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「私が産んだ子?」ダウン症と診断され、人生終わったと思った。1歳になる前に2度の心臓手術を乗り越えて…【体験談】

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出生身長49㎝、体重2966gで生まれた清水日葵ちゃん。

「娘が心疾患とダウン症候群の可能性が高いと診断されたとき、“人生終わった…”と本気で思いました。この先、私たちは笑うこともなく、人目を気にしてひっそりと生きていくんだろうなって」
日葵ちゃんが生まれたころの心境をこう話すのはママの清水美沙さん(39歳)とパパの秀幸さん(39歳)。

現在の日葵ちゃん(2歳4ヶ月)は、東京都認証、障がい・難病者専門 総合芸能プロダクションに所属し、美沙さんとともに病気のことや普段の様子などをブログで発信。アクセス数は最大1日34万を越え、注目を集めています。
美沙さんと秀幸さんは、日葵ちゃんの病気とどのように向き合い、前へ進んでいったのでしょう?

これまでの経緯やエピソード、プロダクション所属に至るきっかけなどについて、美沙さんと秀幸さんを中心に、日葵ちゃんが所属する「ココダイバーシティ・エンターテイメント」代表の大倉伸三さんも交えてお聞きました。

特集「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。

出産後、急展開の事態にぼう然。検索するほど不安に…

新生児一過性多呼吸の疑いで誕生後すぐに保育器に入った日葵ちゃんの様子。

「出産直後、娘は全然泣かないし顔色も悪くて…。正直、“なんか違う…”って違和感はあったんです」と美沙さん。

妊娠経過は順調で、妊婦健診でも問題なかったと言います。

「初産で約4時間半というスピード出産だったので、娘に負担をかけてしまったのかなと。落ち着いたらすぐに会えると信じ切っていました」(美沙さん)

「当時はコロナ禍で立ち会い出産ができなかったので、妻とはこまめに電話で連絡を取り合っていました。“なんかねぇ、日葵だけ別の部屋に行っちゃって…。スピード出産でびっくりさせたかも”なんて笑いながら話していたくらいでした」(秀幸さん)

ところが、生まれて数時間経っても呼吸は安定せず。ミルクも吐き戻してしまうことから、⽇葵ちゃんだけその日の夜にNICU(新生児集中治療室)のある病院に緊急搬送されます。

「妻に代わって私が同行しました。転院先の医師から“房室中隔欠損症(ぼうしつちゅうかくけっそんしょう)”という心疾患の疑いがあると言われ、頭が真っ白になりました。まさかの事態が起こって、そのときは2人とも何が起きているのが理解できませんでした」(秀幸さん)

美沙さんは、出産が長い夢だったような感覚に陥ったと話します。
「その日の早朝に入院して朝9時すぎに無事に出産できたと思ったら、すぐ娘と離れ離れになって…。でも、じきに会えると思っていたのに、想定外の緊急搬送。たった1日の間にいろいろなことが起こりすぎて、ぼう然としました。
先の見通しも立たず、出産当日の夜は人生で一番長く感じた夜でした。何かしていないと落ち着かず、ひたすら“房室中隔欠損症”を検索していました」

検索すればするほど、美沙さんは不安と恐怖に襲われます。

「夫が転院先でもらった入院診療計画書には“ダウン症候群”とは書いてなかったんです。でも、“房室中隔欠損症”を検索すると、必ず“ダウン症候群”がセットでついてきて。出産直後に“なんか違う…”と思った違和感とようやくつながった気がしました。
搬送前に撮った娘の写真を見ると、ダウン症の赤ちゃんの特徴が次々に見つかって。不安と恐怖は増すばかりでした」

“頭の奥がジーンと痺れ、周りの音が聞こえなくなった”診断の瞬間

日葵ちゃんのはっきりした状態がわからず、モヤモヤした気持ちで6日間の入院生活を終えた美沙さん。退院したその足で日葵ちゃんがいる病院に行き、秀幸さんとともに医師から詳しい話を聞きます。

