助産師のママと専業主夫のパパ、二人の思いが詰まった地域コミュニティ「ママの笑顔は子どもたちの未来」 お産をしない助産院が伝えたいこと
助産師としての過酷な経験、自らの産後うつ。髙木静さんがそこから見えてきたのは、誰にも頼れず、がんばって子育てをするママの姿。一方、夫の駿さんは専業主夫をすることで、誰にも頼れない家事や育児の大変さを実感。そんな二人の経験がお産を扱わない助産院「こもれび家」の構築に大きく舵を切りました。そして今、静さんは助産師とママの目線から、駿さんは男性そして主夫としての経験から、子どもたちの未来のために奔走しています。
前編の「過酷なお産の現場を見てきたから行き着いた。お産を扱わない助産院「こもれび家」の挑戦!」に続いて、後編では、専業主夫を経験した駿さんの経験を交えて、互いに助け合える出産や育児について考えます。
思っていた以上に大変だった育児。思わず子どもを窓から投げようと追い詰められたことも
――― まだまだ日本では専業主夫といわれる人は少ないと思いますが……
髙木駿さん(以下敬称略):確かに、男性が専業主夫としての自分を受け入れるのは、やっぱりプライドが邪魔しているなと感じています。
僕の場合は、妻が妊娠中に家事、育児の全てを叩き込まれました。だから「いつ生まれても大丈夫。赤ちゃんの世話は完璧!」って自信もありました(笑)。
でも実際は、仕事に復帰した妻は、緊急時には昼も夜も関係なく呼ばれるので、いわゆるワンオペ状態。一晩中、子どもを抱っこして寝られないなんて当たり前だし、2時間おきの授乳のたびにゲップを出さなくてはならないし、寝れないまま朝を迎えたと思ったら、朝は朝でやることがいっぱいなわけです。
全く自分が思っていた通りにいかないし休めないし、そんな毎日を過ごしているうちに、いわゆる育児ノイローゼになりました。つらくて、つらくて、2階の窓からこの子を投げてしまったらどんなに楽になるのだろうと、本当に窓のところまで行ったんですよ。
そのときは、自分の口にタオルを突っ込んで叫んで、椅子を投げて壁に穴を開けて、号泣しながら夜勤中の妻に「とにかく助けてくれ」って電話しました。「なんとか私の夜勤中は頑張って」という言葉で、妻が帰ってくるまでなんとか持ち堪えられた感じです。
――― 日中は仕事に出ていて、夜中に奥さんが授乳していても隣で爆睡している男性が多いという話を聞くなか、貴重な体験でしたね。
髙木駿:妻の助産師としての知識や経験と男性である自分の経験をかけ合わせたうえで、男性目線で主婦の仕事や育児について発信しようと、2018年に「主夫ラボ」を立ち上げました。今はセミナーに登壇したり、イベントを企画したりしています。
立ち上げ当時は、まだ赤ちゃんだった子どもを抱っこしたり、ベビーカーを押したりして、いろいろなところを訪ね歩きました。そこで、少しずつ地域のかたがたと繋がりながら、「助産院を作って産前産後のケアのママたちをフォローしたい。地域コミュニティを作りたい」という妻の希望を叶えられるような場所を探しました。そして、2019年末にこの場所が見つかりました。
専業主夫の経験を活かして空き家の活用、地域の居場所作りへ
――― まさに専業主夫からのスタートだったのですね。
髙木駿:いろいろな経験をさせてもらっているなかで、男性の育休取得支援や空き家を活用した地域の居場所を作るなど、社会問題として空き家の活性化、地域活性化などの取り組みにも関わるようになりました。
そのなかで、高齢者の家主さんの抱えているさまざまな問題を地域の人たちが連携、解決することが空き家の活用につながっていくということも感じました。
同時に、パパ目線かつ男性が参加してくれるようなセミナーを企画したり、カードゲームを作ったりもするようになりました。最近は、自治体だけでなく、FP事務所や図書館、児童養護施設などいろいろな団体から声をかけていただけるようになっています。
私を含めたチームで作るカードゲームには、「産後どんなことが起きるのか?」を始めとした毎日の生活のなかの150くらいの名もなき家事が登場します。これらをどう分担して解決していくかをパートナーと話し合うきっかけになってくれればうれしいですね。
頼れる人には頼って! ママの笑顔は子どもたちの未来だよ
――― 夫である駿さんからみた静さんはどんな人ですか?
