脳のはたらきと密接に関係する「腸」。腸内環境のベースは5歳ごろまでにできる!?子どものために今したいこと【最新研究】
大人については、睡眠障害やうつ症状などに腸内細菌がかかわっていることがわかるなど、腸内環境とさまざまな病気の関係が注目されています。
子どもの腸内細菌については、5歳ごろまでに重要な発達の時期を迎えることがわかったとか。乳幼児の腸内細菌に関する研究をしている大阪大学大学院医学研究科の松永倫子先生に、子どもの腸内細菌の最新情報について聞きました。
脳の神経細胞の「もと」になるものは、腸内細菌が作っている!
――「腸は第二の脳」ともいわれています。脳と腸の関係について教えてください。
松永先生(以下敬称略) 脳と腸は、自律神経や内分泌系、免疫系などを介して密接に影響し合っています。これを「腸脳相関」といいます。たとえば、緊張するとおなかが痛くなることがありますね。これは、ホルモンや自律神経を介して脳から腸にストレスの刺激が伝わることで起こります。反対に、腸の状態が悪くなると、その情報が脳にフィードバックされ、私たちの感情や気分に影響を与えることもわかってきました。
腸の健康は腸内細菌の状態で左右されることは、一般にも広く知られるようになったと思います。しかし、腸内細菌のはたらきはそれだけではありません。たとえば、脳内で作られるセロトニンやドーパミンなどの精神伝達物質(※)の「もと」になるものは、腸内細菌のはたらきによって作られていることが、近年の研究で明らかになったのです。つまり、腸内細菌は腸だけでなく、脳のはたらきにもかかわっているということです。
――腸内細菌とはどのような細菌ですか。
松永 大腸にすんでいる細菌です。通常、ウイルスや細菌などは免疫システムに異物とみなされ体外に排除されますが、「免疫寛容」(免疫システムが体内の異物を排除せずに受け入れること)というしくみによって、排除されないものがあります。腸内細菌が人の体の中で生きていくことができるのは、このしくみがあるからです。大腸にはおよそ1000種類の細菌がいて、その数は100兆個から1000兆個にもなるといわれます。
――それほどたくさんの腸内細菌が、大腸のどこにいるのですか。
松永 多様な種類の腸内細菌が腸の壁にびっしりと存在しています。この状態を「腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)」といいます。その様子が花畑(フローラ)のように見えることから「腸内フローラ」とも呼ばれます。どのような腸内細菌叢がつくられるか、そのパターンは一人一人違うんです。
――腸内細菌は大きく分けて、善玉菌、悪玉菌、日和見菌があると聞きます。
松永 腸内細菌叢を形成している菌は、はたらきによって三つに分けられます。体を守ってくれる善玉菌(乳酸菌、ビフィズス菌など)、増えすぎると体に悪影響を与える悪玉菌(大腸菌、ブドウ球菌など)、状況によって善玉菌の味方をしたり悪玉菌の味方をしたりする日和見菌(バクテロイデス、連鎖球菌など)です。
テレビの健康番組などで、「善玉菌2:悪玉菌1:日和見菌7が理想のバランス」と説明するのを聞いたことがあるかもしれませんね。でも実は、本当にそうなのか、まだよくわかっていません。腸内細菌のはたらきは、明らかになっていないことがたくさんあるんです。
※神経伝達物質 脳内で作られる化学物質。ドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリンなどがあり、不安や興奮など精神状態をコントロールするはたらきがある。
子どもの腸内にすむ細菌の種類は、5歳ごろには大人と同じくらいに増える
――母親のおなかの中にいるとき、赤ちゃんの腸内は無菌状態だと聞きます。腸内細菌はどのようにして赤ちゃんの腸に入っていくのでしょうか。
松永 自然分娩の場合は、産道を介して母親がもつ菌が口などから入り、これが腸内で増えていきます。そのあとは母乳やミルクに含まれる菌や、母親や父親などの肌にいる菌、空気中にいる菌などが、口や皮膚から取り込まれていきます。
帝王切開の場合、産道で母親の腸内細菌を受け取ることはできませんが、生まれてからは同じように細菌が取り込まれ、やがては自然分娩の子に追いついていきます。