「完全型房室中隔欠損症(かんぜんがたぼうしつちゅうかくけっそんしょう)(※1)と、ダウン症候群の可能性が高いと診断されました。(※2)言われた瞬間、頭の奥がジーンと痺れたような感覚になり、周りの音が何も聞こえなくなりました。
そして、“人生終わった…”と。この先、もう笑って過ごすことはない、人目を気にしながらひっそりと生きていくんだって本気で思いました。何かの罰じゃないかって」(美沙さん)

「ダウン症の知識がまったくなかったので、治療をすれば治るものだと当時の私は思っていました」(秀幸さん)

現実を受け止め切れず、娘を見るのがつらかった

日葵ちゃんは、生後1~2ヶ月ごろと6ヶ月~1歳ごろを目安に、2度の心臓手術が必要だと医師から告げられます。

「医師との話が終わったあと、NICUにいる娘に会いに行くことになりました。
会いたい気持ちもあったんですが、当時は現実を受け止められず、娘の顔をじっくり見ることすらできませんでした」(美沙さん)

近くに住む美沙さんの両親に日葵ちゃんの病気のことを話しに行くと、すんなり受け止めてくれたことが救いになったと美沙さん。

「初孫の誕生を楽しみにしてくれていたので、病気のことや手術が必要なことを話すのは申し訳なく思いました。
でも、いつもと変わらない様子で聞いてくれて…。張りつめていた気持ちが少し和らぎました」(美沙さん)

障がいや難病のある子どもがいる一部の家庭では、親族などとのトラブルに悩むケースもあると大倉さんは言います。
「障がいや難病があることで、ご親族などから距離を置かれたり、お子さんが人前に出ることを否定されたり、心ない言葉がけをされたり…。これまでは、そういった困り事をかかえるママやパパはわりといらっしゃったように思います。
最近は、そういった傾向は減り、障がいや難病があることをオープンにされているご家庭が多いように感じます。時代の流れかもしれません」

毎日娘に会いに行っていたのは義務感から。最低の母親だと見られたくなかった

初めて日葵ちゃんを抱っこしたときの様子。

出産直後に心配していた呼吸の乱れは安定し、生後9日目まで過ごしたNICU(新生児集中治療室)からGCU(新生児回復室)に移った日葵ちゃん。美沙さんは、毎日会いに行きますが、どのような気持ちで通っていたのでしょう。

「初めのうちは、現実を受け入れられず、知らない子に会いに行っている感覚でした。“私が産んだ子?”って。ベッドの名前札に“日葵”と書いてあるのを見て自分の子だと思ったほどでした。
毎日通えたのは、家族に娘の写真を送る義務感と、わが子を受け入れられない最低の母親だと見られたくない思いだけでした」(美沙さん)

友人や知人などに出産報告はしたものの、ダウン症だと伝えなかったそうです。

「人から“大変そう”“かわいそう”って思われたくなかったんです。
出産日が近い友人から出産報告やメッセージをもらっても見るのもつらくて…。しばらく既読もつけられませんでした」(美沙さん)

「そのころは、これから私たちがどうなっていくのかってことよりも、人からどう見られているかのほうが気がかりでした。“出産おめでとう”と言ってもらっても、内心は“気の毒に…”とか“かわいそうだな”って思ってるんじゃないかって」(秀幸さん)

不安と恐怖でいっぱいだった美沙さんと秀幸さんですが、日葵ちゃんと毎日顔を合わせるうちに、気持ちに変化が表れます。

「娘は小さな体で一生懸命生きてるんだって感じ始めたんです。顔を見るたびに“このまま連れて帰りたい…”って自然に思うようになりました。
ダウン症のことを勉強するにつれ、これまで抱えていた不安や恐怖は“知らない”ことから芽生えてくるものだと気づきました」(美沙さん)

1度目の手術。その日の夜が一番の山場だと言われ…

手術当日の様子。「この日初めて家族3人で顔をそろえることができました」(美沙さん)

日葵ちゃんは生後22日目に、心臓から肺に繋がる動脈を締める手術を受けることが決まります。

「手術は短時間で終了すると聞いたのですが、2度目に行う予定の根治手術よりも難しい手術だと説明を受けました。待ち時間はとても緊張しました」(美沙さん)

