おなかの赤ちゃんにもし病気が見つかったら…。胎児治療最前線【専門医】
胎児治療って知っていますか? 胎児治療とは、妊婦さんのおなかの中にいる間に手術などの治療を行うことです。国立成育医療研究センターでは、2002年から積極的に胎児治療に取り組んでいます。同センター副院長・周産期・母性診療センター 左合治彦先生に日本の胎児治療の今について聞きました(写真は、国立成育医療研究センターで行われた胎児治療の様子)。
国立成育医療研究センターでは、2002年から胎児治療をスタート
「胎児治療」という言葉を初めて聞いたママやパパもいるかも知れませんが、実は日本でもいくつかの大学病院や小児専門病院などで行われています。
――国立成育医療研究センターが胎児治療に取り組み始めたのは、いつからでしょうか。
左合先生(以下敬称略) 国立成育医療研究センターでは、2002年の開院時に胎児を専門に診る胎児診療科ができました。胎児治療に積極的に取り組み始めたのはセンターの開院時からです。
胎児治療の目的は、病態が完成する前の胎児期に治療することで、後遺症を伴わず、赤ちゃんを生存させることです。
――おなかの赤ちゃんでも、さまざまな病気が見つかるものなのでしょうか。
左合 エコー検査などの医療技術の進歩により、胎児期からでも難病が判明します。ただし胎児治療の対象となる疾患は限られています。また治療をしなければ胎児死亡、新生児死亡の可能性があったり、出生後の治療では、極めて重大な障害を残す可能性があるなど、治療対象の条件もこまかく決められています。
胎児治療を行うことで、胎児・新生児死亡を防げることも
胎児治療ができる病気は限られていますが現在最も多く治療されているのが、一部の双子妊娠に診られる双胎間輸血症候群(そうたいかんゆけつしょうこうぐん)です。
――国立成育医療研究センターの胎児治療で最も多いのは、どんな病気でしょうか。
左合 最も多いのは、双胎間輸血症候群という病気で、2018年~2020年の3年間で100例以上治療を行っています。
双胎間輸血症候群とは、1つの胎盤を双子で共有し、ふたりの胎児の間に血管のつながり(吻合血管・ふんごうけっかん)があることで、双子に慢性的な血流のアンバランスが生じる病気で、一絨毛膜双胎(いちじゅうもうまくせい)の約10%(※)に診られます。
※「遺伝子医学33号 胎児治療の最前線」より
双胎間輸血症候群は、早期発見・早期治療をしないと発育不全、心不全、早産、子宮内死亡などを起こす可能性があります。
治療は、胎児鏡下胎盤吻合血管レーザー凝固術というレーザー手術で、双胎間の血管のつながりを遮断し、血流のアンバランスを改善する根本的治療です。
また2020年は、4例でしたが胎児胸水・嚢胞性肺疾患も胎児治療の対象です。
胎児胸水は、妊娠中・後期の胎児に胸水がたまる病気です。大量にたまると循環不全が起きます。悪化する前に治療をしなければ肺低形成といって胎内で肺が大きくならず肺の発育形成不全を引き起こす可能性もあり、呼吸不全で胎児・新生児死亡につながることもあります。
国立成育医療研究センターにおける2018年~2020年の主な胎児治療の実績は次のとおりです。
国立成育医療研究センターの胎児治療の実績(患者数)
国立成育医療研究センターの胎児治療の実績(患者数)
胎児医療のメリットと課題とは…
胎児治療にはメリットもありますが、課題も…。
――胎児治療を行うメリットを教えてください。
左合 胎児治療をするためには「診断」が必要です。診断によって胎児のうちから病状を正確に把握することで、胎児や新生児死亡を防ぐことができたり、出生後の治療では予後不良になりやすいケースも、胎児治療を行うことでリスクを軽減することができます。
――胎児治療には課題もあるのでしょうか。
左合 なかには妊娠中から、病気による重い障害が判明することもあります。妊娠22週未満で、そうした病気の「診断」がされると、悩んだ末に妊娠の継続をあきらめるママやパパもいることでしょう。しかし私は、胎児治療がさらに確立されれば、そうした問題も少し解決できると考えています。
これからママやパパになる人には、もしおなかの赤ちゃんに病気が判明したとき、どのようにその病気と向き合うか、命と向き合うかをあらためて考えてほしいと思います。
写真提供/国立成育医療研究センター 取材・文/麻生珠恵、ひよこクラブ編集部
胎児治療は、これからの医療です。新しい胎児治療としては、先天性横隔膜ヘルニアに対する胎児治療が有望です。また2020年に脊髄髄膜瘤、下部尿路閉塞などの胎児治療の試験的治療が行われました。2021年7月には、国立成育医療研究センターで、重症大動脈弁狭窄症の胎児手術に国内で初めて成功しています。
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