はじまりは突然のおねしょ、水のがぶ飲み、頻尿…。ある日突然、5歳のわが子が1型糖尿病に。生きるのが精いっぱいだった3年間【体験談】
愛知県在住の生野優季さんは、息子の真浩(まひろ)くん(10歳)と、娘の千尋(ちひろ)ちゃん(7歳)、パパの4人家族です。
真浩くんは5歳で1型糖尿病を発症。1型糖尿病の根治の方法は見つかっておらず、現在は毎日のインスリン注射が欠かせない生活を送っています。
そんな中、生野さんは自身の経験から1型糖尿病にかかわるさまざまな人々の思いを支援するためのボランティア団体「Type1Dreams」を立ち上げました。今回は、真浩くんの病気がわかったときのことや、これまでの育児生活を振り返ってもらいました。全2回のインタビューの前編です。
まさかうちの子が…。息子が5歳で突然「1型糖尿病」に
息子の真浩くんが1型糖尿病を発症したのは5歳のときのこと。ふだんと変わらない日常の中、突然のことだったそう。
「真浩は、大きな病気や風邪をひくことも本当に少なく、5歳までは毎日楽しく幼稚園にも通っていました。まわりにいる子どもたちと変わらない、どこにでもいるような元気な子でしたし、優しく育ってくれてありがたいなと思っていました。
そんな中、5歳の誕生日を迎えた翌日からすこし様子が変だと感じることがあって。誕生日に家族旅行に行ったのですが、帰ってきた日の夜中に真浩がおねしょをしたんです。そのときは疲れているのかな?と思っていたのですが、そのあとも水を飲む量が尋常じゃなく…何度も水を飲んで、トイレにも1日に20回以上行くようになったので、これは何かあると思い小児科を受診しました。
病院で血糖値を測ったら、正常値が100前後のところ、600を超えていたんです。そのときに医師から『1型糖尿病です』と告げられました。現在根治の方法は見つかっておらず、生きていくために一生インスリン注射を打たなければならないという話もされました。
まさかうちの子が糖尿病?と信じられない気持ちでした。私が医療従事者ということもあり、病気の名前は知っていたのですが、発症率もそこまで高いものではないし、息子は今まで大きな病気もとくにしたことがなかったので、とにかく驚いたしショックでした…」(生野さん)
「生きるのが精いっぱい」光が見えなかった3年間
「診断を受けたのは近所の小児科だったのですが、すぐに大学病院に転院してインスリンの点滴をしてもらい、そのまま2週間ほど入院しました。
退院後、自宅での24時間看護が始まりました。ふだんの家事・育児にプラスアルファで真浩のケアというのがたいへんでした。当時、妹がまだ2歳のイヤイヤ期真っただ中だったため、その相手をしながら看護も…というのが本当にきつかった。
食事の前に毎回インスリン注射を打つんですが、食事の種類や量を見て投与するインスリンの量を決めなくてはならないんです。今ではだいたいの食事を見たらこのぐらいインスリンを打つというのはわかってきたんですけど、当時はまったくわからなかったので…。食事のたびに計算をしてとても時間がかかっていましたね。数字をつねに気にする日々でした。
真浩は幼稚園に通っていたので、食事の時間に注射を打つために私も幼稚園に毎日通いました。下の子は幼稚園にも入っていなかったので一緒に連れていって。
夫とも争いが増えました。夫は仕事があったため、育児、看護とも私がおもにやっていたのですが、やはりなかなかつらかったですね。子どもが病気になると家族の絆(きづな)が深まるなんていう話もありますが、やはりきれいごとで済まない部分もたくさんあって。当時は子どもの前でも争いをしてしまったことがありました。
だから本当に毎日、1日1日生きるのが精いっぱいで、今後以前のような日常生活を送ることができるのかな…とつねに考えていました。当時はなかなか笑うこともできなかったように思います。同じ病気でも人によってちがうとは思いますが、私は物理的にも精神的にも、3年間ぐらいは光が見えない日々でした」(生野さん)
自分を責めた日々も…。仲間との出会いですこしずつ前を向けるように
子どもに発症する1型糖尿病は、ウイルス感染などの炎症がきっかけであったり、遺伝の要素が多少関係したりすることもあるそうですが、食生活や肥満などの生活習慣は関係なくだれでも発症する可能性がある病気で、予防方法もないといいます。
「原因はとくにないと言われても、私の生活のさせ方が悪かったんじゃないかと当時は自分を責めてしまい苦しかったです。
そんな状況でしたが、同じような境遇の仲間と出会えたことですごく助けられました。真浩が1型糖尿病と診断を受け入院した日から、SNSやインターネットで1型糖尿病についてとにかく調べ、見ていないページはないんじゃないかと思うほど、くまなく調べました。その中で、同じような境遇の方々とつながることができたんです。
真浩と同じ1型糖尿病の方ももちろんですが、大人になって発症された2型糖尿病の方、別の疾患障害の方たちなど、病気や障害が違っても困りごとや悩んでいることは意外と共通するところがあって。お互いに励まし合ったり悩みを聞いてもらったり…。すごく助けられました。
3年ほどは光が見えなかったとお話ししましたが、同じ境遇の先輩ママに『3年我慢したら楽になる』とずっと言われていたんです。当時はその意味はわからなかったのですが、3年のあいだで子ども自身も成長して自分の体のことがわかってきたり、私もこういうタイミングで食べなきゃいけないとか注射しなきゃいけないっていうのがわかってきたり、ようやくこの生活に慣れることができたと思います。
