「強く泣くと呼吸が止まってしまう発作が起こることも」。脊髄髄膜瘤の胎児治療の可能性が広がる~新生児医療の現場から~【新生児科医・豊島勝昭】
生後すぐから治療が必要なために、長期間を新生児集中治療室(NICU)で過ごす赤ちゃんたちがいます。テレビドラマ『コウノドリ』(2015年、2017年)でも監修を務めた神奈川県立こども医療センター周産期医療センターの豊島勝昭先生に、NICUの赤ちゃんたちの成長について聞く不定期連載。第11回は、脊髄髄膜瘤(せきずいずいまくりゅう)が重症で、キアリ奇形を合併していたために、強く泣くと呼吸が止まってしまう発作があった赤ちゃんについて聞きます。
強く泣くと呼吸停止してしまっていたゆめちゃん
――今回は、先天性の難病である脊髄髄膜瘤を治療した赤ちゃんのエピソードを教えてください。
豊島先生(以下敬称略) 2019年に生まれたゆめちゃんはママのおなかの中にいるときから脊髄髄膜瘤があることがわかっていて、神奈川こども医療センター(以下、神奈川こども)での出産になりました。そして生まれてすぐ、NICUに入院しました。脊髄髄膜瘤は先天的に背骨(脊椎)の一部が欠損し、脊椎の中を通る脊髄という神経の一部が背骨の外に出た状態になる病気で、二分脊椎(にぶんせきつい)とも言われます。
脊髄髄膜瘤は腰やおしりの上あたりから神経が出てしまって、大きなこぶができているような外見です。皮膚の外に出ている神経が胎内で羊水(ようすい)にさらされてさらにダメージを受けることで、重症では生まれたあとに歩行障害や下半身のまひ、排尿や排便に支障があることがあります。
ゆめちゃんは、脊髄髄膜瘤の重症で、さらにキアリ奇形を合併していました。そのために強く泣くと呼吸が止まってしまう発作があり、24時間人工呼吸器をつけて、できるだけ泣き過ぎないような見守りが必要な赤ちゃんでした。
キアリ奇形は、重症の脊髄髄膜瘤にともなうことがある合併症です。脊髄髄膜瘤で脊髄神経が引っ張られることで、頭の中にある小脳や脳幹が、本来の位置からずれて、頭の骨の出口から背骨のほうへ落ち込みます。呼吸を調節する脳幹が骨に押されてしまうので、呼吸が止まってしまう発作が出ることがあります。
――ゆめちゃんは、どんな治療をしてどのくらい入院していたのでしょうか?
豊島 ゆめちゃんは脳外科手術を繰り返しながら、強く泣いて呼吸ができないときにNICUのスタッフでバギング呼吸や胸骨圧迫(心臓マッサージ)で呼吸を代わりにしてあげる必要があって、2歳11カ月になるまでNICUに入院していました。NICUでご家族とスタッフで協力して、ゆめちゃんが泣き過ぎてしまわないように大切に育てていました。
成長とともに少しずつゆめちゃんの状態が安定しNICUから小児科病棟への転棟を経て、3歳2カ月に在宅人工呼吸器管理をしながら神奈川こどもを退院されました。
ゆめちゃんにはお姉ちゃんがいます。ゆめちゃんの入院中ご家族は、毎週末NICUでゆめちゃんと一緒に過ごす時間を楽しみにしていました。ところが2020年に入り新型コロナウイルスの感染が拡大し、神奈川こどもでも赤ちゃんのお姉ちゃんやお兄ちゃんの面会は制限せざるを得ない状況になってしまいます。2020年以降、姉妹が会えたのは誕生日のときだけでした。
2022年、ゆめちゃんが退院するとき、お姉ちゃんは当時8歳。ゆめちゃんの退院を「自分の誕生日よりうれしい」と喜び、家族と一緒に病院の玄関前までゆめちゃんを迎えに来ました。お姉ちゃんと会ったとき、ゆめちゃんがとてもうれしそうにした笑顔が印象的でした。
――現在のゆめちゃんの様子を教えてください。
豊島 6歳になったゆめちゃんは、今も24時間の人工呼吸器管理が必要です。大きな声は出せないので、家族はゆめちゃんの表情や心拍数などのモニターとともに体調を見守っています。退院してから家族と一緒にさまざまなことを経験し、訪問看護や街の中で多くの人たちに応援されながら、ゆめちゃんは、笑顔がかわいいとても表情豊かな女の子に成長しています。
胎児のうちに手術する治療とは?
