【サヘル・ローズ】子育ては不安と葛藤の連続。悩んだときに吐き出せる場所を作ってほしい
「あの人の悩みに比べたら自分の悩みはちっぽけなんじゃないか?」と、心のモヤモヤを引っ込めてしまった経験はありませんか? でも、サヘル・ローズさんは、「悩みは他人と比べるべきものではない、今、あなたが抱えている悩みは世界でいちばん苦しいはずだから」と言います。不安や迷いを感じることは自然で決して恥ずかしいことではないと、子育て中のママやパパにエールを送ってくれました。
後編では、サヘルさんが、親として子どもたちに伝えてほしいこと、そして1人の人間として自分を受け入れることの大切さを話してくれました。
「だれでも差別する側になり得る」ことを子どもに伝えてほしい
――『これから大人になるアナタに伝えたい10のこと』(童心社)では、ウクライナ侵攻などの世界情勢にも触れていますが、子どもたちに伝えるべきことはなんだと思いますか?
サヘル・ローズさん(以下敬称略、サヘル) 1つは差別に気づくこと。本にも書きましたが、私自身もアフリカに行ったとき、気づかないうちに差別をした経験があります。もう1つは、日本では当たり前の文字を読んだり書いたりすることは実は奇跡だということ。
自分たちも差別する側になり得るし、人を差別して生きているということを、常に忘れて欲しくないし、自分の子どもにも伝えていってほしいです。
日本に住んでいれば、文字の読み書きができて戸籍があってIDがあって保険証があって・・・。でも世界の国の中には、文字が読めない、書けない人もたくさんいるし、政府や行政が機能していない国もあります。
そんな世界においては、自分たちの当たり前が通用しないことを、小さいころから繰り返し親の言葉で伝えてほしいんです。
――今もなお、世界のどこかで戦争や争いが続いています。
サヘル ゲームの中でボタンを押したりリセットしたりして人を殺すこともできる現代に育った子どもにいくら「戦争はよくないことだ」と説明しても、ピンと来ないし理解できないと思うんですよね。
そんな今だからこそ、「日本は外国からどう見られているのだろう?」など、あなた自身が感じたことを自分なりに考えて、子どもに伝えていくことが大切だと思います。
そのときは、主語が「世界」だと子どもにはわかりにくいので、「あなた」に置き換えて話してください。そうすることで子どもが理解しやすくなりますよ。
自分を愛せる秘訣は、自分の弱さを認めること
――このような世界情勢の中では、強くないと生きていけないと感じます。
サヘル 「弱い」という言葉は、ネガティブな印象を持たれがちですが、自分の「弱さ」を認められる人はとても強いと思うんです。真の意味での「強さ」は、多くの人が抱いている「弱さ」のなかにあるのではないでしょうか。
人は、強がることに必死になるとまわりが見えなくなります。一方で弱い人は多くのことが見えるのでしんどくもなりますが、見えているということは強さであると、私は思います。
世界の偉人や国のリーダーといわれる人だって、迷いが生じることはありますよね? 人間は迷って当たり前、ブレて当たり前なんです。迷っているからといって自分のどこかが欠けているわけではないし、だれもが迷っているということを知ってほしいんです。
まずは自分を知って、弱さを認める。それが自分を愛せる秘訣(ひけつ)なのだと思います。
――サヘルさんがそうだったように、大人になっても母親との関係に悩んでいる人もいるようです。
サヘル 親との関係を消化できないまま親になると、子どもとの関係をどうしたらいいかわかりませんから、苦しいだろうなと思います。
私の母は、嫌なことも含めて母親にされたのと同じことを、私にもする人でした。ずっとそういう母が嫌だったし、母との関係に苦しんでもきました。
そんな母を見て育った私は、「自分の子どもにも同じことをしてしまうのではないか?」という怖さゆえ、子どもを持てずにいます。
最近ようやく「お母さん、自分がやられて嫌だったことをどうして私にするの?」と言えるようになりましたが、もっと早くそれに気づいて母に伝えることができたら・・・、と思っています。
――苦しみや悩みは人それぞれ違うのですね。
サヘル 夫婦間の問題や子育ての悩みや葛藤、将来への不安・・・。今抱えているものがささいに感じるかもしれませんが、本人にとっては世界でいちばん苦しい、痛みに間違いありません。だからまずその痛みを肯定してほしいし、自分が苦しんでもいいということを知ってほしい。苦しんではいけないと思うから苦しくなるんです。
日本では我慢することが美徳だと言われますけれど、我慢の限界を超えたら自分自身が壊れてしまいますよ。
子育ては不安と葛藤の連続。悩んだときに吐き出せる場所を作ってほしい
――子育てに毎日奮闘しているママ、パパにメッセージをお願いします。
サヘル 子育てを経験していない私が皆さんにアドバイスするのは少し無責任にも思えるのですが、1つ言えることは不安を抱えたり迷ったりするのは自然で決して恥ずかしくないということ。実際に、子育ては不安との葛藤の連続だと思います。
そしてもしその不安が1人で解決できないのならば、メンタルクリニックなど専門機関でケアすることが大切です。日本では精神科やメンタルクリニックというと間違った解釈をされてしまいがちですが、外国では決して特別なことではありませんよ。
子育てに悩んで心が落ち込んだり、やる気が出なかったりしたときに吐き出せる場所をぜひ作ってください。ストレスがたまることも、イライラすることも当たり前。でもそれをちゃんと吐き出すことを忘れないでくださいね。
お話・写真提供/サヘル・ローズさん 協力/童心社 取材・文 /米谷美恵、たまひよONLINE編集部
強くてもろい。サヘル・ローズさんはまるでガラス細工のような人だなと話を聞きながら思いました。『これから大人になるアナタに伝えたい10のこと 自分を愛し、困難を乗りこえる力』を読んで、彼女の笑顔の裏にあるさまざまなつらく厳しい体験を知りました。そして自分の弱さや苦しみと対峙する強さを感じました。この本を読んで、皆さんはどんなことを感じるでしょうか。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
サヘル・ローズさん
PROFILE
1985年イラン生まれ。7歳までイランの孤児院で過ごし、8歳で養母フローラと来日。主演映画『冷たい床』で、イタリア・ミラノ国際映画祭にて最優秀主演女優賞を受賞。国内外問わず、個人で支援活動を続け、2020年にはアメリカで人権活動家賞を受賞する。著作に『言葉の花束 困難を乗り切るための“自分育て” 』(講談社)などがある。2024年、初監督作品『花束』を公開。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2024年12月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。
『これから大人になるアナタに伝えたい10のこと』
「つらく苦しい半生があったからこそ、他者に共感し手をさしのべることができている。自分の不完全さを愛し受け入れること、そこから人としての本当の強さ、優しさは生まれるのだと、サヘルさんに気づかされた。紛争や貧しさがまん延し、難民となってしまう人が増え続けている今の時代に、その共感と優しさは、最も大切な感性かもしれません」と、童心社 担当編集 中山佳織さんは話す。サヘル・ローズ著/1650円(童心社)