自分を責める気持ちも、仲間の言葉や知識のおかげで、こうなったことはしかたのないことだったんだと、3年かけて思えるようになりました。もう元には戻れないのだから、これからのことを考えようとすこしずつ前向きになれたと思います」(生野さん)
現在、小学5年生。血糖値が安定すればふだんどおりの生活を送れるように
現在、真浩くんは小学5年生。5歳で1型糖尿病を発症してから真浩くんがどのように過ごしてきたのかも聞きました。
「最初はやっぱり点滴や注射を泣いて嫌がりましたが、もうこれをしないと生きていけない、家にも帰れないんだと説得をしたら、意外とすんなり受け入れてくれて。そこから今でもあまり注射を嫌がることもなく、それほど以前と変わらない様子です。本当に子どもって強いなぁと感じますね。
1型糖尿病は、血糖値が安定さえすれば、ふだんどおりの生活が送れるんです。今はスマートフォンで24時間血糖値が計測できるデバイスを身につけているので、高血糖になったり低血糖になったりするとアラームで教えてくれます」(生野さん)
食事前のインスリン注射以外も、アラームが鳴ると対応が必要になります。高血糖になると倦怠(けんたい)感や気持ち悪さといった症状や、放置すると意識混濁までいたるそうで、高血糖のときにはインスリン注射を追加するのだといいます。逆に、低血糖の場合は空腹感や手の震えといった症状が出るため、補食で糖分を補います。
「幼稚園から小学校2年生までは、私が食事の時間に園や学校へ行って注射を打っていました。でも園や学校は基本的には親は行くところではないし、真浩のアイデンティティーにも関わってしまうと当初から考えていたので、小学校へ入学したころから教育委員会や市議会議員さんに相談に行っていました。そのかいもあってか、2022年4月から私たちが住んでいる自治体では1型糖尿病の子どもに看護師派遣ができる制度ができたんです。
なので、学校では看護師さんに注射を打ってもらいながら、自分で注射をして学校生活を送ることも目標に準備をすることができました。小学4年生からは、もう真浩が自分自身で注射を打っています。
幼稚園も小学校も、理解のある先生方だったので、真浩の状況を受け入れてもらえました。通っている小学校ではスマートフォンの持ち込みは原則NGですが、医療機器のデバイスとして認めてもらっています。また補食用にブドウ糖やキャンディー、クッキーのようなものを持たせていますが、友だちにお菓子と認識されないよう配慮もしていただいています。スマートフォンと補食をポーチに入れて持って行っている以外は、ほかの子どもたちと変わりなくふつうに授業を受けています。
まわりの友だちも気にかけてくれているみたいで。アラームが鳴ったら、補食したほうがいいんじゃないかって言ってくれたり、運動の前には血糖大丈夫?と声をかけてくれたり…。本当にまわりに助けられていて、理解がある環境で過ごせているのはありがたいです」(生野さん)
ふだんはゲーム好きの男の子。親子で楽しめる環境も
「真浩は血糖値を気にする以外は、どこにでもいるゲーム好きの男の子です。料理も好きなので、料理教室にも通っています。長期休みのときには、親子でパンをつくれる企画があって、毎回家族で参加しているんです。子どもたちとつくった焼きたてのパンをみんなで食べるのが家族の思い出にもなって、いい経験ができていると感じます。また、私の趣味のウクレレも一緒にやっています。真浩は離脱しているときもありますが(笑)、一緒にそういった時間を持てるのもうれしいです。
私は自分が理想の母親像とはずいぶん遠いところにいると思っているんです。というのも、得意不得意っていうのはどのお母さんにもあると思うんですが、たとえば絵本の読み聞かせをしたり、一緒に子どもの遊びをしたりするのは私は得意ではなくて…。
ただ、自分が楽しいことであれば一緒にできる。ウクレレを一緒にやってみようと誘ってみたり、歌を一緒に歌ってみたり、親がやってみて、子どもが興味を持ったら一緒にやってみる。興味を持ってもらえるような環境づくりは大事にしています。それで親子共ども楽しいことをできればいいなと。そんな中で、さらに本人が好きなことを見つけてもらえたらうれしいですね。それが強みになるようサポートできたらと思います」(生野さん)
お話・写真提供/生野優季さん 取材・文/安田萌、たまひよONLINE編集部
真浩くんの体調を日々気にかけながらも、親子で趣味を共有して楽しく過ごしている生野さん。まだまだ世の中に広く知られていない1型糖尿病を、自身も楽しみながら知ってもらう活動がしたいと、ボランティア団体「Type1Dreams」を立ち上げます。インタビューの後編では、Type1Dreamsを立ち上げた経緯や活動への思いについてお話を聞きました。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
生野優季さん
PROFILE
長男が5歳で1型糖尿病を発症した経験から、2024年に1 型糖尿病にかかわるさまざまな人々を支援するボランティア団体「Type1Dreams」を設立。1型糖尿病の世間の認知度を上げるための啓発活動をはじめ、当事者である子どもたちやその家族が安心して暮らせる環境づくりをめざして活動中。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2024年12月の情報で、現在と異なる場合があります。