自分で座ることも歩くこともできない息子。3歳で非常にめずらしい遺伝子の病気「ピットホプキンス症候群」と診断されて【体験談】
「ピットホプキンス症候群」という名前を知っていますか? 国内でも報告が少ない、非常にめずらしい遺伝子の病気です。
大阪府在住のKさんは、長男(5歳)、長女(2歳)、ママのMさんの4人家族。長男のTくんは3歳のときに、ピットホプキンス症候群と診断されました。
Kさんはピットホプキンス症候群の患者とその家族のためのコミュニティー「ピットホプキンス友の会」を設立。ピットホプキンス症候群の情報提供・情報交換の機会を設けるなど、少しでも研究が進んで、病気の改善につながるようにと活動しています。今回は、Tくんが生まれてからこれまでの育児生活をKさん夫婦に振り返ってもらいました。全2回のインタビューの前編です。
原因不明の発達の遅れ。3歳でようやく病名が判明
Tくんの妊娠経過は順調だったというママのMさん。ところが正期産(せいきさん)に入った妊娠39週のこと、突然自宅で破水。急いで自宅から5分の距離の病院にKさんの運転で向かいましたが、病院の駐車場に着いたところでお産が進んでしまったため、医師であるKさんが赤ちゃんを取り上げました。
「生まれたばかりの息子は真っ青で、心肺停止状態でした。すぐに心肺蘇生をしながら、救急外来へ。心臓マッサージや酸素吸入の処置で呼吸が再開したので、そのままNICU(新生児集中治療室)に入院することに。
1カ月ほどで退院できたものの、退院時はまだ呼吸が浅く、酸素飽和度も低かったため、自宅でも酸素吸入が必要でした。酸素ボンベを自宅に持ち帰って使用し、呼吸が安定してきた生後半年ころには、呼吸器をはずすことができました。
そのあとは問題なく生活をしていましたが、息子が成長するにつれて少しずつ気になることが出てきて…。たとえば生後4〜5カ月で寝がえりができたり、生後8カ月ころにハイハイができたりという一般的な発達過程が、息子はまったくなかったんです。
息子は出産時に5分以上呼吸がない状態の“低酸素脳症”であったため、それが発達障がいの原因ではないかとも考えていましたが、それにしても『ちょっとおかしいな』と感じることが多々ありました。
近くの市民病院の小児科の先生に相談しましたが、はっきりとわからず、病名もつかない状態。そこで、小児専門の大きな病院を紹介してもらい、息子が3歳のときに遺伝子検査を受けることに」(Kさん)
網羅的にすべての遺伝子を調べる方法もある中で、Tくんの主治医の経験から「ひょっとしたらピットホプキンス症候群ではないか」と、TCF4遺伝子の検査を受けたTくん。そこではじめて「ピットホプキンス症候群」という診断が出たのだそう。
「診断がつくまでは、息子に対して何をしてあげればいいのかまったくわからず、漠然とした不安がつねにありました。病名がわかったことで、これからありえる症状や気をつけなければいけないことが知れたのは大きかったです。『今後どうしていこうか』という将来に向けた気持ちになりました」(Mさん)
自分で歩くことも食べることもできない息子。少しずつリハビリをする日常
ピットホプキンス症候群は非常にめずらしい遺伝子の病気で、その症状は、重度精神運動発達遅滞、特徴的顔貌(がんぼう)、無呼吸を伴う間欠的過呼吸、出生後の小頭症、近視・斜視・乱視など眼科異常、便秘、てんかん、協調運動障がい、手の常同運動などさまざまです。
すぐさま命に関わる病気ではありませんが、長期にわたる療育が必要で、根本的な治療法は現在まだありません。
「この病気は個人によって症状が異なりますが、すべての患者に基本的に当てはまるものとして精神発達障がいがあります。息子も3歳半ころに受けた検査では、発達年齢が生後6カ月相当だと診断されました。
現在は5歳になりますが、まだ発語もありません。自分で立ったり座ったりすることができず、支えないと座ったままいることもむずかしい。
食事に関しても発達が遅いため、現在の食事形態は刻み食。最近はかたいものを食べたりかんだりする練習も少しずつ進めて、飲み込みの練習をしているところです。
さらに、この病気の多くの方に見られるのが、便秘症状。息子の今いちばん大きな問題も便秘です。食事の内容によっては、1週間くらい便が出ないことも。できるだけ薬を使いたくないので、さつまいもを中心にした食事にするなど工夫をしています。
体を動かすことも便秘改善につながるので、運動を促すためにできるだけ笑わせたり、一緒に遊んで体を動かしたりするようにしています。そうすることで、今は2日に1回くらい排便があります。
もっとも効果があると言われているのは歩くことなのですが、息子はまだ全然歩けない。自力で歩けるようになったら、食事もさつまいもからお米などに進めたいなぁと思っているところです」(Kさん)
笑顔がいちばんのコミュニケーション!