髙木駿:単純にすごい人だなって尊敬しています。
世の中にはあれをしたい、これをしたいと思うかたは本当にたくさんいると思うんですけれど、妻のように「社会を変えたい」という思いで主体的に動いている人はやはり少ないのではないでしょうか。そんな彼女だから、共感してくださるかたがたが、どんどん集まってくるのだと思います。
これからも妻と協力してこうした活動を地道に続けることで、地域の人とつながり、子どもたちを見守り、育んでいけるような形を作っていきたいなと思っています。
――― こもれび家の今後目指す姿を教えてください。
髙木静さん(以下敬称略):これまで、助産師として最前線で生まれたばかりの赤ちゃんとお母さんを見ながら、いつも「なぜもっと楽しく育児ができないかな」ってずっと思ってきました。
だからまずは、「こもれび家」のような場所を作りたい人をサポートできるシステムを構築していくことが一番重要だと思っています。
そしてここは地域コミュニティの役割もあるので、産後1年で区切るのではなく、小学生でも高校生でもどんな人も大歓迎。イベントを開催する場合は「あえて無料にしないで」と主催者に伝えます。無料だからではなくて、本当に必要な人に来てほしいですから。
また、産後ケアをする助産院と聞いてもなかなかピンと来ない人がほとんどです。
だから、「こもれび家」が産後ケアをする場所であるということを発信しつつ、同じような場所が日本中に駅の数ほどできて、女性たちが安心して産める、産みたいと思ってもらえるような環境を整えていきたいです。
――― コロナ禍で、仕事や育児にクタクタになりながらもがんばっている、同じママやパパの立場からエールを送ってください。
髙木駿:育休取得推制度があるから育休を取るのではなくて、具体的に家ではどんなことが起こるのか、どんなことをやらなければいけないのかということを知ってほしいです。
僕もこういう働き方をしているので、男性が家事や育児をすることが大変だと思っています。男性、女性に関係なく、ひとりで全部やろうではなくて、それぞれの家庭、パートナー同士で役割分担をきめて、オリジナルスタイルを作っていけばいいのではないでしょうか。
例えば、僕の場合は、家事にしても育児にしても、妻のやり方を実際見せてもらったり、動画を撮らせてもらったりして、妻のやり方をベースにしています。どんなところをどんなふうにやっているのかっていうところをしっかり共有、シェアすることが大切なんだなと思います。
髙木静:「ちゃんとしなきゃいけない」とがんばっているママには「とにかく笑顔でいてほしい」、それだけを伝えたいです。
とにかく頼れる人には頼ってほしいんです。
私は誰もがひとりでは育児はできないと思っています。「子どもが育つために100人の大人が必要」といわれているように、たくさんの人の力が必要ですから、困っていることがあれば、まずは私たちを頼ってほしいです。
実際にここに来る育児中のママたちのなかには、「私なんかが使ってもいいんですか?」など言う人もいます。でも、育児中のつらいときだからこそ、「誰にでも頼っていいんだよ」と言いたいです。日本の女性は人に頼るのが下手な人がすごく多いので、「一人でがんばってちゃダメだよ。ママの笑顔は子どもたちの未来だよ」って、本当に思います。
文・写真/米谷美恵 取材/米谷美恵、たまひよONLINE編集部
昭和61年に全世帯の15.3%を占めていた三世代同居世帯は、平成28年には5.9%まで減少(※1)したそうです。私の子どもの頃は、祖父母、両親、叔母、兄という家族構成。おまけに一歩外に出れば、近所の顔見知りのおじさん、おばさん。当時は子どもながらにそんな環境をときにはうっとうしいと感じていました。でも思い返してみると、どんなときも誰かが子どもだった私のことを気にかけてくれていた幸せな環境だったのだと思います。頼れる人には頼る。家族も近所の人も子どもを取り巻く全ての人で子育てをする。髙木さんはそんな環境を取り戻そうとしているのかもしれません。
※1 世帯構造別にみた世帯数の構成割合の年次推移
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/20-21-h28.pdf
●記事の内容は記事執筆当時の情報であり、現在と異なる場合があります。
髙木静さん
PROFILE
熊本県阿蘇市出身。現在4歳と7歳の二児の母。
熊本大学医療技術短期大学部助産専攻科を卒業し、助産師免許取得。その後、15年間病院に勤務で、約800人の赤ちゃんを取り上げました。
「こうのとりのゆりかご」での経験や、自身の産後うつを経て、助産師として、二児の母としての働き方や使命と向き合うなかで、開業と病院退職を決意し、2020年9月6日、助産院こもれび家開業。管理者就任。助産院こもれび家は、産前産後ケアに特化した助産院として分娩の取り扱いはしない助産院。「ママの笑顔と子供たちの未来のために」をコンセプトに、地域コミュニティとして、地域のみんなで子育てをしていける町づくりを目指しています。
髙木駿さん
PROFILE
主夫。二児の父。家事育児セミナー講師。昭島市子ども食堂立ち上げ。昭島市男女共同参画課広報誌『Hi あきしま』元編集委員。助産師の妻と助産院こもれび家創設。育児カードゲーム制作監修、運用。2022年には、オンライン塾「パパ塾〜家事育児マスター講座〜」開校。空き家活用相談や子育て世代の住まい相談にも携わる。さまざまな活動は多くのメディアに取り上げられている。