ネット時代の子どもにこそ体験させたい暗闇のプログラム
真っ暗闇の中に作られたアトラクションをアテンドと呼ばれる視覚障がい者の方の案内でグループで探検するプログラム「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」。暗闇の中でコミュニケーションの大切さを実感することのできるこのプログラムは、ネットやゲームなど生身の人とのかかわりが少なくなった現代の子どもにとてもいい影響があるのだそう。そこで、ご自身も3人の子どもを育てるダイアログ・イン・ザ・ダーク事務局 佐川久美子さんにお話をお聞きしました。
ダイアログ・イン・ザ・ダークとは...
暗闇のソーシャルエンターテインメント。1988年にドイツの哲学博士アンドレアス・ハイネッケの発案によって生まれ、日本では1999年11月に初めて開催。現在は東京(外苑前)と大阪「対話のある家」の2か所に常設され、体験することができる。外苑前会場では8月28日(日)までは夏休みバージョンで通常週末のみのプログラムが平日も開催されます。
※妊娠中の参加はできません。子どもは小学生以上で保護者の同伴が必要です。くわしくはダイアログ・イン・ザ・ダークのホームページをご覧ください。
http://www.dialoginthedark.com/
言葉の大切さや社会性が身に付く
暗闇を体験したあと、お子さんには具体的にどんな変化がありますか
佐川:私は7年前からダイアログ・イン・ザ・ダークにかかわり始めたんですが、当初から子どもがたくさんきてくれるといいなと思っていました。あるとき、妊娠中のお母さんが外で待っていて、お父さんと子どもが体験してくれたんですが、出てきたお子さんがすぐに走り寄ってきて「ママ、言葉って大事だね」と言ったんです。
そのとき、この子はすごくいい体験をしたなと思いましたね。便利な世の中で電話もメールもあっていいけど、「ありがとう」「どうぞ」も直接言葉で伝えると気持ちまで伝わります。そのことがわかったんだなって。
親子で体験した方の中にはお子さんの新たな一面を見つけたという親御さんもいらっしゃいました。「はずかしがりやで、普段人を頼ってばかりの娘が、どんどん先に行き、他の人と話しているのを聞いて、頼もしく思った」など、親子で体験するとお子さんのほうがコミュニケーションがスムーズだったりするんですよね。
体験を終えた帰りに、子どもがお年寄りにさりげなく席をゆずったといって電話をかけてきてくれた人もいました。人見知りするから知らない人に話しかけたり行動する子じゃないのにと、大変驚いてらっしゃいました。子どもは暗闇でのコミュニケーション体験で社会性がどんどんできてきます。
なんでそんな変化がうまれるんでしょう?
佐川:暗闇の中では、子どもも大人も不安になるから、1人じゃなにもできない。大の大人でも怖いからといって手をつないで入る人もいるくらい(笑) 。そんな中で声をかけられたり、ふれられると安心します。だからこそ、言葉やふれあうことの大切さが伝わるのかもしれません。満員電車で手がふれあうと嫌だけど、暗闇を体験した人は、ふれることが安心だと感じるように変化します。
暗闇では声をださないと存在がなくなってしまいます。声をかけて協力しないと進めないから、おとなしい子でも声をだすようになるし、それが大事だとわかると、どんどん自分から声をだすようになっていきます。同時に困っている人にも声をかけられるようになります。
これらの体験を通して「●●してくれない」と思っている状況は自分が何かすると変わるという気づきにつながります。「私が何かすると相手も何かをしてくれる」ということを学べるのがこのプログラムの醍醐味です。
言葉での対話が紛争を防ぐ糸口になる
コミュニケーションのあたたかさを感じるすばらしい体験のできるダイアログ・イン・ザ・ダークは、どのようにして始まったのでしょうか?
佐川:ダイアログ・イン・ザ・ダークは発案者である哲学博士アンドレアス・ハイネッケ氏の子どものころの体験から生まれました。あるとき戦闘ごっこや飛行機のおもちゃで遊んでいるハイネッケ氏を見た母親が涙を流したのです。その理由を聞いたハイネッケ氏は、自分がユダヤ人とドイツ人の間に生まれた子で、親族がアウシュビッツの収容所で亡くなったことを知ります。なんで同じ人間が争うのか? このとき抱いた疑問に強く動かされて哲学の道へ進み、問題解決の糸口は「対話」にあると思い至ったのだそう。
その後、ハイネッケ氏はラジオ局で働くことになり、目が見えない後輩とパートナーを組んだのです。ラジオは言葉を伝えるメディア。見える自分よりも後輩のほうが感性豊かに物事を伝える能力にひいでていることに気づき、彼らの世界をまわりに知ってもらいたいという思いからダイアログ・イン・ザ・ダークを考えました。
どれくらいの人が体験しているんですか?
佐川:1988年にドイツから始まって、これまで世界で39か国、約130都市で開催され、800万人以上の人が体験しています。実は昨年、紛争で多くの人が苦しんだルワンダでも開催されるようになりました。日本では17万人以上が体験しています。海外では全体験者の約65%が小中学生で、多くは課外授業で訪れています。日本でも今年、渋谷区内の小学校3校、中学校1校でパラリンピック教育の一環としてダイアログ・イン・ザ・ダークを実施しましたが、できればもっと多くの子どもに体験してもらいたいですね。
障がい者教育はふれあうことが大切
私が体験したときに視覚障がい者の方のイメージががらっと変わったのですが、子どもはどう感じるのでしょう?
佐川:ある小学校の授業で体験してもらったとき、はじめはみんなどうしていいかわからずおとなしかったんですが、暗闇から出てくると一変。視覚障がい者のアテンドを自分たちから椅子に案内したり、みんなで集合写真を撮るときも「こっちだよ~」と声をかけたり、ごく自然にふるまうことができるようになっていました。暗闇の中では暗闇のエキスパートであるアテンドに助けてもらいます。だから外に出たら自分たちが助ける。その場その場で助けたり、助けられることがいいことだと感じることができるようになるんですね。
実は障がい者への理解を深めるには、親が大切だと私は思っています。親もどう接していいかわからなくて結果的に障害のある方から子どもを遠ざけてしまっている場合があります。子どもは素直なので、視覚障がい者に対しても目をつかっていないとだけとらえて、先入観なく自然にふるまえたりします。だから、ぜひ親も一緒に体験して、暗闇を体験する意味を考えてみてもらえたらと思います。
夏休みは、少しでも多くの子どもたちに体験してほしいという思いから、小学生の体験費を500円(外苑前会場のみ/通常2500円)にしています。夏休みの思い出に、ご家族で参加していただけるとうれしいです。
※小学生の体験は保護者の同伴が必要です。
メールやSNSなどで直接言葉で伝えあう機会が減っているのは大人も子どもも同じ。お子さんと一緒にダイアログ・イン・ザ・ダークを訪れて、直接顔をみて話し、ふれあう本来のコミュニケーションの心地よさを思い出してみませんか?
※この記事は「たまひよONLINE」で過去に公開されたものです。