母子感染すると死産、流産、脳の障害なども。意外と知られていない、ワクチンでは防げない2つの母子感染症【専門家】
妊婦さんがウイルスや細菌などに感染し、おなかの赤ちゃんにも感染することを母子感染といいます。その中には先天性トキソプラズマ症、先天性サイトメガロウイルス感染症という病気があります。この2つの病気は、妊婦さんはとくに注意が必要なのですが、産科や母親学級などでは十分な指導が行われていないのが現状です。先天性トキソプラズマ&サイトメガロウイルス感染症患者会「トーチの会」の代表を務める渡邊智美さんと、同会の顧問を務める、長崎大学大学院 小児科学教授 森内浩幸先生に、この2つの病気と医療の課題について聞きました。トーチの会は、2022年秋に発足10周年を迎えました。
母子感染症「先天性トキソプラズマ症」「先天性サイトメガロウイルス感染症」とは!?
渡邊さんが代表を務める「トーチの会」は、先天性トキソプラズマ症、先天性サイトメガロウイルス感染症の患者会です。「病名を初めて聞いた」というママやパパもいるかもしれませんが、この2つは、どのような病気なのでしょうか。森内先生に聞きました。
――まずは先天性トキソプラズマ症について教えてください。
森内先生(以下敬称略)先天性トキソプラズマ症は、トキソプラズマという目には見えない、小さな単細胞動物(原虫)によって起こります。トキソプラズマに感染した猫のフンの中に卵が出て来て、それが土や砂の中に入り、やがてほかの多くの動物にも感染して筋肉に入り込みます。
人への感染は、加熱が不十分な肉を食べることや、トキソプラズマの卵が紛れ込んだ土や砂に触れたり、トキソプラズマに感染している猫のトイレ掃除をしたりして手に付いたのが口や目に入ることで起こります。
日本では、大人になってから感染率が高くなる傾向があるのですが、健康な人ならば感染してもとくに問題はありません。しかし妊娠中に初感染すると、おなかの赤ちゃんに危険がおよび流産、死産、脳や目などに障害が生じることもあります。症状や障害の重さはさまざまです。
生まれた後すぐには問題がなくても、成長するにつれて症状が出る子もいます。
――先天性サイトメガロウイルス感染症とは、どのような病気でしょうか。
森内 サイトメガロウイルスは、ありふれたウイルスです。日本では成人の半分以上がすでに感染しており、一旦感染すると生涯体内に潜んでいます。
感染経路は、尿やだ液、性行為、輸血など体液を介した感染です。上の子のおむつ交換をしたり、食べ残しを食べたりして感染する妊婦さんもいます。
サイトメガロウイルスも健康な人が感染してもまったく問題はないのですが、妊婦さんが感染すると、胎児への感染が危ぶまれます。
おなかの赤ちゃんが感染しても8割くらいは何も症状が見つかりません。しかし、流産、死産、脳や視力や聴力に障害が生じることがあり、症状や障害の重さはさまざまです。
また、生まれたときには症状のなかった赤ちゃんの1〜2割は成長するに従い、進行性の難聴などの症状が出てきます。
サイトメガロウイルスに感染し、障害が出る赤ちゃんは年間1000人と推測
森内先生は、渡邊さんが代表を務める「トーチの会」の顧問です。「トーチの会」が発足したのは、森内先生の後押しが大きかったと言います。
――森内先生と渡邊さんの出会いを教えてください。
渡邊さん(以下敬称略) 私は、2011年に長女を出産しましたが、妊娠30週の妊婦健診で脳に異常が判明しました。詳しい検査をして、おなかの赤ちゃんがトキソプラズマに感染していることがわかりました。
思い当たることは、外食はほとんどしていなかったのに、知人に妊娠を報告する食事会で行った焼肉店で出されたユッケやレバ刺しを食べたことくらいでした。
当時は、妊娠中、生肉や加熱不足の肉を食べると、おなかの赤ちゃんに重大な障害が起きる危険性があるなんて知りませんでした。
長女を出産して間もなく、ある記者さんと知り合いになり、この病気のことをもっと世間に知ってもらうためにはどうしたらいいか相談にのってもらったりしているうちに、森内先生を紹介してもらいました。
森内 当時は、風疹の母子感染が問題になり報道されていました。しかし母子感染で注意してほしいのは風疹だけではありません。
妊娠期はトキソプラズマ、サイトメガロウイルスの感染も十分注意が必要なのですが、かかりつけの産婦人科や母親学級などで十分な指導がなく、知らない妊婦さんが多いことに、私自身、問題を感じていました。
トキソプラズマ、サイトメガロウイルス感染への注意喚起を促していくには、当事者のママ・パパに声を上げてもらうのが有効だと思っていたので、渡邊さんに患者会を作ることをすすめめました。
――トーチの会では、先天性トキソプラズマ症、先天性サイトメガロウイルス感染症の2つの母子感染症を対象にしたのはなぜでしょうか。
森内 母子感染する病原体は数が多く、感染経路も感染時期も、おなかの赤ちゃんに及ぼす影響もさまざまです。
この中で経胎盤感染によっておなかの赤ちゃんに重篤な臓器、神経、感覚器の障害をきたすものは病原体の頭文字をとってTORCH症候群と名づけられています。
T=Toxoplasma gondii(トキソプラズマ原虫)
O=others その他ということで梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum)など
R=Rubella virus(風疹ウイルス)
C=Cytomegalovirus(サイトメガロウイルス /CMV)
H=Herpes simplex virus(単純ヘルペスウイルス/HSV)を示します。
