日本初!257人の幼児の腸内細菌の調査でわかった脳との関係。腸内細菌の種類が子どもの感情のコントロールに影響か【研究報告】
大阪大学大学院医学研究科の松永倫子先生が参加した研究グループは、幼児期の感情のコントロールと腸内細菌叢との関係について調べ、その研究結果が2023年9月6日に、スイスの国際学会誌「Microorganisms」にオンライン掲載されました。この研究からわかったことや、生活の中でママ・パパが意識しておきたいことなどについて聞きました。
幼児期は、感情をコントロールする脳の前頭前野がぐんぐん発達する時期
――子どもが感情をコントロールする力はどのように育っていくのですか。
松永先生(以下敬称略) 喜怒哀楽などの感情をつかさどっているのは、脳の真ん中奥深くにある「大脳辺縁系(だいのうへんえんけい)」という部分。そして、大脳辺縁系にブレーキをかけて、感情をコントロールする司令塔のようなはたらきをするのが、脳の前のほうにある前頭前野(ぜんとうぜんや)」です。
「まだおもちゃで遊びたいけど、順番を待っている子がいるからやめよう」など、自分の欲求などをコントロールする力(感情抑制)は、前頭前野が発達することで育っていきます。そして幼児期は、前頭前野がぐんぐん発達していく時期です。
前頭前野が発達するスピードにはかなり個人差あることがわかっていますが、個人差が生まれる要因は不明でした。これを解き明かすことをめざし、私たち研究グループは、幼児が感情をコントロールする力と、腸内環境の関係に注目しました。
257人の幼児の腸内細菌の種類と、感情のコントロール、食習慣の関係を調査
――脳と腸にはどのような関係があるのですか。
松永 大腸にはおよそ100兆個~1000兆個の腸内細菌がすんでいて、腸の壁にびっしりと張り付いている状態を、「腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)」と呼びます。「腸内フローラ」という名称のほうが、一般的に知られているかもしれません。
大人の場合は腸と脳の関係の研究が進み、うつ・不安障害や認知症などの病気に、腸内細菌叢が関係していることがわかってきました。腸内環境に不調が起こるとそれが脳に伝わり、脳も正常なはたらきができなくなってしまう可能性があります。
――子どもの脳と腸の関係についての研究は進んでいますか。
松永 欧米などでは10年くらい前から子どもの脳と腸の関係の研究も始まりましたが、日本ではほとんど行われてきませんでした。
欧米の研究で、腸内細菌の種類やバランスのベースになるものは3~4歳ごろ作られることがわかりました。そして、ほぼ同時期に前頭前野も盛んに発達します。この二つには何かしらの関係があるはずという考えのもと、私たちは調査研究を行いました。日本人の子どもの脳と腸の関係を調べるための大規模調査は、今回が日本初ではないかと思います。
――松永先生たちが行った調査について教えてください。
松永 3~4歳の日本人幼児257人を対象に、感情抑制と認知制御(※)の発達に関する質問紙に保護者に記入してもらうとともに、提供してもらった便を解析しました。解析方法には「16SrRNAアンプリコンシーケンス解析」という方法を使いました。腸内細菌がもつ16SrRNA遺伝子を解析し、データベースと照らし合わせることで、菌の種類を確認する方法です。
――質問紙ではどのようなことを聞きましたか。
松永 日常の問題行動については「かんしゃく持ちで、怒りを爆発させる」「気分が頻繁に変化する」「課題の手順を示されても、やり遂げることができない」など63項目に答えてもらいました。食習慣については、便を採取した日からさかのぼって1週間の間に、主食、肉・魚、豆類、乳製品、野菜、菓子、ファストフードなど24品目を食べた頻度と、偏食の有無を答えてもらいました。
そして、感情抑制および認知制御の発達にリスクを抱える子ども(困難群)と、リスクのない子ども(対照群)に分け、腸内細菌叢と食生活を比較しました。
――日本人の子どもに限定して調査を行ったのは理由がありますか。
松永 大人の調査ですが、腸内細菌叢の菌種ごとの割合の違いを、12の国で比較したことがあります。驚くほど、国によって違うんです。人種の違いに加え、食習慣や生活習慣など、いろいろなことが関係しているのだと思います。今回は日本人の子どもについて調べたかったので、調査対象は日本人のみとしました。
(※)認知制御 自分の考えを言葉にする、物事を推測する、記憶する、先のことを計画するなどの力。
感情のコントロールがしにくい子どもの腸には、炎症性の細菌が多いことが判明
――調査の結果、わかったことを教えてください。