――2025年3月に大阪大学医学部附属病院(以下、阪大病院)などのチームが、脊髄髄膜瘤のある赤ちゃんを胎児段階で手術する治療が、臨床研究を終えて、先進医療としてに認められたという報道がありました。
豊島 脊髄髄膜瘤による症状には、軽症から重症まで幅があります。出産後48時間以内に手術を行なって皮膚に覆われていなかった脊髄神経を皮膚で覆います。軽症だったお子さんは歩けるようになることもあるし、成長して妊婦さんとなり出産をした人たちもいます。神奈川こどもで、出産を応援することもたくさんあります。
一方で、重症だと、手術を終えても下半身にまひが残り、車椅子で生活をしているお子さんたちもいます。キアリ奇形を合併している場合には長期間のNICU入院や人工呼吸器と共に生活しているお子さんたちもいます。
神奈川こどもでは、手術は脳外科と形成外科が協力して行い、術後管理は新生児科、歩くことが難しければ整形外科が、膀胱や直腸の機能に支障があれば泌尿器科と外科が、妊娠されたら産婦人科がサポートし、たくさんの診療科でお子さんたちの成長と生活を応援してきました。
その脊髄髄膜瘤は日本では2021年から阪大病院の臨床研究として、胎児治療が行われるようになりました。神奈川こどもで胎児診断した脊髄髄膜瘤のある赤ちゃんを阪大病院にご紹介するようになりました。
――脊髄髄膜瘤のある赤ちゃんを、胎児のうちに手術するとはどういうことでしょうか。
豊島 生まれてからの治療の場合、生後数日以内に皮膚の外に出ている神経組織を脊椎という骨の中に戻した上で欠損していた皮膚を覆う手術を行います。しかし、胎児期に脊椎の外に出ていて羊水(ようすい)にさらされていた脊髄神経の機能は完全には回復しないために神経のまひが残ることがあります。
一方、胎児治療は、妊娠中のお母さんの子宮の中にいる胎児の背中を閉じる手術を行うことで、脊髄神経が羊水にさらされている期間を短くし、脊髄神経へのダメージを減らすための治療です。誕生後の神経障害を軽減できる治療として期待されています。胎児手術で水頭症に対するシャント手術も減少できると考えられています。
――海外では以前から行われていたのでしょうか。
豊島 海外では30年くらい前から胎児治療の報告がありました。脊髄髄膜瘤の症状の重い子は長期入院したり、呼吸停止の発作で何度も心肺蘇生を行う状態になったりしますので、日本でも胎児治療が進むことを期待していました。
そして日本でも、阪大病院の医療チームの尽力で臨床研究として胎児治療が実施されました。2021年から10名の胎児に対して、お母さんの子宮を切開し、胎児の脊髄髄膜瘤を治す胎児手術が行われました。9人は無事に生まれて、脊髄髄膜瘤による症状を軽減できたそうです。2025年3月からこの胎児治療について入院費などの医療費の一部に公的な保険が適用される、「先進医療」として認定されたのです。
出生前に脊髄髄膜瘤と診断された赤ちゃんをサポートするために、大阪大学医学部附属病院胎児診断治療センターが行ったクラウドファンディングには多くの支援が寄せられました。
――現在日本では、脊髄髄膜瘤の胎児治療はどの医療機関で行っているのでしょうか。
豊島 阪大病院と国立成育医療研究センターで可能です。現在はお母さんの子宮を切開して胎児手術を行っています。だいたい妊娠25週ごろまでに行う必要があるので、それより早い段階で胎児の病気を発見していなければ胎児治療は適応外となってしまいます。日本、とくに神奈川県は胎児診断率は高いので、胎児治療の選択肢を提案できた家族は多い都道府県ですが、それでも脊髄髄膜瘤は在胎30週以降に胎児診断されることが多い現状です。胎児治療の選択肢を家族に提示するにはより早期の胎児診断が必要と考えます。