日葵ちゃんの手術は約2時間で終わりますが、その日の夜が一番の山場だと医師から説明を受けます。

「術後の娘はたくさんの管に繋がれ、胸元には大きな傷があってとても痛々しくて…。でも、私たちは娘の回復力を信じるしかありませんでした」(美沙さん)

その後、日葵ちゃんは順調に回復。
術後10日ほど経った2021年2月下旬、PICU(小児集中治療室)から一般病棟に移ると、哺乳びんでミルクを飲んだり、かわいい表情を見せるようになります。

退院間近に…感染症を発症。心臓にまで拡がって

一般病棟に移って約2週間。美沙さんと秀幸さんは、退院と今後の治療に関する説明を聞きに病院へ行きます。

「“早ければ退院は週末かな?”なんて夫と話しながら病院に向かいました。ところが、着くや否や、感染症を起こしている可能性があると告げられたんです」(美沙さん)

感染は心臓にまで拡がっていて、再度胸を切開して傷を洗浄する手術が必要になります。

「心疾患とダウン症候群の診断を受けたときよりもショックでした。
“娘にはダウン症がある”ということを受け入れつつあって、退院も間近だったのに…。まさかの再手術となり、心が折れそうになりました」(美沙さん)

それでもなんとか気持ちを立て直し、再手術を終えた2021年4月下旬。
89日間にわたる入院期間を経て、無事退院します。

退院後、一緒に暮らした感想は“なんだ…意外と普通じゃん”

退院後、家族そろってお食い初めをしたときの様子。「夫とほっぺたをツンツンしても、主役の娘は熟眠モードでした(笑)」(美沙さん)

退院後の日葵ちゃんやご家族はどのような様子だったのでしょう。

「泣いたり笑ったり、毎日いろいろな表情をするようになりました。ダウン症のある子の発育発達は、一般的なお子さんと比べて約2倍の時間がかかると言われていて。確かにゆっくりだなと思うところもあります。
2022年4月から通っている保育園では、1学年下のクラスで過ごしていますが、いつもとても楽しそうで…。“確実に成長しているね”とか“なんだ、意外と普通じゃん”って娘の様子を見ながら夫と話しています」(美沙さん)

「“合併症なんてなくて、ダウン症だけだったらよかったのにね”と話せるようにまでなりました」(秀幸さん)

“いたらいいかもね”から使命感になった2人目出産

弟の通称ヨーダくん(写真右)と日葵ちゃん。「よだれの量がとても多い子なのでヨーダという呼び名になりました(笑)」(美沙さん)

日葵ちゃんが産まれる前までは、「子どもは2人いたらいいかもね」と話していた美沙さんと秀幸さん。日葵ちゃんとの生活に慣れてくると、2人目出産について真剣に考えるようになります。

「年齢的な焦りもありましたが、私たちはいつまで娘を見守れるんだろうって真剣に考えるようになりました。夫と相談するうちに、きょうだいがいたほうがいいと思うようになって。
その一方で、娘にきょうだいがいるのは最良なのか、第二子が何か障がいをかかえて産まれてきたらどうするか…。将来大きくなって第二子に負担をかけないか…。いろいろ思い悩みもしました。
でも、何か困ったらその都度2人で考えようって前進することにしたんです」(美沙さん)

日葵ちゃんが生後7カ月のころ、弟のヨーダくん(第二子)の妊娠が判明。翌年2022年5月、無事に出産を迎えます。

「無事に生まれ育つことは奇跡だと娘で実感した分、妊娠期間も出産のときも不安は尽きなかったです」(美沙さん)

2度目の手術後、運命的な出会いが!

