0歳の妹と筋ジストロフィーのあちょくんの2人育児が一生懸命やっても終わらない…。障がい者家族の「どうしよう」を解決したいと、母が描く未来
「あちょくん」が指定難病の「福山型先天性筋ジストロフィー」だと遺伝子検査でわかったのは、生後10か月のことでした。母の鈴木碩子さんは、仕事とあちょくんの育児・介助の日々を続ける中で、生活の大変さや不便さを感じ、障がい児家族がもっと快適に楽しく過ごすためのサービスを展開したいと考えたそうです。鈴木さんのこれまでの育児生活や、会社を立ち上げた経緯についてお話を伺いました。
※先天性筋ジストロフィー…体の筋肉の組織が壊れやすく、再生されにくい症状を持つ疾患の総称で、国が指定する難病の一つ。筋力が低下して運動障害や機能障害を引き起こす。福山型は、日本の先天性筋ジストロフィーの中で最も多い。(公益財団法人 難病医学研究財団/難病情報センターのHPを参照してまとめたもの)
一生懸命やっても、1日の家事育児が終わらなくて…
――2020年3月にあちょくんを出産されたときは、多忙な時期だったそうですね。
鈴木 出産前後は会社を経営していました。出産の半年後に会社を売却して、その後は売却先の会社でプロダクトチームマネージャーを務めました。当時は夫が専任で産後の育児を担ってくれることになり、大変助かりました。
あちょが10か月のときに、「福山型先天性筋ジストロフィー」という遺伝子疾患だとわかりました。それからしばらくして義母のがんも発覚し、どちらも介護が必要な、予断を許さない状態になったんです。義実家が遠方だったので頻繁に様子を見に行ったり、そのころにあちょも熱性けいれんを起こしたりして…。以前経営していた会社では「女性の働き方」や「仕事と家庭の両立」というテーマを意識していたのですが、実際に自分が当事者として困ったシーンに直面し、すごく難しいことなんだなと再度痛感しました。
それから間を置かずに義母が亡くなりました。仕事が落ち着いてきたタイミングも重なり、退職して働き方を変えることにしました。
――2023年4月には第2子を出産されました。2人育児になり、生活に変化はありましたか。
鈴木 会社員の夫が、今度は1年間の育休を取ってくれました。一般的に、よく「2人目は育児が楽になるよ」という話もあり、育児に慣れているので問題ないと思っていたらそんなことはまったくなくて…。すごく一生懸命やっているのに、朝から夫婦2人で休みなく動かないと、子どもたちを寝かせるまでの一連の流れが終わらない日々が続きました。
あちょにごはんを食べさせて、その間に下の子にミルクをあげてお風呂に入って、私たちのご飯を用意して食べて、寝かしつけて…。こうした育児の流れに加えて私たちは、立てないあちょを抱えて、移動させて、介助してと、とにかくやることが多かったんですね。当たり前のことですが、そこでようやく「全然休んでないのに、おかしいな」「我が家ではこれがスタンダードだけど、これは大変なことなんだな」って気づいたんです。
「なんとかしてきた育児」の問題を解決したかった
――第2子妊娠中の2022年末に、新たに2社目の会社を設立されました。会社を設立した理由は何だったのでしょうか。
鈴木 自分が当事者になったことで改めて、仕事と家庭の両立や、障がいのある子どもの育児など、社会課題にアプローチするサービスを作りたいと思いました。ちょうどあちょが3歳になるころで、これまでのように普通のベビー用品が使えなくなり、あちょが使える障がい児用の器具やグッズを頑張って探さなきゃいけないというフェーズに突入したことも大きかったです。「他の人とうちの子育ては条件が違うんだな、これまでは“なんとかしてきた”だけなんだな」と感じました。
――“なんとかしてきた”という実感だったのですね。
鈴木 例えば介護サービスの話題は高齢者向けのコンテンツがほとんどで、障がい児向けのものは必死で探さないと見つかりません。ましてや「障がいのある子ども向けのおすすめ旅行5選!」みたいなサービスって、見たことないですよね。いろいろな情報を当事者が一生懸命集めたり、ブログなどの形で発信したりして“なんとかして”きたんだなと感じます。1人の当事者として、不便な今の状況を変えていって、10年先には社会を変えるような価値を創りたいと思いました。
――2023年9月に始まった「ファミケア」というサービスは、“疾患児・障がい児の毎日を楽しく”がコンセプトですが、鈴木さんのそういうお考えから生まれたんですね。
