心臓疾患の息子に会うために通ったNICUで知った「病気や障害を抱える子」の現実。それがバリアフリーの活動の原点に【山田ベンツ・インタビュー】
2011年に生まれた長男に、重度の心臓疾患があった山田ベンツさん(56歳)。入院する長男に会うためNICUに通うなかで「病気や障害を抱える子がこんなに多いのか」と衝撃を受けたといいます。多くの人にその存在を伝えたいと、障害のある子どもたちと一緒に各国大使館を訪問する「ジャパンバリアフリープロジェクト」、YouTubeチャンネル「964万7千分の一」の運営などを手がけています。
全2回のインタビューの後編です。
これまで病気や障害のある子の存在を知らなかったことに衝撃を受けて
――長男・盛松くんに重度の心臓疾患があったことで、知ったことや学んだことはありますか?
山田さん(以下敬称略) 盛松が生まれ、NICUに通うなかで「闘病している子や障害をもつ子がこんなにたくさんいるんだ」と初めて知り、衝撃を受けました。同時に、ごく普通に暮らす人のほとんどは、障害をもっていたり、病気を抱えていたりする人と接する機会が少ないのだと実感したんです。
「多くの人にこの子たちの存在を伝えるにはどうしたらいいのだろう」と思いました。その気持ちが、障害や病気を抱える子と一緒に大使館を訪問するプロジェクトや、YouTubeチャンネル「964万7千分の一」の運営を始めるきっかけとなりました。
現在の社会では、病気や障害をもつ子は、はれ物に触れるかのようなかかわり方をされているように感じます。身近にいないため、どう接していいかわからないという場合もあるでしょう。障害者のことをもっと知る機会が増えれば、もっと普通に受け入れられるのではないかと感じます。障害をもつ子どもを育てているママ、パパは、とくに悩みを抱えてしまいがちだと思うので、もっと周囲に助けを求めやすい環境を作ることも大切だと考えています。
――山田さん自身はだれかに育児をサポートしてもらいましたか?
山田 同居していた僕の母のサポートは大きかったです。息子たち3人とも、おばあちゃんにかわいがられていました。朝起きると、おばあちゃんの部屋に行き、30分から1時間くらいひざのうえで絵本を読んでもらっていました。息子たちはみんなおばあちゃんが大好きでした。4年前に他界したのですが、夫婦にとっても、子どもたちにとっても、かけがえのない人でした。
もちろん、近くにおじいちゃん、おばあちゃんが住んでいない人もいると思います。でも、周囲の力を借りることは子育てするうえで大事なことだと実感しています。
障害を持つ子どもたちとその家族と一緒に各国の大使館を訪問
――障害のある子どもたちと一緒に各国大使館を訪問する「ジャパンバリアフリープロジェクト」を始めたのはいつでしょうか?
山田 盛松が生まれるまで僕は、障害を抱えた子にほとんど会ったことがありませんでした。同時に、僕と同じような人は少なくないだろうとも思いました。知らないからこそ、「心のバリア」を作ってしまっているように感じました。
このバリアをなんとか打ち破れないかと考えて、「障害をもつ子の存在を積極的に発信する」ことが大切だと思いました。その一環として、障害のある子どもたちと一緒に各国大使館を訪問する「ジャパンバリアフリープロジェクト」を思いつきました。2017年のことです。実際に大使館を訪問し始めたのは2018年からです。
――どのような影響があると考えましたか?また、今までいくつぐらいの大使館を訪問しましたか?
山田 世界発信することで、2点の効果があると考えました。1点目は、「日本では障害がある人との間にある垣根をなくすためのさまざまな活動がある」というメッセージを送れば、海外から大きな反響があるだろうということです。
2点目は、日本国内への影響です。海外で話題になっていることが伝われば、障害者に対する見方が変わったり、共生社会について多くの人が考えるきっかけになったりするのではないかと思いました
現在36カ国の訪問をしました。2026年には全150カ国の訪問を達成できそうです。
考え方が「バリアフリー」な各国大使たち
――実際に大使館訪問をして気づいたことはありますか?