2022年1月中旬。日葵ちゃんは1歳になる直前に2度目の心臓手術を受けます。

「心臓の壁と、血液を循環させるための扉のような役割を果たす弁を形成する根治手術は、約9時間かかりました。娘は手術室に入る直前もご機嫌だったのが私たちの救いでした」

約1カ月の入院期間を経て、日葵ちゃんは退院。その後、日葵ちゃんと同じダウン症で、「ココダイバーシティ・エンターテイメント」に所属するチャレンジド(※3)キッズのママが発信するブログと運命的な出会いをします。

「ダウン症をかかえながら、毎日の生活を楽しみ発信できる世界があるんだって衝撃を受けました」(美沙さん)

チャレンジドキッズのママが発信するブログとはどのような内容なのでしょう。その特徴を大倉さんに尋ねると、
「主にお子さんの病気や日々の出来事について発信しています。
障がいがあると確かに大変な面もありますが、子どもは一人一人のペースで確実に成長している。それを実体験に沿って書いているところが、ママたちの心のよりどころにもなっていると思います」(大倉さん)

後編では、日葵ちゃんがキッズタレントを目指した理由や、「ココダイバーシティ・エンターテイメント」の活動内容などについてお届けします。

「日葵のちょっとした体の動きに“この動き⽅は普通?ダウン症だから?”って過剰に気にしていた時期もありました。でも、下の子の様子を見て、ダウン症の子もそうじゃない子も、赤ちゃんは同じような感じで成長していくんだなって実感したのが、日葵の子育てで⼀番印象深いことかなと思います」と美沙さん。

赤ちゃんが生まれ持った特性は1人1人違いますが、その子なりの成長を家族や周りの人たちが温かく見守り、楽しむことも子育ての醍醐味なのかもしれませんね。

取材協力・写真提供/ココダイバーシティ・エンターテイメント、清水秀幸さん・清水美沙さん 取材・文/茶畑美治子、たまひよONLINE編集部

※1完全型房室中隔欠損症 心臓にある4つの部屋(右心房、右心室、左心房、左心室)を隔てる壁の中央に穴が空き、それが原因で血液が正しく循環せず、古い血液と新しい血液が混ざった状態で肺に入り込んでしまう疾患。(清水日葵ちゃんのブログ「ひなたぼっこ」を参照)

※2ダウン症候群 「Down syndrome(ダウン症候群)」は、1965年にWHOにより、最初の報告者であるイギリス人のダウン博士の名にちなみ正式名称とされました。通常21番目の染色体が1本多く3本あるため、21トリソミーとも呼ばれます。
ダウン症候群の方は、筋肉の緊張が低く、多くの場合、発達に遅れがみられます。発達の道筋は、通常の場合とほぼ同じですが、全体的にゆっくりと発達していきます。また、ダウン症候群の全ての方に認められるわけではありませんが、心臓の疾患、消化器系の疾患、甲状腺機能低下症、眼の疾患、難聴などを合併することがあります。
(国立成育医療研究センターのホームぺージより参照)

※3チャレンジド 障害などの事情を抱える人のこと。挑戦という使命や課題、挑戦するチャンスや資格を与えられた人を語源とする。(「ココダイバーシティ・エンターテイメント」のHP参照)

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2023年6月の情報で、現在と異なる場合があります。

清水日葵ちゃん(2歳4ヶ月)

2021年1月27日生まれ。東京都出身。ママの清水美沙さん(39歳・販売職)、パパの秀幸さん(39歳・会社員)、弟ヨーダくん(1歳1ヶ月)の4人家族。身長75㎝・体重9kg(2歳3ヶ月現在)。好奇心旺盛で食べることと音楽に合わせて体を動かすことが大好き。一人歩きは2歳すぎから。言葉を理解している様子はあるが発語はこれから。現在イヤイヤ期ピーク。

大倉伸三さん


東京都認証、株式会社ココダイバーシテイ・エンターテイメント代表取締役。
一般社団法人日本パラリンビューティ協会代表理事。
大学卒業後、芸能プロダクション入社。ロックミュージシャン故桑名正博氏のプロデュースを担当したことを機に、ボランティア活動に参加。視覚障がい者支援や車いすバスケットボールなどの支援を経て、大阪で美容関係の経営に従事。特別支援学校に美容技術にかかわる出張授業の実施、車いすユーザーをはじめ、障がい者の個性や特性に合った就労を実現する美容スクール「Beauty Factory」を開校。東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会選手村にて車いすネイリストブースを運営(IOC・IPC史上初)。芸能プロダクション初の東京都認証ソーシャルファーム事業所の認証事業所に認定。

・ホームページ

・instagram

・Twitter

・youtube

・アメブロ(清水日葵ちゃんブログ)


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