――腸内には約1000種類もの細菌がすんでいるとのこと。成長するにしたがって種類が増えていくということですか。
松永 そうです。私たち研究グループは、日本の保育園に通う0~4歳の子ども1353人と、その母親の腸内細菌の種類を調べました。すると、年齢が上がるにしたがって、子どもの腸内細菌の種類が急速に増えていき、3~5歳になるころまでに大人が持つ腸内細菌の数や種類(多様性)の状態に近づいて安定することがわかりました。腸内細菌叢(腸内フローラ)は5歳以降も発達が続きますが、子どもの腸内細菌叢は乳幼児期に重要な発達の時期を迎え、その人の腸内細菌叢のベースになると考えられます。
生後初期の腸内細菌叢の状態は、その後の人生において短期的にも長期的にも心身の健康にかかわることがわかってきています。子どもの菌叢発達を守ることはとても重要なんです。
――腸内細菌は種類が多いほうがいいのですか。
松永 「腸内細菌叢の多様性」が近年は注目されています。善玉菌だけでなく、日和見菌、悪玉菌も含めて、さまざまな菌がいることが、腸内環境のバランスを整えるためには重要という考え方です。
いろいろな食材を料理に取り入れるとともに、土や動物に触れる機会もつくろう
――乳幼児期は腸内細菌が増えていく時期ということですね。腸内細菌の種類を増やすために、保護者ができることはありますか。
松永 日本はとても食材が豊かな国ですから、幅広くいろいろなものを食べることで、大腸に届く菌の種類を増やすことが期待できます。
一方で、超加工食品(スナック菓子、菓子パン、インスタント食品)のとりすぎは腸内細菌叢に悪影響を与えるといわれています。手の込んだ料理でなくてもいいですし、「毎日きちんとしなきゃ」と頑張りすぎなくてもいいので、1〜2週間の間でいろいろな食材を食べて、栄養バランスがとれるようにメニューを工夫してみてください。
――食生活以外にも心がけたいことがあれば教えてください。
松永 都会に住む子どもより、いなか暮らしの子どものほうが、腸内細菌叢の種類が多いという研究結果があります。都会と田舎の違いについてはよく検討していく必要がありますが、食生活の習慣や、土や自然に触れる機会の多さに菌叢を育むカギがある可能性があります。
土の中には非常にたくさんの種類の菌がいるので、砂遊びや家庭菜園などで、土に触れる機会を多くするのもおすすめです。アレルギーなどの問題がなければ、動物と触れ合うのもいいと思います。
――乳幼児期にかたよった食生活をしてしまったり、ここ数年はコロナ禍で外遊びがままならなかったりした子どもたちも多いと思います。これから改善していくのでも効果はあるでしょうか。
松永 もちろんです。5歳ごろに腸内細菌叢のベースができるとはいえ、腸内細菌叢の状態をよりよくすることは可能です。バラエティー豊かな食事、十分な睡眠、外遊びを意識した生活は、子どもがいくつになっても行ってほしいことです。
また、現在妊娠中の場合は、自分の腸内細菌が子どもに受け渡されることを考え、食生活を含めて規則正しい生活を心がけましょう。また、ストレスは腸内環境にも胎内環境にも影響を与えるので、ストレスをためず、つらいときはまわりに助けを求めてください。ママの健康な腸内細菌は子どもへの大切なプレゼントになりますよ。
お話・監修/松永倫子先生 取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部
乳幼児期は腸内細菌叢のベースができる大切な時期。いろいろなものを食べたり、土や自然に触れる機会を増やしたりするなど、無理なくできることを日々の生活に取り入れていきましょう。
●記事の内容は2023年12月の情報であり、現在と異なる場合があります。
松永倫子先生(まつながみちこ)
PROFILE
大阪大学大学院医学系研究科先進融合医学共同研究講座(日本学術振興会PD特別研究員)。京都大学大学院教育学研究科修了。博士(教育学)。京都大学大学院教育学研究科特定助教を経て、2022年より現職。養育者の親性発達や親子の情動認知発達について、神経生理学的などの観点から研究を行っている。