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自作の着信メロディ、電池裏のプリクラ、ガラケー。懐かしい携帯電話の思い出

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bakalusha/gettyimages
※写真はイメージです

●12月1日は「着信メロディの日」
1999年(平成11年)12月1日、世界で初めて携帯電話用着信メロディが配信されました。この規格を開発した株式会社フェイスが「着信メロディの日」に制定しました。
一般に“着メロ”と呼ばれていますが、これは商標登録されているため厳密には全ての着信メロディが“着メロ”というわけではないそうです。

携帯電話の登場から約50年

ここ数十年で大きな進化を遂げた携帯電話・スマートフォン。日本で最初に携帯電話が登場したのが1970年(昭和45年)、大阪で開催された日本万国博覧会の「電気通信館」で展示実演された電話線不要のワイヤレスフォンと言われています。
その後も進化を続け、1985年には平野ノラの「しもしも~」でおなじみの肩に掛けるお弁当箱のようなショルダーフォン。そして、1991年に、比較的いまの形状に近い超小型携帯電話機が登場しました。

初めて携帯電話を持ったときの喜び、今でも覚えています。
口コミサイト『ウィメンズパーク』でも、懐かしい携帯電話の思い出で盛り上がっています。

「今ほど電波状態が良くなく、電波が悪いとアンテナ伸ばして意味もなく携帯ブンブン振ってました(笑)」

「当時は地下では使えなくて、わざわざ地上に出て電話してましたよね」

「アンテナを向ける方向で、聞こえやすかったりした記憶があります。今は『ごめん! 電波が悪くて切れた』 なんて会話が無いですよね。進化してますね」


うん、うん、電波状況よくなかったです。でも、長話を切る時や出たくない人の時は、電波が悪い振りをして切っちゃうパターン、あるあるでした。

「着メロをネットで楽譜を拾ってポチポチと入力しましたよ~」

「友だちが和音の着信音の機種に変えた時、その着信音に感動して、何回もエレクトリカルパレードの着信音を聴かせてもらったなぁ」


着メロを作る本まで出版されてましたよね。

「パケホーダイなんてまだ浸透してなく、ネットを繋ぐとお金がかかるっていうことを知らなくて携帯代2万超え! 親に叱られた記憶があります」

「ドコモにドニーチョという平日夜間と土日祝だけ通話可能という安いプランがありましてですね、退社後に遊びの連絡を取るのに便利でした」

「当時の月額料金は、今の3倍以上でしたね。途中からドニーチョができて、なんとか携帯料貧乏から抜け出せました」


あの頃は、携帯の通話料で親に怒られていた人続出でした。

「アンテナをレインボーに光る に変えるのが学校でブームに」

「電池パックのフタの裏にプリクラを貼るのが流行ってた~」

「携帯本体がわからなくなる位のストラップやぬいぐるみも付けていました。付け過ぎて電話が鳴っても鞄のなかで引っ掛かり出ることが出来ず留守電になってしまい、毎月の携帯代がかなりの高額になっていました。それでも、JKはストラップは減らさず」


今でもかわいいスマホケースやカバーを買うと心躍りますね。(文・井上裕紀子)

■文中のコメントはすべて、『ウィメンズパーク』(2022年1月末まで)の投稿からの抜粋です。
※この記事は「たまひよONLINE」で過去に公開されたものです。
※記事の内容は記事執筆当時の情報であり、現在と異なる場合があります。

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