鈴木 現在は当事者のご家族や専門家による情報サイトを公開していて、今後は障がいや疾患のある子どもを育てるご家族同士がナレッジ(知見)を交換できる相談Q&Aアプリをリリース予定です。情報サイトでは当事者のご家族が記事を書いてくださっているんですが、私も「えっ、知らなかった!」という情報がいろいろあるんですよ。「発達障がいがある子にもおすすめの、ストレスなく遊べるおもちゃを知りたい」「体幹が弱くても、姿勢をキープできるいすがほしい」など、当事者の私自身すごく困っていて、教えてほしい情報も発信されています。
――「ファミケア」の記事を読むと、すごく丁寧でわかりやすく、ためになります。
鈴木 ありがとうございます。ファミケアのチーム内ではまだまだ「これ知ってる!」「素敵なブランドがあるよ」という情報があるので、病気や障がいの垣根を超えて、困りごとを解決したり役立つ情報を知りたいと思っている多くの方々とつながっていきたいと思っています。
障がい児の子育てを、もっと楽しいものにしたい
――「ファミケア」というサービスのアイディアは、会社設立の段階からあったのでしょうか。
鈴木 全然なかったです。それどころか、障がいのあるお子さんを育てているご家族のお友だちも1人もいなくて。福山型先天性筋ジストロフィーの家族コミュニティには参加していて、先輩たちが発信してくださる情報にとても助けられていたのですが、積極的にコミュニケーションを取ったこともありませんでした。でも、あちょが3歳になるタイミングで育児が大変になったこともあり、自分が本当にいま困っていることを考えた時に「障がい児育児」は死活問題でした。「これまではなんとかやれてたけど、今後大きくなるにつれて育てていく難易度も高くなるかも」と感じたり、何か情報を知った時に「早くこの情報を知りたかったなあ」と残念な思いをしたりすることがたくさんありました。
――それまで気づいていなかった大変さを改めて感じて、ニーズを理解されたのですね。
鈴木 障がい児育児は、医療や福祉、行政、育児など、たくさんのことを理解していないと難しいところがあります。「どこのお医者さんに行けばいいのか」から始まり、「医療者の方々とどうコミュニケーションを取ればいいのか」「痙攣したらどうすればいいのか」「たんの吸引など医療的ケアの方法は」「障がい児でも楽しめる遊びは」「制度を利用するための手続きは」「食べ物の食べさせ方や形態は」など、一から自力で行動して勉強していくしかないんですよね。
そうした問題をファミケアで解決しようと決めてから、SNSを通じて同じ問題意識を抱えるご家族の方々ともつながることができました。今では障がいのある子どもを育てるご家族15名ほどの方々が“ファミケアチーム”として、皆さん自分の得意分野を生かしてファミケアを作るために一緒に働いています。想いを持って一緒に働ける仲間にとても感謝していますし、公私共に支えられています。
――これからの目標は。
鈴木 疾患や障がいのあるお子さんとそのご家族の課題を解決しながら、楽しい瞬間を1つでも増やしていくサービスを提供していきたいと思っています。障がい児育児は、情報にきちんとアクセスできれば、毎日の育児や介助に役立つことや楽しみを作る方法がたくさんあります。未来をあきらめず、これから生まれてくる子とご家族のためにも、自分たちの手で障がい児育児の環境を良くしていきたいです。つながりを持つ一つの手段として、ファミケアを活用していただければとてもうれしく思います。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
取材・文/武田純子、たまひよONLINE編集部
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2023年11月の情報で、現在と異なる場合があります。
鈴木碩子さん
1991年、愛知県生まれ。2017年、25歳で株式会社ismを設立。2020年に同社を株式会社PR TIMES社へ売却後、プロダクトチームマネージャーとして活躍。2022年に株式会社NEWSTAを設立。2023年9月、“疾患児・障がい児家族の毎日を楽しく”がコンセプトのサービス「ファミケア」を開始する。2020年生まれの長男「あちょ」くん、2023年生まれの長女の母。