なかでも先天性トキソプラズマ症、先天性サイトメガロウイルス感染症は、日本において発生頻度は高いです。平成20~22年度に成育疾患克服等次世代育成基盤研究事業により、新生児の尿をろ紙で採取したものからサイトメガロウイルス検出をする検査が全国6都道県で実施されました。
その検査のデータをもとに試算すると、日本では300人に1人の新生児がサイトメガロウイルスに感染し、年間1000人に1人の赤ちゃんに何らかの症状が出ていることがわかりました。1000人に1人という数は、生まれつきの疾患で最も頻度が高いダウン症候群に並ぶ数値です。
トキソプラズマも年間数百人の赤ちゃんが感染して生まれているといわれています。
しかし現在日本では、この2つの病気に関して、全数報告が義務づけられておらず、十分な調査が行われていないので、正確な感染者数などはわかっていません。
また先天性トキソプラズマ症、先天性サイトメガロウイルス感染症には次のような共通点があります。
1 予防するワクチンがなく、注意していても完全に予防するのが難しい
2 妊婦中に感染しても、妊婦さんに症状が現われにくいので発見しづらい
3 妊婦健診で早期発見のための抗体検査をルーティーンで行っている医療機関が少ない
4 赤ちゃんが発症した場合、発達の遅れ・障害、脳性麻痺、てんかん、視覚障害など症状に共通点がある
抗体検査は任意で受けられるが課題も
妊婦健診では風しんやHIVなどの抗体検査は公費で受けられますが、トキソプラズマ、サイトメガロウイルスの抗体検査は任意です。また検査には課題もあります。
――トキソプラズマ、サイトメガロウイルスの抗体検査は普及しているのでしょうか。
森内 トキソプラズマの抗体検査は約50%、サイトメガロウイルスの抗体検査は約5%程度です。
検査率が低いのは任意ということもありますが、それ以外にも課題があり、強く推奨できない背景もあります。その課題の1つが、抗体検査ではおなかの赤ちゃんに感染しているかどうかはわからないということです。
抗体検査には、IgMとIgGがありますが結果は一般的に次のように読みます。
【両方陰性】過去も現在も感染していません。
【IgM陰性・IgG陽性】過去に感染していて、妊婦さんが免疫を持っていることを示します。おなかの赤ちゃんに感染する可能性は低いものの、ゼロではありません。
【IgM陽性・IgG陰性】ごく最近感染したことを示します。ただしIgMは偽陽性も起こるため、再検査してIgGが陽性になるか確認することがすすめられます。
【両方陽性】最近、感染したことを示しますが、それが初感染か再感染か、再活性化かは判断できません。また初感染でも、それが妊娠中に感染したのか、妊娠前に感染したのかは不明です。
こうした結果の分類だけを伝えると悩んでしまうママ・パパもいると思うので、抗体検査を受けるときは医師に検査の目的や意味をよく説明してもらって、納得してから受けてください。もちろん、検査をする側もていねいに説明をするように心がけることが大切だと思います。
渡邊 トーチの会のHPのお問い合わせフォームからも「妊娠中ですが、トキソプラズマの抗体検査をしたら陽性でした。でも医師からは“おなかの赤ちゃんへの感染はまれだから大丈夫と言われました。本当に大丈夫ですか?”といった質問が寄せられます。
私としては妊婦さんに検査の目的をしっかり伝えたうえで検査を行い、陽性だった妊婦さんには、不安をあおるようなアドバイスではなく、適切に対応してほしいと思います。
森内 確かに、とくにサイトメガロウイルスに関する医療現場の対応には課題があります。
全国規模ではないのですが、長崎県では妊娠初期にサイトメガロウイルスIgGを調べ、陰性だった妊婦さんには妊娠中の生活の注意点をとくにしっかりと説明するように産科の先生に呼びかています。また、妊娠後期にもIgGを調べ、もしも陽性化していたら、生まれた後赤ちゃんの検査をするように指導しています。
渡邊 先天性トキソプラズマ症も、先天性サイトメガロウイルス感染症もワクチンがないため、予防の方法を知ることが必要です。
産科だけでなく、専門知識を持った人が妊婦さんに正しい感染予防対策を促し、感染が疑われる人には適切にフォローできる体制作りが望まれます。
お話・監修/渡邊智美さん(トーチの会代表) 取材・文/麻生珠恵、たまひよONLINE編集部
トーチの会は、2022年9月23日に発足10周年を迎えました。代表の渡邊さんは「先天性トキソプラズマ症も、先天性サイトメガロウイルス感染症もまだ課題は多いです。私たちの目標は、トーチの会の役目がなくなるような社会を目指すこと」と言います。
渡邊智美さん(わたなべともみ)
PROFILE
先天性トキソプラズマ&サイトメガロウイルス感染症患者会「トーチの会」代表。歯科医師。わが子の病気の情報が少ないことに困った自身の経験から、自ら患者会を立ち上げる。
渡辺さん着用のTシャツはチャリティーTシャツです。以下のサイトで購入できます。
(2022年11月15日~12月31日まで)
●記事の内容は記事執筆当時の情報であり、現在と異なる場合があります。
『もふもふライリーとちいさなエリザベス』
先天性サイトメガロウイルス感染症により、重い障害を持って生まれ16歳で亡くなった、アメリカの女の子・エリザベスの半生を母がつづった、実話小説『エリザベスと奇跡の犬ライリー』(著者/リサ・ソーンダース)の絵本版。トーチの会がクラウドファンディングで制作費を募り、2021年11月に出版しています。ナカイサヤカ文、うよ高山絵、リサ・ソーンダース原作/2090円(THOUSANDS OF BOOKS)