おふろでの溺水は5人に1人が経験、静かに溺れて気づかないことも。首浮き輪は注意を【小児科医】
子どもが、ママやパパと入浴中に家庭のおふろで溺れる事故は意外と多いです。厚生労働省の人口動態統計(2020年)によると、交通事故以外の不慮の事故による死亡原因として溺水は4歳以下で2位。5~14歳は1位です。また、4歳以下の溺水による死亡は14件でしたが、このうち家庭の浴槽内で亡くなったのは10件です。
日本小児科学会小児救急委員会報告として、2021年「未就学児の家庭内入浴時の溺水トラブルに関するアンケート調査結果」を発表したメンバーの1人である、佐久総合病院佐久医療センター小児科 坂本昌彦先生に、調査のことや家庭で事故を防ぐために注意することを聞きました。坂本先生は2021年「子どもは静かに溺れる」ということをSNSで発信した際にも話題になりました。
おふろで溺れかけたとき、悲鳴や助けを求める声を出さなかった子は86%
2021年に発表した同アンケート調査は、2019年に坂本先生の勤務先の病院がある長野県佐久市で同じテーマでママ・パパにアンケート調査を実施したという前段階があります。
「子どもの事故は乳幼児の溺水に限らず、命を落とすような大きな事故が発生する前に、必ずそれよりも小さな事故が多発しています。
最も多いのが、幸い事故を未然に防げたり、けががなく済んだヒヤリハットです。その次に多いのが軽・中程度のけがをするような事故です。そうした事故が多発していても、何の対策もとらずに放置したままだと、いずれ命を落としたり、重度の障害を負ったりするような大きな事故が発生するという構造です。
家庭内入浴時の溺水事故もその1つです。佐久市の調査結果を見たところ、かなりの家庭で入浴時の溺水事故が起きていたことがわかり、全国調査を行いました。論文として全国で起きている事故の実態を発表し、事故を未然に防ぐように啓発していくのがねらいです」(坂本先生)
アンケート調査は2019年6~7月、北海道、東京、長野など全国83の保育施設の協力を得て実施。子どもの対象年齢は0~6歳で、保護者が回答しています。
調査によると「浴槽での溺水トラブルの経験あり」と答えたのは21.2%(有効回答 5503名)。溺水事故にあったのは1~3歳が88%を占めています。
「家庭での入浴時の溺水は、5人に1人の子が経験していることがわかりました。なかには“親子で一緒に入浴しているときに、子どもがおふろで溺れたら、すぐ気づくはず!”と思うママ・パパもいるでしょうが、子どもは静かに溺れます。ママ・パパが髪を洗ったりしていると気づかないこともあります」(坂本先生)
調査では「溺れかけたときに悲鳴や助けを求めるような声を出していましたか?」という質問に対して「出していなかったと思う」が86.5%(有効回答1156名)で、「出していたと思う」 は9.4%でした。また「溺れかけたときにバシャバシャ水しぶきを上げるなど音がしましたか?」という質問に対しては「音はほとんどしなかった」が33.9%(有効回答1140名)でした。
「アメリカの小児科学会や沿岸警備隊などは以前から“人は溺れるときは声を出さず、水面をたたくわけでもなく静かに沈む”ということを啓発しています。
私が2021年、SNSでこのことを伝えると多くの反響がありました。なかには“自分が子どものころ、親のそばで溺れているのに親がまったく気づいてくれず怖かった”という人もいました。静かに沈んでいけば、親がそばにいても気づかないこともあるのです」(坂本先生)
ママが髪を洗っているわずか数分の間に、浮き輪がはずれて溺れた子も
ママ・パパが1人で子どもをおふろに入れるとき、浮き輪に入れて浴槽内で子どもを待たせるということもあるのではないでしょうか。しかし今回の調査では、浮き輪を使用中に溺れた子がいたこともわかりました。
「浴槽で浮き輪を使用中に溺れかけたのは17名で、内訳は足入れつき浮き輪が6 名。首浮き輪が 9 名。未回答2名でした。
“浮き輪を使っているから、入浴中、子どもから少し目を離しても大丈夫”と思うママ・パパもいるかもしれませんが、浮き輪は必ずママ・パパの手の届く範囲で見守りながら使うことが必須です。
アメリカの小児科学会では、子どもを事故から守るために“touch supervision”というフレーズを使って啓発しています。手の届く範囲で監視するという意味です。子どもを溺水から守るには、“touch supervision”を心がけてください」(坂本先生)
日本小児科学会の傷害速報でも、浮き輪に関しては次のような事故事例が報告されています(事故事例は、原文をもとに編集部で再構成しています)
