小児救命救急センター24時【チャイルドシートの誤使用】
事故後、女の子は嘔吐を繰り返し、両脚は血色が悪くなって…
母親が運転する軽乗用車が時速30kmほどで停車中のワゴン車に衝突。母親はとくに外傷はないものの、後部座席のチャイルドシートに座っていた5カ月の女の子の両脚の血色が悪く、あまり動かさない様子で顔色もよくないとのこと。母親と女の子を搬送するとの救急コールが鳴ったのは、ある日の昼下がりのことだった。
ほどなくして、2人を乗せた救急車が到着した。救命士に抱かれて降りてきた女の子は確かに顔色が悪く、救急室に入った途端に嘔吐(おうと)した。両脚もうっ血している感じで赤黒く見え、あまり足を動かさなかった。チャイルドシートの形状は通常の座いす型で、下半身はT字形で固定し、肩を2本のハーネスでホールドするタイプと報告を受けた。衝突時に下半身がベルトで締めつけられた結果であろうが、なぜそのような力が加わったのかは不明だった。しかし、顔色不良と嘔吐は頭部を強く打ったことを予想させた。すぐに点滴、採血、そして頭部CT検査を指示して、母親に自身の体の状態を尋ねると、とくに痛む部位はないと答えたので、母親の診察は後回しにして女の子の話を聞くことにした。
わき見運転が原因の事故で、チャイルドシートから女の子を降ろしたときには「すでにグッタリしていた」と母親は話した。このとき、研修医が女の子の頭部CTの検査結果を持ってきた。女の子はCT室でもまた嘔吐したようで、検査結果では脳や脊髄(せきずい)を覆う膜と膜の間が拡大して見え、脳脊髄液が異常にたまっているか内出血を起こしていると思われた。すぐに点滴の量を減らすことと、止血剤を投与して頭蓋骨(ずがいこつ)内の圧力を下げる薬を使うこと、血液検査結果を知らせるように指示をした。
チャイルドシート装着も、設置方法が正しくないと…
「お子さんは衝突の衝撃で頭を強く打っているようで、下半身もうっ血して動きが悪くなっています。このような状態から考えると、もしかしてチャイルドシートを後部座席に前向きにセットしていませんでしたか?」と母親に尋ねると、キョトンとした表情で「どういう意味ですか?」と聞き返した。
「1才未満や体重が13kg未満(10kg未満のタイプも)の場合、座位型のチャイルドシートは後部座席に後ろ向きにセットするんですよ」
「でも……、チャイルドシートを買ったときにそんな説明は聞いていません! だから、前向きに取り付けていました」
「そうでしたか。実は、お子さんは事故の衝撃で脳と頭蓋骨の間にわずかに脳脊髄液か血液がたまってきている状態で、数日間は脳の浮腫(むくみ)を抑える治療が必要です。下半身はすぐに動かせるようになります。いずれにせよ、ちょっと入院して様子を見ましょう。お母さんも診察を受けましょうね」
入院4日目、症状も授乳回数も回復し、再CT検査で脳の浮腫が解消してきたことを母親に告げると、ようやく自分を取り戻したのか、「昨日調べてみたのですが、確かにチャイルドシートの背後に、“1才未満は後ろ向きにセットするように”と書いてありました。説明書をよく読んで、これからは説明書どおりに使います」と話した。
【チャイルドシートの誤使用とは?】
1才未満や13kg(10kgタイプも)未満の場合、座位型のものは必ず後ろ向きに装着します。商品の設置方法をよく確認した上で使用方法を守りましょう。低月齢だと大人が抱っこして乗車する人も見かけますが、事故が起きてから後悔しても遅いので、チャイルドシートは必ず使用しましょう。
■監修:(故)市川光太郎先生
北九州市立八幡病院救命救急センター・小児救急センター院長。小児科専門医。日本小児救急医学会名誉理事長。長年、救急医療の現場に携わり、子どもたちの成長を見守っていらっしゃいます。
【市川先生から…】
6才未満のチャイルドシートの使用は法的義務です。どんなに嫌がっても、たとえ近距離でも必ず使用しましょう。1才未満は後ろ向きに装着するなど、適正な方法で使用することが重要です。
イラスト/にしださとこ
【お知らせ】
市川先生が、赤ちゃんがかかりやすい病気や起きやすい事故、けがの予防法の提案と治療法の解説、現代の家族が抱える問題点についてアドバイスしてくださった「救命救急センター24時」は、雑誌『ひよこクラブ』で17年間212回続いた人気連載でした。2018年10月市川光太郎先生がご逝去され、連載は終了となりました。市川先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます(構成・ひよこクラブ編集部)。
※この記事は「たまひよコラム」で過去に公開されたものです。