山田 障害のある子は、定型発達の子に比べ、圧倒的に経験値が少ないと気づきました。たとえば車いすに乗っている子は、外出するときも準備に手間がかかります。すると、それだけで行動する機会が減ってしまいます。
こうしたなかで、大使館という場所を訪れる機会は非常に貴重な経験になるんです。家族にも喜んでもらえています。また、大使や外交官から直接、各国の障害者への政策や施策を教えてもらえるのは有意義なことだと思います。
障害がある人、家族のドキュメンタリー動画のチャンネルをスタート
――障害がある子と家族を紹介するYouTubeチャンネル「964万7千分の1」を始めようと思ったきっかけを教えてください。
山田 映像が一番ダイレクトに伝わると思ったからです。一般の人たちは障害や病気のことをほとんど知りません。もっと多くの人に知ってもらうにはどうしたらいいかと考えたとき、映像で伝えるのが確実だと思ったんです。映像を見て、障害について知りたい、学びたいと思う人が増えるかもしれません。それが社会を変えることにつながるのではないかと考えました。2022年からスタートし、現在は34コンテンツを配信しています。
――視聴者からはどんな反応がありますか?
山田 ほとんどが好意的です。「応援しています」といった声や「こういう障害があるとは知らなかった」という声もあります。
また「身内に障害のある人がいます」という人も非常に多いです。これまでは周囲に話をしなかった人たちが、昔に比べ、オープンにする人が増えている印象を受けます。配信を始めた2022年、内閣府に障害者として認定されている人は約964万7千人でした。チャンネルのタイトルはそこからとりました。
2024年は1000万人を超えているんです。つまり、日本の人口の約1割の人がなんらかの障害があることになります。
――配信を始めて感じたことはありますか?
山田 「障害」という言葉でひとくくりにしていいのだろうか?と思うようになりました。現在は、たとえば染色体異常がある人も、心臓疾患がある人も、メンタルに不調がある人も、みんな「障害者」と言われています。でも実際は症状も接し方もまったく異なるものです。それを「障害」という言葉で片づけてしまっていいのだろうかと感じます。
また、障害を抱える人の家族のとらえ方もさまざまです。積極的に発信する人もいれば、そっとしてほしいと考えている人もいます。僕の肌感覚では、子どもに障害があることを、積極的に発信しようとするママは10人に2人くらいの割合だと思っています。障害を持つ人たちと向き合えば向き合うほど、何が正解なのかわからなくなってきます。
小さいころから定型発達の子も障害を持つ子も一緒に教育を受ける「インクルーシブ教育」が一般的になれば、へだたりは減るかもしれません。同時に、実現するのは難しい問題がたくさんあるとも感じます。
――難しいと感じるのはどんな部分でしょうか?
山田 障害をもつ子は、一人一人特性が異なります。それらにすべてに対応するのは、行政や教育の現場では、とても大変だと思うのです。
だからといって「共生社会を築くのはムリなんだ」と、あきらめるのは違うとも思います。何かを実現しようとすると、そのたびに問題が起きるでしょう。その一つ一つに向き合い、解決策を考えることで、よりよい社会に向かっていくのではないかと思います。先ほど「何が正解なのかわからない」と話しましたが、正解もゴールもないんです。ずっと考え続け、求め続けなくてはいけないのでしょう。
20年前、30年前に比べると、社会はいい方向に向かっている気もしています。僕が小中学生だったときよりも障害者への理解は深まり、東京オリンピック・パラリンピック以降はバリアフリーも進みました。僕たち一人一人が「どうしたらいいんだろう」と考えていくことがとても大切だと感じています。
お話・写真提供/山田ベンツさん 取材・文/齋田多恵、たまひよONLINE編集部
「よりよい社会を築くためのゴールはない。問題が起こるたびに、みんなでどうしたらいいか考えていくことが大切」という言葉がとても印象的です。障害をもつ子どもたちと日々向き合っている山田さんだからこそ、深い実感がこもっているのでしょう。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
山田ベンツさん(やまだべんつ)
PROFILE
1997年から横浜市南区でカフェ・バー「むつかわバール トミーズカフェ」を経営。2011年に生まれた長男に先天性の心臓疾患があり、NICUでさまざまな病気と闘う子どもの姿を目にしたことがきっかけとなり、障害について考えるように。障害のある子どもたちと一緒に各国大使館を訪問する「ジャパンバリアフリープロジェクト」、YouTubeチャンネル「964万7千分の一」の運営などを手がける。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2024年8月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。