また、胎児治療は前期破水、胎盤早期剥離などのリスクもあり、早産になればNICUでの治療が必要となります。海外ではリスクが少ないと言われる内視鏡による脊髄髄膜瘤の胎児治療も始まっていて、日本でも検討は始まっています。脊髄髄膜瘤の診療はこれからも進化していくことを実感しています。
――日本での胎児治療について教えてください。
豊島 日本胎児治療学会という学会があります。産婦人科、麻酔科、小児外科、小児泌尿器科、小児循環器科、新生児科、母性内科などさまざまな診療科の医療者が年1回集まり学術集会を開催して今年で21年目です。私は新生児科医ですが第1回から参加し、9年前から胎児治療学会の幹事になり、今年は会長として学会を主催しました。
胎児治療はこれまで、双胎間輸血症候群、胎児不整脈、胎児胸水、先天性横隔膜ヘルニアなど、生後の治療だけでは救命が難しい病気の救命率を向上させてきました。近年では、大動脈弁狭窄症や脊髄髄膜瘤などに対する胎児治療が、救命だけでなく、後遺症を減らして、生活の改善をめざす段階に進化しています。
胎児治療の実施には、適切なタイミングでの胎児診断が前提となります。早産となる可能性を伴う胎児治療では、NICUとの連携が重要です。また、胎児治療を受けた子どもたちの発達支援や家族支援には、小児医療従事者の理解と協力が必要です。
日本胎児治療学会では、さまざまな診療科の垣根を越えて、これらの胎児治療の現状を共有し、その普及とさらなる進化をめざしていきたいと考えています。
よりよく生きるため、胎児も患者として扱われるべき
――胎児治療にどんなことを期待していますか?
豊島 “Fetus as a patient”という言葉があります。胎児は患者として扱われるべきであるという考えです。
妊娠の早い時期の胎児診断は、妊娠中絶の選択肢、胎児治療を行わずに自然に産んでともに生きる選択肢のほかに、胎児治療という新たな選択肢があることはご家族にとっては悩むことが増えるかもしれません。赤ちゃんとじかに会う前にさまざまな生まれつきの病気が胎児診断されることは家族にとってつらい気持ちをもたらすとも思えます。
それでも、私は小児科医として、海外で普及しているような胎児治療が日本でも選択肢になったほうがいいと思えています。脊髄髄膜瘤のように、生まれる前に胎児治療を行って脊髄が羊水のダメージを受けるのが少なく済み、その子がよりよく生きる未来が来るのなら、胎児治療の選択肢があるといいと考えています。もちろん、リスクもある胎児治療を受けない選択肢もあっていいし、私たちは胎児治療を受けても受けなくても、今までどおり、それぞれのお子さんとご家族を応援していけたらと思えています。
日本で脊髄髄膜瘤の胎児治療を受けた子どもたちが、どんなふうに成長をして生活していくかは、これからわかってくるでしょう。脊髄髄膜瘤のお子さんと家族に現在、どんな支援があって、ご家族がお子さんとどんな気持ちで過ごしているかを伝えることも大切に感じています。それらも参考にしながら、脊髄髄膜瘤と診断された赤ちゃんの家族には、どんな選択をしていくかをそれぞれに考えてもらえたらと願っています。その選択肢のひとつとして、胎児治療が普及したらいいなとも期待しています。そして、ご家族それぞれが決断を支えていける周産期医療でありたいと願っています。
お話・監修/豊島勝昭先生 写真提供/ブログ「がんばれ!小さき生命たちよ Ver.2」 取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部
胎児期に手術をすることで、生まれたあとの生活をよくするという選択肢があるという医学の進歩に驚かされます。生まれたあとのその子の人生がよりよくなるために、どんなことができるのかを常に考えている豊島先生。その選択のひとつとして胎児治療が進むことを期待したいと話しています。
●記事の内容は2025年5月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。