松永 感情のコントロールが難しい子どもたちの腸内には、Actinomyces(アクチノマイセス)属とSutterella(サテレラ)属の細菌が多くいました。大人の腸内細菌について調査した先行研究では、この二つの細菌は炎症性の病気や、血中の炎症指標の高さとの関連が指摘されています。つまり、幼児期の感情のコントロールの難しさは、炎症との関連が指摘される腸内細菌が関係している可能性があることがわかったのです。
――腸に炎症性の細菌がいることで、感情のコントロールが難しくなるのは、なぜでしょうか。
松永 メカニズムが解明されたわけではないので、あくまでも推測なのですが、体内で炎症反応が起きると、ストレスホルモンが分泌されます。それが脳にフィードバックされ、脳にストレスがかかることで、正常なはたらきができなくなる可能性があると考えられます。
――食習慣との関係はいかがでしたか。
松永 感情制御の発達にリスクをかかえる子どもたちは、緑黄色野菜を食べる頻度が低く、偏食の割合が高いという結果が出ました。
因果関係を解明できたわけではないのですが、可能性の一つとして、食事がかたよることで腸内細菌叢のバランスが悪くなり、先の二つの細菌が増えることにつながったのではないかと考えています。
――認知制御については、腸内細菌叢や食習慣との関連は見られなかったとか。
松永 理由として考えられることが二つあります。一つ目は、今回調査したのが、幼稚園や保育園での生活が支障なく送れている健康な子どもたちだったこと。発達障害などの診断を受けている子どもを対象にした研究ではなかったため、認知制御の困難群に分類された子どもの困難度が比較的低く、対照群と差別化できるほどの違いが現れなかった可能性があります。二つ目は、調査対象年齢が3~4歳だったこと。認知制御はもう少し年齢が高くなってからのほうが個人差が出やすいので、対象年齢を高くすると違う結果が出るかもしれません。今後の研究課題です。
楽しく食べることを優先し、何らかの方法で食べられたらOKと考えて
――今回の研究結果から考えると、感情をコントールする力を育てるには、小さいころから好き嫌いせずに食べることが重要になるでしょうか。
松永 もちろん、バランスよくなんでも食べられればベストですが、幼児期は味覚も成長段階なので、味がイヤ、食感がイヤなどの理由で、食べられないものがありがちです。また、「バランスよく食べさせなくちゃいけない」というママ・パパの気持ちが強くなりすぎると、かえって食べてくれなくなることもあります。
ピーマンは食べられないけれどブロッコリーなら食べる、ハンバーグやお好み焼きに混ぜれば食べる、家では食べないけれど保育園・幼稚園でなら食べるなど、何らかの方法で食べてくれるのならOKと考えてください。
幼児期は食への興味を広げ、「食べることは楽しい」と感じられるようにすることも大切な時期。子どもが楽しく食べられる環境を整えることも考えましょう。
どんな工夫をしても食べられるものが極端に少なく、偏食が激しすぎる場合は、単なる食の好みや自己主張などではなく、感覚過敏やなんらかの障害が隠れている可能性もあります。一度専門機関に相談してみるといいかもしれません。
――炎症にかかわる細菌を増やさないようにするために、家庭でできることはありますか。
松永 特定の細菌を減らすことより、腸内細菌叢全体のバランスを整えることが大切です。そのために必要なのは、生活リズムを整えて十分な睡眠をとり、外遊びをたくさんして自然界にいるさまざまな細菌に触れること。
感染症対策はもちろん必要ですが、過度の除菌は腸内細菌叢のバランスをくずす原因になります。清潔すぎるのは実は不自然な状態なのです。細菌に対して神経質になりすぎるのではなく、細菌と共生していくという視点で、生活を見直してみてください。
お話・監修・画像提供/松永倫子先生 取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部
子どもが感情をコントールする力と腸内細菌叢の状態には、密接な関係がありそうです。食生活や外遊びなど生活全般がかかわってくるようなので、子どもの生活を見直してみて、改善できるところが見つかったら、無理なくできることから始めてみましょう。
●記事の内容は2023年12月の情報であり、現在と異なる場合があります。
松永倫子先生(まつながみちこ)
PROFILE
大阪大学大学院医学系研究科先進融合医学共同研究講座(日本学術振興会PD特別研究員)。京都大学大学院教育学研究科修了。博士(教育学)。京都大学大学院教育学研究科特定助教を経て、2022年より現職。養育者の親性発達や親子の情動認知発達について、神経生理学的などの観点から研究を行っている。