性総合職第1号として入社した上田さんは長年、その一心で仕事を続けてきました。

「一方で、ライフワークとして、働くママに寄り添いたいという思いも強くありました。『上田さんは大企業だから有休が使えるけど、私たちには無理。上田さんが有休を取って、私の熱を出した子どもの面倒を見てください』という切実な相談が何件も寄せられるようになりました。いつか、ママたちを直接助けてあげたいと思うようになりました。そして、子どもたちと夜寝る前に、手をつないで、お互いの夢を話すようになったのです。子どもたちはプロ野球選手、私はいつか働くママにやさしい会社を作りたい、と話しました」(上田さん)

そんなある日のこと。小学3年生になった長男の遥さんが、「おれイチローほど才能ないかもしれへん…。イチローになられへんかった時のことを考えとく」と言い出したのです。野球が大好きで、イチローに心底憧れていた遥さん。いつになく弱気な様子に、上田さんは「夢は2番目を考えた時点で、1番目の夢は叶えへん。とことんイチローになる努力してから、次のことを考えたらいい!」と檄を飛ばしました。その言葉に大泣きした遥さんは、次の日には気を取り直して「おれ、イチローになる!」と言いました。

「息子の言葉に安心して『お母さんが一生懸命働いてバッティングセンター代を稼ぐから、頑張って!』と伝えたら、『……せやけど、お母さんはいつも会社作りたいって言ってたのに、お母さんこそ夢を諦めてるんちゃうの?』って言われたんです」(上田さん)

「お父さんも絶対反対だって言っているし、会社を作るには1000万円いるねん。あと800万円くらい貯められたら、会社を作ろうかなあ」と答えた上田さん。すると、遥さんは弟の星さんを連れて「俺らに相談してくれたらいいやん!」とお小遣いを持ってきました。遥さんは1200円、星さんは676円。2人が、上田さんが発行する月刊誌の封筒に宛名シールと切手貼りのお手伝いで、地道にコツコツ稼いだ大事なお金です。

「ありがとう。気持ちはもらっとくね。いくつになるかわからないけど、きっと実現するから」と話しました。しかし、ここで子どもたちは諦めなかったのです。『今までのお年玉も、これからもらうお年玉も全部あげるけど、それでもまだ無理?』とまで言われて……。ここで私が引いたら、この子たちも夢を描けなくなるんじゃないかと思いました。母が夢を話して、それを実行することで、子どもたちも夢を描いて実行できる大人になるはず。私も吹っ切れて、『ありがと!会社つくるわ!』と、起業に踏み切りました」(上田さん)

過去のつらかった経験をバネに進む

こうして2001年8月、上田さんは17年間勤めた会社を退職して、家事・育児を代行するサービス会社を設立しました。

悩み相談、保活コンシェルジュサービスなど、「こんなサービスが欲しい」というママたちの声を元に、本当に必要とされているサービスのみを展開してきたという上田さん。もともとはエンジニアで素人だった上田さんを突き動かしたのは、2万件ものリアルなママたちの心からの悩みの声でした。慣れない経営に四苦八苦しながらも、2021年には創業20周年を迎え、ますますママたちに求められるサービスになっています。

2人の子どもたちは、今では29歳と27歳。上田さんの良き理解者であり、サポーターでもあります。長男の遥さんは、京都大学の大学院で食育について研究。最近では関西経済同友会「女性活躍委員会」のメンバーとして、上田さんと共に女性活躍の提言をまとめています。次男の星さんも大学院に在籍して、男女共同の意識が幼少期からどうすれば醸成されるかという比較研究をしています。

「私の原動力は、自分自身のつらかった経験です。ママたちには安心して仕事も子育ても楽しんで欲しいし、それにはもっと社会が変わっていかなければいけません。夢は、マザーネットがいらなくなる社会を作ること。『マザーネットにたくさんお世話になったけれど、もう頼むことがなくなりました」と言われる日まで、心をこめて、サポートを行っていけたらと思っています」(上田さん)

2021年12月、上田さんの還暦祝いで長男遥さん(右)、次男星さん(左)と記念写真。

「ママたちに安心して働いてほしい」という原点を大切に、20年間走り続けた上田さん。最近ではよりいっそう社会に働きかけるべく、企業の経営者たちへの提言も積極的に行っているそうです。次回は、ママたちを取り巻く最近の課題や、果たすべき役割について聞きました。

上田理恵子さん(プロフィール)

1961年生まれ。鳥取県米子市出身。大阪市立大卒業後、ダイキン工業にエンジニアとして入社。2001年に同社を退職し、ワーキングマザーを総合的に支援する株式会社マザーネット(大阪)を創業。育児・家事代行をはじめ、急な子どもの発熱時にも対応するマザーケアサービスを中心に、保活コンシェルジュサービス、育休復帰準備セミナーなどを展開している。著書に「女性活躍が企業価値を高める~子育て中の部下を持つ経営者・上司のためのマニュアル」(神戸新聞総合出版センター)など。関西経済同友会「女性活躍委員会」の共同委員長を務める。

株式会社マザーネット

(取材・文 武田純子)

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