【首浮き輪の事故 その1】
入浴中、9カ月の男の子に首浮き輪をつけて湯船に浮かばせていた。ママがキッチンのコンロの火を消し忘れたことに気づき、子どもをそのままにしてキッチンへ。そのときゴミ箱を倒してしまい、ゴミを片づけて5分後に浴室に戻ると首浮き輪がはずれており、子どもはあお向けで沈んでいた。すぐに抱き上げて、刺激したが反応がなく、チアノーゼを認めたため、救急車を呼ぶ。その間、ママ自ら胸骨圧迫を行う。水は吐き出したが反応はなく、玄関先で胸骨圧迫を続けながら救急車を待つ。通行人に助けを求めたところ、通行人が人工呼吸を行い、自発呼吸が見られ、顔色もじょじょに回復した。連絡を受けて8分後に救急車が到着したが、意識レベルの低下などが認められ、集中治療室に入院。7日目に退院する。
【足入れつき浮き輪の事故】
おふろでママが髪を洗っている間、9カ月の男の子が、浴槽用の足入れつき浮き輪に入って湯船の中にいた。ママが子どもの声がしないので湯船を見ると、浮き輪がはずれ子どもはうつ伏せで浮かんでいた。すぐに子どもを浴槽から引き上げたが、息をしておらず顔色不良のため人工呼吸を開始。1~2分で呼吸が再開され、ミルクを嘔吐した。救急搬送され、集中治療室に入院する。翌日には意識がはっきりと回復し、脳波などにも異常が認められなかったため、7日目に退院する。その後の経過観察では、つたい歩き、発語もあり、後遺症は残らない可能性が高いと思われる。
「紹介した事故事例のようにママ・パパがひとりでおふろに入れていると、どうしても子どもから目を離してしまうことがあると思います。しかし、たとえ数分でも絶対に湯船の中に子どもを1人にしないでください。浮き輪は、ママやパパが目を離して使ってもよい育児グッズではありません。
キッチンのコンロの火を消しに行ったママは、ほんの数十秒で戻るつもりだったでしょうが、ゴミ箱を倒してしまい、浴室に戻るまで5分かかっています。“電話がかかってきた”などで足を止めてしまうことはよくあることです。
そのため子どもから目を離すときは、脱衣所にバウンサーをおいておき、そこに座らせるなどの対策を必ずとりましょう」(坂本先生)
また誤った使い方による事故も起きています。
【首浮き輪の事故 その2】
6ヵ月の女の子が、浴槽内で首浮き輪を装着していた。2つある安全ベルトのうち、上面の安全ベルトしかしていなかった。ママが髪を洗っている間、2~3 分目を離し、気づくと浮き輪の上部に目がかかるまで赤ちゃんがズレ落ち、鼻の下までお湯に浸かっていた。すぐに抱き上げたものの顔色は不良。2 回にわたり水を嘔吐し、顔色は戻ったが救急車を要請した。意識はあり、呼吸も安定し、胸部などにも異常は見られなかったが、3日間入院し、後遺症もなく退院する。
「紹介した事例も、安全ベルトをしっかりつけていませんでしたが、浮き輪は、使い方によって事故が起こることもあります。とくに首浮き輪は、①あごが正しい位置にあるか、②安全ベルトが外れていないか、③空気がしっかり入っているか 確認してから使いましょう。説明書をしっかり読んでください。
なかには首まわりが苦しそうだからと空気を抜き気味にして使うママやパパもいますが、そうした使い方は事故のもとです」(坂本先生)
「受診の必要がない」と思っても、6~12時間は家庭で様子を見て
今回の調査では、子どもが溺水したとき「受診しなかった」が99.4%(有効回答1158名)でした。ほとんどの家庭が受診をしていませんが、すぐに意識が回復すれば受診は必要ないのでしょうか。
「溺水は、すぐに助けて事なきを得るケースと、すぐに人工呼吸をして救急搬送が必要なケースの2つに分かれます。
すぐに助けることができて、子どもが泣いたりして意識がはっきりしていれば受診は必要ないのですが、6~12時間は子どもの様子をよく見てください。
なかには肺に水が溜まったり、肺炎のような症状を起こす子もいます。①発熱、②せき、③呼吸が苦しそうなど気になる様子があるときは、診察時間外でもすぐに受診してください」(坂本先生)
協力/公益社団法人 日本小児科学会 取材・文/麻生珠恵、たまひよONLINE編集部
入浴時に子どもの溺水事故を経験したママ・パパからは、事故を防ぐ対策として「親が髪を洗うときなどは湯船から出す」、「入浴に際して複数の大人が関わる」、「目を離している間は 会 話 を 続 け る」、「子どもを後から浴室に入れ、先に出す」という回答が。乳幼児がいる家庭では「他人(ひと)ごと」とは思わずに、おふろでの安全対策を見直しましょう。
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