発語はないものの、自分なりの方法で思いを伝えてくれるというTくん。
「息子本人から発語はありませんが、目も合いますし、こちらの投げかけにしっかり反応してくれるんです。ボディランゲージや表情で意思疎通はできているかなと感じます。
たとえば、すごくおなかが減った場合は顎(あご)をトントンとたたくようなしぐさをしたり、喉が渇いたときは『わーっ』と泣いたり。ささいなことですが、私たちの中で通じあえるサインがたくさんあって。
海外の患者さんの中には、言語補助のソフトを使うことで意思疎通をしている方もいます。ボタンを押すことで『ごはんが食べたい』や『トイレに行きたい』などの意思を伝えられます。日本にも似たソフトやアプリがあるので、将来的にはそういった方法でも意思疎通がとれたらいいなと思っています」(Mさん)
また、取材時には筆者にもとびきりの笑顔を見せてくれていたTくんですが、ピットホプキンス症候群の患者は社交的で明るい人が多いと論文でも書かれているのだとか。
「息子は本当にいい笑顔をするんです。言葉は話せなくても、笑顔を使ってコミュニケーションを取っているような感じで。生活の中でまわりの人たちにいろいろ助けてもらっていますが、息子の笑顔でみんなも笑顔になって、人気者のような状態になっていると思います(笑)。
ふだんの笑顔も好きですが、一緒に遊んでいると、“ふっ”とうれしそうに笑ってくれることがあって、それが私たちにとっても本当に幸せな瞬間。
たとえば音楽遊びをしたり、水遊びをしたり。そのときの楽しそうな顔を見られるのが、いちばん幸せな時間ですね。夏にはプール遊びをするのですが、浮輪をつけてあげると、水の中でチョンチョンチョンって自分で歩くことができるんですよ!そのときも非常に喜んだ顔をしていて。そんな姿を見られるのは、私たちにとってもうれしいです。
便秘に対してもそうでしたが、一緒に遊んで、できるだけ体を動かしてあげたり、おなかから笑うようなことをしたりするのも発達障がいのリハビリの1つ。できるだけ刺激をして脳のシナプスをつなげるために、これからも楽しみながらさまざまな刺激を与えてあげたいと思っています」(Kさん)
恵まれた環境に感謝しつつ、同じように困っている人たちにも還元したい
Tくんを毎日見守るKさんに、今後についてのお話や、Tくんに対する思いを聞きました。
「現在息子は、私が院長を務めるクリニックの関連施設『たまご保育園』に通っています。たまご保育園には医師が常駐しているので、障がいのある子や、医療的ケアが必要な子など、一般の保育園では受け入れの設備が整っていない子たちはもちろん、健常の子どもたちも一緒に通園が可能です。
また、熱やケガなどの急な体調不良などでも医師にすぐ診察してもらえて、必要に応じて病児室に移動して治療なども行ってもらえますので、息子も安心して預けられています。
施設が変わったり、先生や看護師さんが変わったりするだけで、子どもにとってはすごくストレスになる。だから、慣れた環境でずっと過ごせるということが、この子にとっても安心材料になると思っています。
息子が生まれる前から医師が常駐していたたまご保育園ですが、息子が生まれて、障がいのある子どもやその家族のたいへんさを知ったことで『もっと自分にできることはないか』と考えるように。ほかのリハビリが必要な子どもさんも、たまご保育園の在園中に関連施設でリハビリを受けられるようにしました。一般的には、親御さんが仕事を休んだりしてリハビリにつき添うことが多いですが、たまご保育園では、保育園でお預かりしている時間の中でリハビリを行うので、親御さんが仕事を休む必要がありません。
ありがたいことに、私たちはさまざまな人に支えられ、恵まれた環境で息子を育てられているので、『自分たちの気づきや経験を生かして、今度は同じように困っている人たちを支えたい』と思い、医療的ケアが必要な子など、よりさまざまな子どもやご家族が利用できるようなシステムに整えています。
息子は今、午前中はたまご保育園に通園し、ほかの元気な子どもたちと交流し、午後はクリニックの関連施設である『児童発達支援・放課後デイサービス・医療的ケア児等 Egg River』でリハビリをしています。
Egg Riverは、全国的にも数が少ない、赤ちゃんから高齢者までの障がい者が通えて、途切れのない支援ができる施設です。ふつうは、障がいをお持ちの方は、年齢により最低4回は通える施設が変わります。それにより、本人にもご家族にも、施設を探すことから始まり、新しい看護師さんや保育士さんなどの環境の変化に慣れるのに時間とストレスがかかります。
また人工呼吸器や胃ろうのある重度の医療的ケアが必要な方が利用できる施設が少ないことを知り、そういう方でもずっと安心して通える環境をつくりたいと思って、突然の体調不良時もすぐに医師が対応できるEgg Riverを設立しました。
また息子のリハビリとしては、基本的なことですが自分でごはんが食べられて、自分でトイレに行けるようになったら、親としてはやはりうれしい。まずは日常生活の自立が第一の目標です。
そのために私たちも全力でサポートしていきたい。そして、もう少しでも息子とのコミュニケーションが増えたらうれしいですね」(Kさん)
お話・写真提供/Kさん、Mさん 取材・文/安田萌、たまひよONLINE編集部
Tくんの病気「ピットホプキンス症候群」と向き合いながら暮らすKさん家族。KさんはTくんの成長をサポートしながら、ピットホプキンス症候群の患者と家族のためのコミュニティー「ピットホプキンス友の会」の代表も務めています。後編では、家族会を立ち上げた経緯や活動への思いについてお話を聞きました。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
Kさん
PROFILE
大阪の石垣クリニックの院長。2児の父で、長男のTくんは非常にめずらしい遺伝子の病気「ピットホプキンス症候群」。2023年にピットホプキンス症候群の患者と家族の会「ピットホプキンス症候群 友の会」を設立。当事者とその家族が暮らしやすい世の中をめざして、交流会の開催や情報発信、病気に関する相談支援などを行っている。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2025年6月の情報で、現在と異なる場合があります。